第129話今ならぶん殴れる気がしたのだが?

アイエテスとゴルドは修行を終わらせて、エルマを引き連れて街に戻って来た


少しだけ、あの母と呼ばれた存在がどうなったのかアイエテスは気になったが、戻ってみればダンジョンは崩壊していた


発掘を試みるか悩んだが、あの母の墓標としては相応しいのではないかと思った

恐らくは王家の祖先が関わり、作られたダンジョン

長い間人が来るのを待っていた、そしてエルマを引き取る相手を…いや、繋ぐ相手を待っていたのかもしれないと少しだけロマンティックにアイエテスは考えるのだ




ゴルドは少し疲れたからと、自宅に帰ると言った


別れ際に一言だけ


「今なら息子をぶん殴れる気がする」


そう言っていた


アイエテスはゴルドの息子の無事を祈るー

何せ、有り得ない程の力を手に入れているのだ

それこそあの薄暗く、明るい巨大ダンジョン100層など余裕で突破できるだけの力を手に入れたと


そんな状態で殴られたらとんでもない事になるだろうといらぬ心配をしておいた


そして、であるならば自分も…


アイエテスもその力を手に入れているのだ



「おとうさん、どこ行くの?」


「いや何、世話になった奴にな。お礼と言うやつだ」


「そうなの?」


「ああ、そうさ。お前の姉も居る、仲良くするのだぞ」


「姉?」


なるほど、エルマは色々と知らない事も多いのだなとアイエテスは思う

であるならば一つ一つ、面倒くさがらずに教えて行かねば


そして、姉妹であるとか、兄弟であるとか、家族とは、そんな事を話しながらに歩いていくとあの場所にたどり着く



焼肉ゴッドーカンザキの店だ

真隣には入口こそ違え、キャサリンの店もある

中はいつの間にか繋がっていたが


それを知った時の怒りを、またシアの気持ちを知った怒りをぶつける時が来た


三女に至っては勝手にしれっと嫁に行ってしまった


それもこれもカンザキのせいであるー




カンザキが表に出てきたその時が最後だ


ぶん殴る


目にも止まらぬスピードでかけて、ぶん殴る!



時刻は正に開店前、店の暖簾を掛けようとカンザキが出てきたその時……



叫びながら、いや、心の中で叫ぶ

バレては避けられるかも知れない

だから黙ってぶん殴るのだ!



ガラリと扉が開いて、カンザキが出てくる。

アイエテスに背を向けて暖簾を掛けようとした



今だ




ドンッと砂埃を上げてアイエテスは走り出す

かつてのアイエテスでは無い

修行を終えたアイエテスだ


瞬きが終わるまでの一瞬でカンザキの背後に到達する

走りながらに振り上げた右腕に力をギュッと込め


ぶん殴る!





カンザキは悪意には鈍感である


しかし敵意となれば別だった

薄らとした殺意に、反応する


後ろ頭に迫る脅威を感じ取り、半歩斜め後ろに下がる

頭のあった場所に振り下ろされる拳


このままでは店がヤバいと思ったカンザキはその拳を認識した瞬間に振り向きざまにその殴りかかった人物のみぞおちに向けて掌底をかるく叩き込んだ


アイエテスの突進力を全て吸収し、さらにはそれをみぞおちに叩き込む

叩き込まれたアイエテスも吹き飛ばない絶妙な力加減



ここはダンジョンではない



だからそれなりの実力者だと把握していたのだがー



「ぐぼあっ!」


「え?……お、お父さん?!」


それはシアやキャサリンの父親と言う意味だったのだが


「ゲロゲロロロロロ……がふっ、だ、だれがお義父さ…んだ…」


アイエテスはばたりと自らが吐き出した虹色の水溜まりに頭から突っ込んだのだった









目を開けてみれば知らない天井だった


豪勢とは言えない、普通の天井

月明かりに照らされて見える部屋の中も綺麗とは言えない

だが置かれているもの全てが使い込まれた良いものだと分かる


一瞬だが腹部が痛んだ気がして触るが

どうにもなっていない。そして確かめるように手足を動かすと普通に動くようだ


寝かされていたのは高級とは言えない、普通のベッドだったがその寝心地と手に触れた材質から高級品だと思った


のそりと起き上がると部屋に灯りが薄らととついた



「ぬっ…ここは?」


「あ、お父さん起きたの?大丈夫?」


エルマかと思い見てみれば


「アレクシアか…」


「一応傷薬を使ってるから大丈夫だと思うけど、お父さん無茶しないで下さいね」


その言葉に、何が起きたのかを理解する


カンザキに軽く捻られた

それがどう言う事なのかと言えば、アイエテスは信じられなかった。いや、信じたくは無かった


あれ程の苦労をして手に入れた力が、ある程度手加減をしたとはいえ軽く返されたなどとは。



そして気づいた


「アレクシア、エルマを知らんか?」


この場にエルマが居ないことに不安を覚えてしまう


「ああ、あの娘なら下に居ます。お姉さまと一緒なので安心して下さい」


そう微笑むシアに、アイエテスはそうかとだけ呟いて下の店へと降りて行く


アイエテスは不思議と昔の事を思い出していた

王家に入る前の事だ

あの頃はダンジョンから戻ると4人で良く酒を飲んだ

飲みすぎた日は何時もこんな感じだったなと


ドワーフであるゴルドはいくら飲んでも酔わないので羨ましいと思っていた


飲みすぎた翌朝は回復魔法を掛けられていた事もよくあった

その度に、いつも言われていたのだ


「あ、起きた。大丈夫?」


と、言われていたのを思いだしてにやりと笑う

そう言えばクナトは酒が飲めないからいつも羨ましそうに飲む俺達を見ていたっけ



階段を降ると厨房に出た

焼肉ゴッドに来ていた事を思い出した所で声が聞こえた



「ふうん、そうか、エルマはお父さんと暮らすのか」


男の声だ、カンザキだろう。しかし声色が震えている?


「うん、そーなの!ずっと、ずっと待ってた」


「良かったな。ぐすっ」


カンザキが泣いている!?アイエテスは内心驚いた

まさかあのカンザキが泣くような事があるとは

あれ程憎かった相手だが、エルマの事で泣かれるとは思ってもみなかった


もしかしたら俺は、先入観から勘違いしていたのではないか?そう思った


「じゃあ今度は、お母さんを治してあげないといけないな!」


「うん……でもわたし、どうしたらいいのかわからない」


話の流れが、途中から聞いたせいかよく理解出来ないなとアイエテスは厨房の影で耳を澄ませる


「カンザキ、こんなルーンを修復できる人がいるのかな?かなりの技術力だよ?」


「そうなんだよなぁ。詳しい人か…一度ミタニに聞いてみるか?」


「ああ、いいかも知れないね。近いうちに来るはずだからその時にでも…」


ルーンだと?まさかあのルーンか?

馬鹿な、あの人形はあそこに置いてきた


それこそ墓標のつもりで


アイエテスは隠れて聞いていたのを忘れて飛び出すと、そこにはエルマとカンザキ、娘のルシータが居たのだ


そしてエルマの小さな手の上に





大きなルーンが乗っていたのだった




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