第138話路地裏のルネ
ウルグインの近場、少しだけ丘を駆け上がった場所にエルフの国はある。
今は復興途中ではあるが、そこには1000人を超えるエルフが住み始めたと言う
世界樹はその範囲内に悪意ある者を寄せ付けないと言う
故に、そこはエルフが安心して住める地なのは間違いがない
◇
「よしっと」
いつもの様にカンザキは暖簾をかける
これで店は開店だ
「おうカンザキ。今日は店開けんのか」
現れたのは酒屋のガルバだった
酒の配達に回っていたのか、馬車に乗っている
「ああ、最近ドタバタしてたからなぁ」
ルーンの絡み、エルフと世界樹の絡みで色々とあった
ちなみにあの時、ウルグインに帰ろうとエルフの国を出た途端にウルグインの軍団に包囲されたりしている
その中心にいたシアとキャサリンにこってりと絞られたりした
カンザキの使った魔法がウルグインにまで余波をだしていたらしく、すぐさまに出動したらしい
感知された魔力から相当な事件と判断され、キャサリンがシアに頼まれて同行していたのだ
そしてカンザキを見つけた途端に緊急確保され、事のあらましを説明した
結果、王様ーアイエテスもとばっちりを受けたのは言うまでもない
そんなこんな事もあり、至極至近距離に発生したエルフの国との国交を行う為に支援を計画したりなどカンザキも少しではあるが協力したりした
ちなみにまだエルフの国の王は決まっていないとの事
本来ならばエイランやアイがその役目を担いそうなものなのだが、エイランはこの世界の住人ではないと辞退。
アイも既に一度死んでるし体はホムンクルスみたいなものだからエルフではないと辞退した
正直、めんどくさいからやらなかったのではないかと思っている
まあ、世界のどこかに散っていた中に正統な王族がいるだろうと言うことで、現れるのを待っている状態だ
「へぇ、そんな事になってたんだなぁ」
ガルバは良いことを聞いたとニヤニヤしている
きっとエルフの酒はどんな味がするのか想像しているのだろう。
聞いた話ではエルフの作る酒はあるそうで、果実から作られるそうだ
カンザキもそれには興味があるのだ
それがソーマ、神酒と呼ばれている事はまだ知らないのであるけども、知る時はそう遠くないのかもしれない
「で、今日ようやく再開か。酒は大丈夫か?保管の効かないやつがあったろ、交換しといてやる。あと他のも少し降ろしといてやるよ」
ガルバの申し出を有難く受け取って、カンザキは店内の掃除をしようと思ったが
「中は…掃除するところなんてねえな」
タレの入った壺も、しっかりと管理されタプンタプンになっている
実の所、開店するにあたり一番張り切っているのはシアだったりする。今は厨房で薬味を刻んだりしている所だ
綺麗な鼻歌が聞こえてくるあたり、かなりご機嫌のようだ
カンザキもそろそろ肉を切っておくかと、厨房へと入っていった
◇
久しぶりに営業をすると、馴染みの客がどこで聞いたのかやって来てくれた。
最終的にドワーフがやって来てどんちゃん騒ぎになったが、それもまたよしとカンザキは満足している
若い冒険者も、来てくれたしなとカンザキは笑う
客が帰った後は、店じまいの後片付けだ
時間は午前3時を回っておりすっかり深夜だ
店内を一通り掃除をしたら、シアは裏に風呂に入りに行く
カンザキはその間に残飯をごみ捨て場に捨てに行く
これは集められ、肥料として使われたりするそうだ
薄暗いごみ捨て場
そこでカンザキは見た
小さな、子供を
子供はボロボロの服を着ており、ボサボサの髪の毛で顔はほとんど見えない
前髪の隙間からチラりとカンザキと目が合うと
一目散に逃げ出した
「あっ、おい!」
普通ならば追いつけるはずも無い、何せ暗闇なのだから
所々に街灯はあるが、その光を縫うように闇へと駆け込んで行った
いつもならば、これで追跡は出来ないはずだった
しかしそこはカンザキ、空気を読めない男
ほんの一呼吸したかどうかの間に間合いを詰める
まだかなり距離があったハズで、子供はかなり驚いたがすぐさまカンザキの横をすり抜けようとするが
ガッシリとカンザキは子供を捕まえた
「こら、ごみ捨て場荒らしちゃダメじゃねえか」
カンザキの腕の中でドタバタと暴れる子供
「は、はなせー!」
なりふり構わないほど暴れているがカンザキの腕から逃れる事など出来るはずが無い
子供が一人、こんな格好で残飯を漁っている
おそらくは親は居ない、孤児かとカンザキは思った
まだ6歳かそこらだろうこの子供、先日のエルマよりもまだ小さいと思えるのだ
そしてカンザキは言った
「お前、腹減ってんのか?何か食わしてやるぞ?」
その言葉に、子供はピタりと止まる
そしてゆっくり振り向いて、カンザキの顔を見ると
「ほ、ほんと?怒らないの?」
「あー、ホントだ。こう見えて飯屋やってんだ」
「う、うりとばしたりする気じゃないの?」
どれだけ疑い深いのかとカンザキは嘆息する
しかしこの子供が一人で生きていけるほど甘くない世界なのも確かだ
本来ならば孤児院へ行けば保護して貰えるだろうにこの子供はそれをしていない
ならば、訳ありかもしれないなとカンザキは思う
ウルグインは巨大な都市だ。もしかしたら孤児院の数も十分ではないのかもしれないなあとふと思った
