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Mike, Mike,
where's your head?
Even without it,
you're not dead!
--Mike the Headless Chicken
―――――――
「貴方にギャンブルゲームの申し込みがされました」
小さなボロアパート、三畳一間の狭い部屋。そこに似つかわしくない燕尾服姿の男が、寝転がってテレビを見ているTシャツ姿の男――上原竜矢にそう言った。
「……やっときたかー」
上原は怠そうにゆっくりと起き上がると、芸人の馬鹿笑いが続くテレビを消した。
テレビ台に置かれた子供の写真を一瞥して、軽い溜め息。
無精髭も剃らず、髪もぱさついている。特段用事が無ければ、身嗜みを整えなくなっていた。
「会いに行きますか?」
燕尾服の男は、上原よりも若い。二十代後半。
背が高く、黒髪だがウェービーの短髪。平均的な東洋系よりも少しだけ、堀が深い顔立ちをしていた。
「だから、行けないってーの」
「対戦相手の事ですよ」
「……」
上原は少しだけ鋭い目を向け、燕尾服の男のすまし顔が微塵も変わらない事を確認してまた軽く息を吐いた。
「……そいつの名前は?」
「杉野イツキ、17歳です」
「17歳? 若いね」
「はい」
上原は少し戸惑った。自身は自分からは勝負を挑まないタイプの同志。それはそれだけ自分のゲームに自信を持っているからであった。
自らが強者側である限り、即ち胴元である限り――権力者側である限り不敗。それは過去に垣間見たドブ川の暗部とよく似た社会構造。心痛める事でもない。
ただ今までは“地下に身を落とした”一種の狂人ばかりを相手にしていたから何の罪悪感も感じなかったが、自分の子供とそう変わらない年齢の相手は初めてであり、少し戸惑った。
「……そうかー……」
上原には、勝負を急く理由もない。
「……賭け金は?」
燕尾服の男に聞いた。規約では、賭け金・賭け物を決めるのは“革命者”側、つまりゲームを申し込んだ側となっている。
「五千万円」
「……」
五千万と聞いて、上原は態度に出さずとも驚いていた。ただの高校生が五千万円のギャンブル。故に上原の戸惑いは消えた。
「……ボンボンのお坊ちゃんなのか?」
「知りませんよ。会った事ありませんから」
「……」
返答に多少苛立ちもしたが、すぐにそれも消えた。
「……甘ったれたドラ息子って事にしといてくれ。奪われても仕方ないなって……思えるからさー……」
「まともな人なんかいませんよ、“ペレストロイカ”には。それに相手が誰でも手は抜かないでしょう?」
「まぁ、ね……」
上原は軽く、頭を掻いた。少し落ちたフケを見て、銭湯くらい行こうと思った。
「今の貯金に五千万円足せば、やっと娘に会いに行けるしなー……」
床に無造作に転がっていたカッターナイフを手に持った。
上原が自身にかけた多額の保険金は、自殺でも支払われる。
―――――――
イツキは、“同志規約”を思い返していた。
ペレストロイカ同志規約6-④
・対戦者同士の賭け物・賭け金は、等価でなければならない。
ペレストロイカ同志規約6-⑤
・金銭以外の賭け物を扱う場合、その価値はペレストロイカ運営部が判断する。
同士規約のその項を、イツキは好都合と捉えた。
イツキの眼は、片眼五千万円と価値がつけられている。ペレストロイカ運営部の最高指導者がそう言ったのだから、そう考えて問題ないのだろう。
負けたらきっと右眼と同じ様に抉り取られるのだろうが、大金に相応のリスクは仕方がない。光を失う程度なら、命よりは安い。
(指はいくらになる?)
思った。きっと価値はゼロと見做されるのだろうが、気紛れや誤りで高値が付けば20本売って少しまとまった金になる。
(手首は、腕は……脚は、臓器は。首から上は……)
全身を、切り刻んで。
並べてヤードセールに出したら買い手がついて。
そしたらもう一月くらいは延命出来るかな、なんて、考えていた。
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