第157話そこにある異世界14

すみれは力無くゆっくりと立ち上がる


目の前に落ちていたアーディルの残した魔石をぎゅっと握りしめると、彼の住処へと歩いていく


そして、子供達の亡骸を埋めないといけないと、思って向かえば


そこにはアーディルと同じように、いや、それと比べれば小さな魔石が転がっているだけだった


血の跡は生々しく残るのに、その体はまるで消えてしまったようだ



「これ…は一体…」



振り向くとそこにはアランとシーナが居た


「ここはね…アーディルさんと、孤児がたくさん住んでいたの」


すみれの語りは続く

小さな魔石を拾いながら


子供が何人いただとか

アーディルが何をして、手伝ってくれただとかそういった思い出を語る


「魔族って一体なんなの…」


シーナが震えた声でそう言うと


「俺らと、そう何も変わらないのかもしれない。アーディルは、本当に強くて、まるで厳しく教えてくれる人のようだった」


アランがそう言っているのを聞いて、すみれは少しだけ誇らしくなる


倒さなければならない敵であることは間違いがない


だが、その中にも戦いたいと思わない者がいるのだということが、皆この戦いでは良くわかった


しばらくすみれの行動を見守っていたアランが言った


「さて、トワさんに会いに街に行こうか。すみれはどうする?」


「行きます…私も倒さなきゃならない敵はいるから」



そこらに落ちていた魔石を大切に集めると、すみれは家の隅に丁寧に埋めた

墓のつもりだ、戦いが終わったらまた報告にこようと思った












アーディルは思い出す、勇者アランの一撃は重かったと


それに思わず笑ってしまう

だってそうだろう、あの弱かった人族がわずか半年で俺を超えるのだから

口上で十分な時間を与えたと言ったが、そんなことは思っていない


魔王様の命令で来た、アイツさえ来なければ一年位は猶予を与えたかった



俺の胸はアランの一撃で大きく傷ついた


だが、即座に絶命には居たらない



アーディルは残される子供の事を思う

残してきた人族の子供はまだいい、まだ人の町へ行けば保護されるかもしれない

だか魔族の子供は気がかりだ…魔族に他人の子を養うなど期待はできない


あの人族の娘、すみれならば大丈夫だと思うが



最後に意識が途切れる寸前に、なんとか頼むと言えたと思うが

それだけが心残りだろうか…



それにしても、ずいぶんと自分である時間が残っているな

もう痛みも感じないのに


ふふふ、死の間際はこんなにも俺が饒舌になれるのか



いやまて……おかしいぞ?



俺は目を開けた


そこは不思議な事に広い屋内だった


見たこともない様式の家だ

贅沢にも大きな硝子の窓が大量に備え付けられている

陽の光が多量に降り注ぐような室内だ


呆けていると、話しかけられた



「あら、お目覚めになりまして?」



目の前にドレスを着た、魔族の俺から見ても美しい人族の女が座って何かを飲んでいる



「なんだこれは…死後の世界はこういうものだったのか?」



大きな硝子窓を通して大量に差し込む光その光を浴びて輝く金色の長い髪が幻想的だ

その光を浴びている女はまるで話に聞く天使にも思えたから死んだと思うのだ



「あなた、まだ死んでませんわよ?私たちが助けましたもの。あ、お紅茶はいかが?さくらさんに貰ったダージリンで宜しければですけど」


それを聞いて、思わず胸をさするがそこには傷跡すらない

さらにこれは夢なのだろうなと変な得心をするがー



カッ!カカカカカッ!


ガガガッ!


ガィン!



何やら変な音が聞こえる?戦闘音?誰か戦っているのか?


アーディルは立ち上がると、音の方を見る


大きな硝子窓の向こう側、庭だろうか?

そこで激しく動いている少女が二人見て取れた



「ああ、アレですの?アレはルネとさくらさんが戦っているのですわ」


「戦う?」


「ええ、さくらさんは戦闘経験が無いですから。鍛えるという、まあ暇つぶしみたいなものですわ」



目の前で戦う少女が二人


片方は余裕そうに、もう片方は必死に


おそらくあの必死そうなのがさくらと言う少女なのだろうが


アーディルですら、なんとか見えているというその剣戟


これこそ本当に夢の様だった


「戦闘経験がない……その割にというか、明らかにとてつもない速度の戦いに見えるのだが」


それにふふっと笑い


「仕方ありませんわ。才能、と言うんですか…ルネはとんでもない方々に鍛えられておりますので当然ですが、さくらさんに至ってはもう血ですわね。元からの潜在能力がとんでもないのです。成長速度がとんでもないのでわずか半年であそこまで出来るようになってしまいましたわ」


