第164話木の実亭のオスタ

人を助けるだとか、世界を救うだとかそう言った英雄が必要なになる問題なんて、そうそう起こるはずも無い


それなりに平穏のある世界が当たり前で


街の中心部にある、巨大な大穴の中はダンジョンがある


知る人だけ知っていればいいけども、そこは今は整備され本来の有り様を取り戻している


本来は対魔王軍への訓練施設であるがそれと共に、膨大な魔力が生み出す奇跡は資源と呼ばれて人の営みを豊かにしてくれている


まあ詰まるところ、そこで生活している人々にはそれが何であるかなど大した理由はないのだ


今日を生きる糧を手に入れることが出来て明日が迎えられる以上の幸せを望む事の贅沢さを知っている者はきっと幸せに過ごしている







私の名前はスズリ。今年で14歳になります


私の家は、ダンジョンに行く冒険者向けの宿屋をしています

ウルグインの、それもとても良い場所とは言えませんが、宿泊費は安いおかげでそれなりにお客さんも来てくれて


父が駆け出しの冒険者の頃に大変苦労したみたいで、引退したらその駆け出しの為に手を貸してやるんだと始めたのがうちの宿屋、木の実亭


「ねー、お父さん!二階の部屋ちゃんと掃除した!?ゴミ箱にゴミ残ったままだったよ!」



その声にビクリとして、バツの悪そうな顔で私に振り向く


「むう、ちゃんとしてよー!」


「あはは、ごめんなー、スズリ 」


最近のお父さん、はちょっと変です

前はなかった失敗が多い気がして心配だったりします


「もー、気を付けてよね!じゃあ私買い出し行ってくる!」


「ああ、気を付けてなー」


基本的に冒険者を送り出すのは昼までで、そこから部屋の掃除をしたり、壊された部屋の修繕をしたりします

食事は飲食通りが近いのでそこに行ってもらいます

そこもまた、駆けだしの冒険者が食べれる程度のお値段の所なんですが

あ、私と父は自炊ですよ?

いくら安い飲食代といっても、自分で作る方が安いですから


「あ!カンザキさん!こんにちはー」


「スズリちゃん、お父さんは宿?」


「ええ、そーです。カンザキさん父になにか用ですか?」


「ああ、ちょっとな」


「じゃーいるとおもうんで行ってください!私買い出ししたら帰りますから」


「あいよ」


あれはカンザキのおじさん。うちと同じように冒険者を支援してるお店の店長さんです

やっぱり元冒険者みたいで、あの人もきっと苦労したんだろうなーって勝手に思ってます


それにしても、父に何の用があるんでしょう?ちょっとだけ気になりますが今は買い出しに行ってきます!





カンザキは走りゆくスズリを見て、優しく笑う

それを見たキャサリンがからかうように


「カンザキ、アレはちょっと子供過ぎない?」


スズリを指さしながら笑う


「ああ?何言ってんだ、いい女になりそうじゃないか」


それが冗談だとわかっているカンザキは頭を掻きながら冗談を重ねて返す

いつのまにか大きくなったなあと感慨深いものがある


「だよね。スズリちゃんはいい子だよね。でもあのオスタが育てたにしては良い子すぎる」


カンザキもキャサリンもオスタの事はよく知っていたし、スズリの事もよく知っている


「オスタも冒険者こそやめる決心をしたがアイツは才能あったと思うぜ?」


「ほんとね。スズリちゃん預かっても良かったのに…」


「そうは許さなかったんだろ、アイツも責任があると思ったんだろ」


「そんな気持ちで子供育てるなんて出来ないと思ったんだけどね…」


そんな気持ちというのは、責任だけで子供を育てるという意味だ


カンザキとキャサリンの二人はオスタの経営する『木の実亭』に入っていった

木造でできた宿屋だが、小ぎれいにされており不快感はない

ここに宿泊する冒険者は駆け出しが多く、稼げるようになると宿もランクアップしていくため何年もここを利用する者は少なかった


「ああ、カンザキさん…と、キャサリンさんまで」


二人が来たことで作業を中断してオスタは机の上に出した帳面を閉じて片づける

売上の帳簿でもつけていたのだろう


「おう、景気はどうだ?」


「おかげさまで順調す。これ以上ないくらいには、忙しかったですけど最近ではスズリが手伝うようになってくれてだいぶん楽になりましたけどね」


「そりゃー何よりだな」


オスタもカンザキが何をしに来たのか察してゴクリと唾を飲み込む

これから聞かされる話を前に、テーブルに案内する


そこに出されたお茶は随分と良い匂いがした




「へー、これかあ。いい匂いするね、最近話題だよ?木の実亭で出されるお茶は美味しいって」


「あ、ほんとですか?これもスズリが市場で見つけてきたんですよ。うちはご飯出さないから、お茶くらいは良いものをって」



ゴクリと飲んで、カンザキは言った


「これ、採算とれるのか?」


「ああ、大丈夫ですよ。色々ツテもあって生産者の人から捨てるような部分譲って貰えてるんで。でも全然美味しいんですよ」


「へぇ、それもスズリちゃんが?凄いな」


「ええ…あの子はほんとに凄い子です」



カンザキはそれを育てたオスタも凄いと思うのだが、口には出せなかった

美味しそうにお茶を飲み干したキャサリンがお代りを催促しつつ、本題を話し始める



「オスタ、美味しかった。んじゃもう直で言うけどさ、調べが付いたよ」


そう言ってキャサリンが持っていた小さな木箱を出して机に置いた


「カンザキから話を聞いて私とミナリで調べに行ったよ。そんでなんとかね…見つけたよ。オスタの言ってたとりあった、未発見のダンジョンがね」


目を伏せ、キャサリンの話を聞いていたオスタ

彼らが未発見のダンジョンを、どんな偶然か見つけていた

そして秘匿していたのである

しかしそれはもう10年以上前のことだったらしい

オスタも残していた資料は少なく、だいたいあの場所ーみたいな記憶しかなかったが、その入口だけは強烈な程に覚えていた


そのダンジョンは10階層からなるダンジョンである


まあダンジョンの誕生には諸説あるし、その成り立ちも様々だ。ウルグインのダンジョンのように人が作り出したものも少なくない


オスタたちの見つけたダンジョンは遺跡型と呼ばれるものだその名の通りかつてあった文明の遺跡がダンジョンとして機能しているものになる

多くはその中に財宝が眠り、また貴重な魔法文献なども納められて居たりすることもある

そこには魔物が巣食っていたり、凶悪なトラップで侵入者を阻む事も多分にある



「そう、ですか…」


オスタはうつむき、涙を浮かべる

小箱の中に入っていたのは3つの冒険者の証


ハンナ、ダフデ、ナルナナと書かれている


それを見て涙を流しながら、オスタは語り始める



「あの時、僕は病気にかかってました…体から魔力が消えて、体の動きが悪くなる、赤化病でした」


「治る病気だね」


「ええ、治療期間は2年と長いですが治る病気です。でもコレにかかるとたとえ治ってもダンジョン内で活動は出来なくなります。強すぎる魔素が再び赤化病を誘発する。だから僕はこの、木の実亭を始めたんです……共に冒険した元のパーティ、緑龍の翼の役に立ちたかった」


「そうか」


カンザキは今まで色んなパーティを目にしてきた

どのパーティーも縁によって結ばれて出来たものばかりだったが、中にはどうしようもなく解散を余儀なくされたパーティもある


オスタのいたパーティもその1つ

オスタの病によって、解散を選択せざるを得なかったのだ


しかしながら、オスタの抜けたパーティは人員補充をせず

オスタは街でのサポートをするようになっていった。

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