「売り飛ばさねえよ。腹減ってんだろ?飯食ってけ」
そう言ってカンザキは子供を逃さないように、がっちりと掴んだまま店へと戻って行った
店に戻ると、風呂から上がったシアがカンザキの帰りを待っていた
風呂上りのせいだろう、白い肌が赤くなっていて色っぽく見える
「おかえりなさい・・・って、その子どうしたんですか?」
シアはカンザキが片腕で持っている子供を見てそう言った
「あー、ちっとそこで拾ってな。飯、食わしてやろうかと思って」
「そうですか。でも、その前にお風呂行った方がいいですね」
カンザキは腕の中の子供を見て、確かに汚れていると思った
ゴミ漁りをする程だ、とてもきれいには見えない
「分かった。んじゃさきに行ってくる」
そのまま裏に行くカンザキを見送ってから、シアは二階へと上がった
「確かキトラちゃんとかが昔着ていた服、お姉さまがとっていたはず・・・」
そう言って物置部屋へと入ってごそごそとして服をいくつか見繕っていった
風呂へと行ったカンザキはさっさと子供の服を脱がす
もう逃げる気はないようで
「ねぇ、食べ物!」
「あー、その前に風呂な。おまえさん、随分と汚れてるからな」
「おまえじゃない!ルネ!」
「ん?ルネって名前なのか。そうか、じゃぁルネ。体洗うぞ」
「やだ!水は冷たい!嫌い!」
「大丈夫だ、暖かいから」
カンザキの店の裏にある風呂は岩で囲まれた露天風呂の様になっている
シアやキャサリンも使う事から、屋根部分はないものの木の柵でおおわれて中は見えないようにしてある
結構な広さを取った風呂は、カンザキの趣味である
洗い場にある備え付けの石鹸を泡立ててわしゃわしゃとルネを洗うカンザキ
ついでに自分も洗って、風呂に入る
「ふああ…なにこれ、きもちいい。水じゃない…」
「だから言ったろ、暖かいって」
「うん」
ルネを洗って気づいたことがあった
まず、髪の色は緑かかった黒であること
女の子であること
そして、目の色は綺麗な空色で、右目が無い
「なあ、ルネは家族はいないのか?」
「かぞくー?」
ぷかぷかと湯船に浮きながらルネは笑顔を浮かべている
「ああ、母親とか父親とか、兄弟とかな」
「んー・・・お兄様はいたけど、死んじゃったんだと思う」
父とか、母でもなくお兄様とルネは言った
その言葉からカンザキは育ちのいい子供なのかと思う
「今は一人なのか?」
「うん、そー!」
よく生きてこれたな…
「孤児院とか、行かなかったのか?」
「あそこ、嫌い・・わたしの眼、取られたし」
「は?」
「なんかね、お兄様に会うのに必要だって言われて、いいよって言ったの」
孤児院で右目を?
「でも、お兄様は死んだって言われたから・・・怖くて逃げたの」
「そうか、辛かったな・・・よし、上がって飯でも食うか」
「うん」
しかし、辛そうにしない子供だとカンザキは思った
気を使っているのか、分からないだけなのかはルネにしかわからない
だが子供が耐えられるようなことじゃないだろうとカンザキはなんだか悔しくて、拳を握りしめていた
風呂から上がると、シアがルネに服を着せていた
キトラの小さいころの服らしい
シアがルネの右目に気が付いて、悲しそうな顔をしたの見たカンザキは複雑な気持ちになる
それよりも飯だな、と気持ちを切り替える
丁度白米が残っていた。もう冷えているそれをおにぎりにする
4つほど作ることが出来た
そして炭に火を入れて、網の上で焼く
醤油と、みそだれをはけで塗りながらひっくり返していく
あと明日の朝飯にしようと思っていた味噌汁を温めて置く
香ばしい、いい匂いが充満してくる
見ればルネが目をキラキラさせてカンザキがおにぎりを焼いているのを眺めていた
程よく焦げ目がついたところで、それを皿に乗せてルネの目の前に出してやる
「ほら、熱いから気を付けて食べろよ」
するとルネは急いで口に運ぶ
「誰も取らねえから、ゆっくり食え」
「うん!」
カンザキに言われたとおりに、正直にゆっくりとした動作で食べ始めた
もぐもぐ、ごくん
「うわぁ…なにこれ…おいしー」
そしてもぐもぐと
「おいしい、においがするの、おいしー」
「そうか、これも飲めるか?」
具は殆ど入っていないが味噌汁である。
「からいー!でも、なんかおいしー!」
シアがコップに水を入れてルネに出してやると、ごくごくと飲んでから
「綺麗なお水!おいしい!」
そう言いながら嬉しそうに食べるルネ
「カンザキさま、この子、どうするんですか?孤児院に?」
「あー。なんか訳ありみたいだからな・・しばらくはここにおいてやろうと思うんだが」
「そうですか、それじゃあ私、ベッドの用意しておきますね」
「助かるよ」
カンザキはそう言ってルネの方を向くと
「ルネ、今日は泊ってけ」
「え、いいの?」
「かまわねぇよ、それとごはんつぶが顔にたくさんついてるぞ」
カンザキはルネの顔についたご飯粒を取ってやる
そして、食べ終わるのを待っていると
食べ終わる前にルネは寝てしまった
よほど気を張っていたのだろうか、そこに風呂に入ってごはんを食べたことで色々と疲れが出たと思われる
カンザキはルネを抱き上げると、二階へ続く階段を上がっていったのだった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます