第163話そこにある異世界19 魔王の夢
時間は少しだけ巻き戻る
魔王が倒される、少し前のこと魔王は最後の挨拶になるだろうと、姫に別れを告げに行く
少しばかり重い足取りはきっと緊張していたのと、別れがつらかったからだろう
「思ったよりも早かったですね」
魔王を見るなり姫はそう言った
そしてそれは勇者が来るのが、という意味だ
本来であればあと数年は戦えると思っていたのだが、あまりにも勇者の進む足が速かったためにすでに魔王城にまで攻め込まれている
現在は最後の防衛魔族と戦っているだろうが、きっと倒されるだろう…奇跡を望んだ魔王だったが、あまりの勇者達の成長具合に無理だろうと気が付いていたが、もはや退路はなかった
「ああ、想定よりかなり早いな。なぁ、姫よ、世話に、なったな…不自由な生活をさせてすまなかった」
「いえ…あの城よりも、よほど自由で…楽しいひと時でした」
姫の目には涙が溢れている
それは別れることもあるが、この魔王が死ぬことを覚悟しているからに他ならない
もはや親愛の情は二人の間にある
「ガルド、いるな?」
魔王がそういうと、影から狼が現れる
「姫を安全なところへ退避を」
狼はワフゥと小さく鳴くと、魔王にすりよる
「お前も元気でな」
そう言われると別れを済ませたのか、すっと魔王から離れ、姫の前へと行く
幼き頃より共に育った魔狼なのだ、魔王も寂しくないわけはない
「では、あとの世を頼むよ。姫、あとこれは…姫が城に戻ったら開いてくれ。それまでは開けないように」
そう言って、封筒を手渡す
それにはこの後、魔王軍が破れた後の魔族の扱い方が書いてあるー
別れを済ませた魔王は足取りも軽く、自らを象徴する玉座へと足を運んだ
思い残すことなどはもうない
そこで一枚の手紙を取り出す
あの日、あとでわかったことだが「異世界」から来た少女より渡された手紙だ
手紙は何度も読んで、大切に胸に忍ばせていた
「ああ、偉大なる過去の魔王…あなたのおかげで私は希望を持てた…死すれど…この想いはきっと届かせて見せる」
ズズズ…
巨大な城が揺れる
極大魔法の直撃ですら破壊されない、その城が
きっと最後の障壁を取り除いた勇者達であろう
勇者に倒された魔王は生き返る以外の願いが一つだけ神により叶えられる
本来の魔王の望み、願いは魔族の存続である
それは過去ほぼすべての魔王がそう望んできたことに起因する
しかしながら、完全にすべての魔王がではない
例外も存在するのだが・・・
手紙を開くとそこにはこう書いてあった
『ごきげんよう、我が後継にして試練を課せられた魔王』
そう書き始められた手紙だった
『私はあなたの何代前かわからないけど、魔王としてそこに居た。きっとあなたも、似たような悩みを抱えている事だとおもう』
最初は何を言っているのかわからなかった。過去の魔王からの手紙
もはや過去の魔王は全て、すべからく滅んでいるというのにいったい何者だと怒りさえこみ上げた
だが続きを読むと、怒りは霧散した
『その世界における魔王の責務とは何か?人々に恐怖を与えること、そして希望を与えること。希望は勇者がだなんて思わないで。あなたがいなければそもそも希望など意味すらないのだから』
確かに、と思った
そのために自分は世界を恐怖に陥れたのだから
『色々端折るけど、察してね。私の願いは魔族の存続じゃないの。なぜなら、異世界から呼び寄せられた者に恋焦がれ、その人との間に生きた証がほしいと願ったから。でも願いのやり方を私は間違えた』
その時は意味がわからなかった
だけど、トワに会った後の私へと充てられた手紙だと気づいたときには寒気すらした
『私の願いは、あの人との子供を授かりたい。それだけだったから…アホだったの』
それは当然の願いだろうと、エルアは思った
自らは死ぬのだから、それ以外に「あの人」へ想いを寄せる方法を思いつかない
私自身は死んでも、子供が居れば…と思う
しかし、その魔王はそれが間違いだったとそう書いてある
『あなたはもしかすれば、私と同じ間違いを犯す可能性があるから助言。子供は神に願って授かるものじゃないのよ…それ以外に、ちゃんとした方法があるの』
なんだと!?そう思わず叫んでしまったことを思い出す
『すごく簡単な願い、それでよかったのよ。魔王として、魔族として生き返ることはできないの。人族として転生しても、その世界では記憶は消えてしまうの。だからね‥‥』