これを才能と一括りにするあたり、ドレスを着たこの少女にも

この戦いがはっきりと見えているという事だがー



「申し遅れました、私の名前はエルマと申します」



「あ、ああ。俺はアーディルだ」


「存じておりますわ。ああ、それと貴方が保護していた子供たちはその向こうに居ますわよ」


その言葉に驚いて見れば、子供達が幾つも並ぶ寝台に寝かされていた


「あの子たちはまだ回復しきれていませんの。アーディルさんほど頑丈じゃないですから、もうしばらくは寝かせておいてあげてくださいな」


「なんだと?どういう事だ」


「あの子たち、魔族に殺されていたんですの。まあ寸前に助けましたけどもね」


アーディルは直ぐに思い至る

あの後殺されたのだろうと


しかし、怒ることは出来なかった。自分も負けて死ぬところだったからだ


そうなった後、あの子たちの面倒を見るなど出来なかった、その無責任さが自分にはあると思ったのだ


そこにいつの間にか、外で戦っていた少女がやってきていた


「お?アーディルのおっちゃん起きた?」


ルネ、と呼ばれた少女だ


「うう……しんどい。ダイエットにはちょうどいいとおもったけど…ほんとキツすぎる…」


そこに続いてさくらがやってきた

訓練が終わったのだろう、二人とも汗だくである


すると汗を拭きながらルネが言った


「あー、そうそう。このさくらちゃん、すみれちゃんのお姉ちゃんね!」


そうルネが紹介する


「ども、さくらでーす…すみれの姉です。この度は妹がご迷惑をおかけしました」


頭をぺこりと下げる


そのさくらのひょうひょうとした言い方に面食らうのは仕方の無い事だろう

普段は見た目からして恐れられていたアーディルである

それが見た目からしても、まだ成人したかどうかの可憐な少女に普通に接される経験など無いのだ


「い、いや、迷惑など」


アーディルはさくらを前にしてある違和感に気づく

さくらの姉と言ったが、その内在する力はまるで正反対だと言うことに


うっすらとだが、黒いのに赤色の髪の毛

そして持っている魔力の質がまったく違う


すみれに感じたのはまさに勇者であろう力だったが


それに比べさくらはまるで


「魔王様…」


思わず口から出た


その時には汗だくになっていたさくらはルネと風呂に行くとどこかへ消えていたのだが



「あら、分かるんですわね。さくらさんの母上は魔王、そう呼ばれた存在だったそうですわ」


何やら含みがある言い方であるが、アーディルはそれよりも気になった


当代の魔王様はが子を成したとは聞いていない

それどころか、あの様な少女が子供でいる年齢ではないしそもそもその頃はアーディルもよく知っている


となれば、当代よりも前の魔王様という事になる

魔王は数十年から数百年の内に誕生する


ただその全ての魔王は討伐されているし、計算も合わなくなる


「これは、困惑するな…俺達が知る魔王様とは違うのだろうが…」


それにエルマが言った


「この世界、以外の魔王も居ますわよ?」


その言葉に衝撃を受ける


「他の世界が有ると言うのか!?」


「それはございます、としか。それにすみれさん達は異世界から呼ばれた勇者でしょう?」


確かに、確かにそうだ

なぜ他の世界があると考えなかったのだろう

そこにも魔王様の様な者がいてもおかしくないではないか



「ふふ、まぁこの世界の魔王ですけどね」


そう小さく言って、思わずエルマが苦笑する

残念ながら聞こえなかったアーディルはエルマに聞いた


「そう言えば…なぜ俺達を助けてくれた?」


「それはすみれさんに、優しくして下さったからだけでは無いですわね。貴方が孤児を、とても大切にしていたからですわね」


「あの子供達をか?」


「ええ、わたくしも、ルネも…元は孤児のようなものですから。だから貴方のような方を見ると放っておけませんの」


「そう、か」


「ええ、そうですわ。幸いわたくしたちは良い親に巡り会えました。だからあの子たちもきっと貴方がそうであったと考えます」



要は、親近感があった


それだけらしい


「第一、貴方が死んでしまってはあの子たち、それにすみれさんが闇に堕ちてしまいそうですからね」


その言葉の意味はよく分からなかったが、何にしてもアーディルは、すみれによって救われたとも言える


まだ眠る子供を眺めると、緊張感も無くなり安堵するのであった




「これも良き運命か」



「あら、貴方そんな乙女の様なことを言われるのですね」



アーディルは少し、顔に血が上るのを感じて恥ずかしくなったのだった

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