第139話路地裏のルネ2

翌日カンザキが目を覚ますと、何時もより長く寝ていたかと頭をポリポリとかいた


そう言えば昨夜、寝るのが少しばかり遅かったなぁと思いつつ階段を降りて店に行くと


「えーと、こう?」


「そう、上手ですよ、ルネちゃん」


「ほんと、賢いねー。ルネは将来有望だよ」


「えへへ」


見れば、キャサリンとシアがルネの相手をしていた

どうやらおにぎりを作っている様だった


「なんだ、随分仲良くしてるじゃないか」


カンザキはそう言いながら厨房へと入ると、シアとキャサリンが挨拶をした


「あ、おはようございます」「おはよー」


「お!なんだよカンザキ、こんな可愛い子来てるんなら教えてくれたら良かったのに」


「おはよう、キャサリン帰ってたのか」


「うん、さっきね。まあとりあえずツラ貸せカンザキくん」


そう言ってキャサリンはカンザキを引っ張って裏庭へ連れていく


そして先程とは打って変わって真剣な表情を見せて


「あのルネって子、この裏路地のごみ捨て場で見つけたんだって?」


「ああ」


「そう。で、あの右目」


「孤児院で取られたって言ってたな」


カンザキがそう言うと、キャサリンは少し考え込んでから


「最近さ、余所者が増えてるよね。この辺も」


「そりゃ、まあ人は多いからなあ…どっからか来てるやつは多いだろ」


「まあ元々多いけどさ。ちーと、怪しい奴が増えてんのよ」


「怪しい奴?」


「エルフの国…世界樹が生えたせいか、聖教国の奴らがきてんのよ」


カンザキも、聖教国の事は知っていた

ウルグインからするとかなり遠く、ダイダロスを超えてさらにその向こうにある国のはずで、ダイダロスにさえ馬車で3ヶ月はかかる様な国だ



「ウルグインは地母神信仰が多いよな?ちょこちょこある教会みたいなんもそれだろ?けど、アイツらはそもそも信仰してる神って確か人だろ?しかも像は禁止されてるから姿が分からないし」


噂にすぎない。1000年生き続ける国主が治める国

それが聖教国である。

国王のセンリ・サカガミという名前の人物が信仰の対象とされているものの、人前に姿を現すのは10年に一度と言われている


これについて、カンザキは名前からして日本人ではないかという想像はしていた

会いたいと思っても会えない人物だったのですっかり忘れていた


その上、聖教国にはダンジョンが無い。カンザキも一度は訪れたことがあるのだけれど、長居はしなかったのである

その時に、何をもって聖教国か、信仰の対象とはというのを教えられていた


「あら、結構詳しいのね」


「行った事あったからな」


そういうカンザキにキャサリンは、まぁカンザキだからなぁという顔をした

しかし、あの国の人間が他国にいること自体が珍しい気がする


「まぁ…噂、あくまでも噂なんだけどね…」


そうキャサリンは前置いてから


どうやら教祖、国主であるセンリが世界樹の元へと来ているのではないかという

しかし現状、エルフの国は入国制限が厳しい、それ故に同行している国民がウルグインに滞在しているのではないか?

簡単に言えばそう言う事らしい



だからまあ、何かあるが分からないから気をつけろという事だった


それはカンザキが拾ってきたルネと何か繋がるのではないかとキャサリンは心配していたのだ




「まあ、深読みしすぎなんじゃねーかなぁ」



気楽なカンザキはつい、そう呟いた

そしてそのカンザキの感は間違ってはいない


ただ、本当はそれよりももっと悪い状態だったのを回避したことをカンザキは知らないだけではある







ルネが覚えているのは、兄が物凄く泣いて、目を腫らして、泣いて泣き疲れても、まだ泣いていた事だ


その時の兄の「おとうさん、おとうさん」と、それしか言わない兄を、心配したのを覚えている


ルネは兄がどこか痛いのか心配して、どこが痛いのか何度も聞いたが答えは得られなかった


それから兄と二人で逃げるように暮らしていたのを覚えている


ウルグインに来てから、孤児院に行った


兄はこれで安心だというようなことを言っていた記憶がある

その時、ふと覚えていないおとうさんの顔が浮かんだ気がした


兄が似ているのか、おとうさんが似ているのかはわからないけれどルネの安堵感は確かなものになっていたのだが


ある日、兄が死んだと聞かされる


もう会えない、そう考えたら涙がコロコロと出た

泣きじゃくって、涙で布団が埋まりそうになった


すると、兄に会いたければ片目を差し出せと、そうすれば会えると大人が言った


ルネは喜んで片目を差し出したのだ


痛かった


泣いた時よりもずっといたかった。重い尖った岩が目のあったところにずっしりとあるような感覚だった


傷を癒すと言った人が居て、その人が目のあったところに魔法をかけると痛みはすっとひいた

だけれども


もう涙の出なくなった目は、相変わらず痛くて、出ない涙を流していた



ルネの記憶は混濁していた


ただひたすら、自分を含めて誰も彼も泣いていた記憶しかない


極めつけには


もう1つ残った目をも、求められ


それを差し出せばもう何も見えなくなると分かっていたから逃げ出した


裏路地に潜み、日が暮れたらゴミ箱を漁る生活をひと月か、それくらい繰り返した時に男に出会った



いつもの様に、いつしか自慢となっていた逃げ足で逃げれると思っていたのに出会った男はいとも簡単に回り込んでルネを捕まえた



男からは何か食べ物の良い匂いがしたから、お腹がより空いた。そして逃げる気を無くしたのである



男はカンザキと言った


そして、ご飯を食べさせてくれたし、お風呂だって、暖かい布団だって与えてくれた


カンザキの仲間だと思う人達もとても優しくしてくれた



カンザキが最初に食べさせてくれた、焼きおにぎりが大好物になった


兄みたいだ。そう思ったけど、兄と呼ぶのはためらわれた

だってルネにとって兄は一人だけだったから


でも、薄い記憶にある


おとうさん


もしかしたら、兄が慕っていた、おとうさんみたいなものかもしれないとルネは思うようになっていた、だから



「おとうさん」



いつの間にか、そう呼ぶ様になっていたのだった


言葉の意味を知るのはもう少しだけ成長してからだけれど、ルネはそう呼ぶ様になっていたのだった





もし、カンザキと出会わなければルネはどうなっていたのか


それを詮索する必要はもうない


そしてルネはもう「魔王」になんてならないのだから

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