そこまで読んで、魔王は手紙を燃やした
ここから先の事はもう読まなくても頭の中に、魂に刻み込まれている
重苦しい、黒い扉がゆっくりと開いていく
そこから4人の勇者たちが入ってくる
「魔王、決着をつけに来た」
魔王は、にやりと笑って
「ああ、待ち焦がれていたぞ勇者ども…さあ、世界をかけて戦おう。それが我の望みである」
魔王は心の底から歓喜する
その想いは勇者達へ恐怖として伝わる
そして、死闘がはじまった
「エルア!まさか君だったのか」
トワの静かな声が、エルアの耳に届いたのだった…
◇
魔王を、エルアを失ったトワは絶望に暮れる
『カンザキ・トワ…あなたの望みは何ですか?』
女神の問いかけに、小さな声で答える
「エルアを…魔王を生き返らせてくれないか?」
無理だとわかっていながら、そうトワは言った
『それは叶いません…申し訳ありません、それは無理なのです』
それに、悲しい顔をして
「そう、ですか…じゃあ、元居た世界へ・・・・帰らせてください」
この世界にいれば、きっと彼女を求めてしまう、もう居もしない彼女を
だから今は一刻も早く遠くへ、元居た世界へ帰りたかった
『その願い、わかりました。それでは勇者カンザキトワよ、お疲れさまでした。感謝いたします』
感謝など必要が無かった
今は、無くした存在を心に留め
涙をながさないように
涙が流れてしまえばきっと、この想いも流れてしまう気がしたから
世界は暗転する
「はは…僕が殺したようなものじゃないか…」
トワは拳を握りしめる
最愛の人を失うつらさはこれほどのものだったのか
だから姉は、あれほど必死に自分を…
そう思っていたところだった
その日の日本は、満月だった
綺麗な月明かりと共に、優しい風も吹いている
虫の鳴き声と、照らされる地面
うつむいて前が見えない
「どうしたの?泣いているの?」
ふいに、声をかけられた
どうにも自分は泣いているような顔をしていたのだろう、心当たりは多分にある
「いや、泣いてなんていないよ」
「大丈夫、なにか苦しそうだ」
苦しい・・そう、苦しいのだろう。胸が痛む
「大丈夫さ…君はこんな夜更けにどうしたの?家に‥‥」
目の前を向いて、目を見開く
「ふふ、どうしたの?家に?」
目の前にいるのは、ほんのりと赤色をした髪の女性だった
年のころは自分よりも少しばかり若く見える
「君は…」
「なに?トワ。どうしたの?もしかしてもう、私の事忘れた?」
「嘘だろ…エルア」
「うん、トワ。お帰りなさい、待ってたよ」
そう、エルアが言うなりトワはゆっくりと近づいて彼女を抱きしめる
そこに居るのを、幻ではないかと確かめるように、夢ではないということを確かめるように
◇
『お疲れさまでした。魔王の責務、貴女は十分に。そして願いはどうしますか?』
「そんなものは決まっている。私はトワが帰る日本に、彼の傍へ「人間」として生まれ変わらせてほしい。もちろんだが、年のころは彼に近く頼むよ」
『わかりました。しかしながらもし彼が帰らないという選択肢を取った場合はどうしますか?今まで多くの異世界人はこの世界へ残ることを希望していますから』
「そうだな、その場合はその日本の、かつての勇者の近くへと頼むよ」
『そうですか、了解致しました』
もしも万が一、万が一にもトワがこの世界へ残った場合、あの日本に転生した魔王と連絡を取ることで間接的にトワと連絡が取れるようになる
そうすればきっと彼は帰ってきてくれると確信めいたものをエルアは持っていた
たとえ転生したとしても、魔王はこの世界へ戻ってくることは叶わない
せいぜいが、誰かに手紙を託て届けてもらうことしかできないのだ
どちらに転んでも、重畳
それは先達の魔王の手紙に書いてあったことである
『では、貴女の想い。叶うことを願っています』
女神はそう言うと、エルアは目をつぶった
再び目を開いたときはきっと、目の前にいるトワに声をかけるのだ
「私はあなたと添い遂げたいのだ」
そう勇気をだして、言おうと心に決めたのに
なんでトワはつらそうにしているのか…これじゃ、添い遂げたいなんて言えないじゃない
だから
「どうしたの?泣いているの?」
そう声をかけたのだった
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