第110話棄てられた冒険者フルリは救う

とても美しい人だと思った


その佇まいは凛として、笑顔は眩しい程に直視できない


僕の事情は話していないのに、いい事を教えてあげるとばかりに店の話を聞いた


……最後くらい腹いっぱい食べたいなと思った


銅貨1枚で食事ができるなど、正直とても信じられ無かった


だけれど席に案内されて


座らされた席のテーブルの上、目の前に置かれたのは氷の入った水だ

この時期に氷の入った水なんてそれだけで銅貨一枚するかもしれないと考える

こんな暑い季節に氷を魔法でだすのは大変だと聞いた事があるからだ



そして店主から出されたのは山盛りの生肉で、それは逆にやっぱりと思ったのだ


銅貨一枚じゃ、調理されたものなど食べられないから


しかし店主のカンザキが鉄網で肉を焼いて、タレに付け食べろと教えてくれる


するとどうだ、今まで食べたものの中でも格別に美味いのだ


まるで夢のような光景と飯の美味さだった


だから、思わず涙をポロポロとこぼして、そしてカンザキに何があったのかを一方的に話していた


「今のお前じゃ力にはなれねえな」


そう言われた時目先が真っ暗になったが、そうじゃなかった


食べかけの食事を食べてしまえと言われただけだったみたいだ


目の前に出されたのは大量だったのに、するりと食べきってしまえた

その後、何やらデザートだとだされたものはほんのり甘くて、少し酸味のある牛乳の寒天


これも残さず食べた


美味すぎて目眩がする。あ、いや食べ過ぎもあるかもしれないけど


その後、店の裏にある風呂に放り込まれた

風呂なんてウルグインに来た時に泊まった宿以来だ


風呂から出ると、二階に空き部屋があるからそこで寝ろと言われて、店の裏の階段で二階に行くとベッドが用意されていた


真っ白なシーツに、ふわふわのベッドだったからだと思う。横になった途端に寝てしまっていた


僕は、久しぶりにちゃんとよく寝れたと思うー


彼は、カンザキはどうしてこんなに良くしてくれるんだろう…




フルリの様な冒険者は少なくない

何せ、ウルグインのダンジョン専門で潜る冒険者は数万人では効かないのだ


それでもダンジョンの資源が枯渇しないのは、それだけ豊富な資源があると共に、逆に階層の奥深くまで潜れる冒険者は少ないからだ


100階層まで行って帰れる冒険者は現状でも1パーセントにも満たない。その上で楽に行き来できる冒険者などおそらくは20人も居ないだろう


多くは50階層前後で停滞しており、またそこで力を付けてゆく。


そしてこぼれ落ちる冒険者の数は毎年1万人は下らないとも言われているからだ




「おう、起きたか」


起きて1階に降りると、何やら良い匂いと共にカンザキが待っていた


「あ、おはようございます。すみません、ありがとうございました」


フルリはカンザキの顔を見たら言おう言おうと思っていた礼を告げる

告げれた事に、安堵する


「いいさ、これ食べろ。朝飯だ」


そう言って出されたのは、温められたパンとコーヒー、目玉焼きにサラダだ


ここでもフルリはビックリする

パンにはバターが塗ってあるし、コーヒーは初めて飲んだら苦くしかめっ面をしたらカンザキは笑いながら砂糖を出してくる。

目玉焼きには醤油だと、黒い液体をかけられたがそれがまた香ばしくて美味しかった


この朝食だけでも、銅貨10枚はするだろうとフルリは考える


しかし、フルリにはもうお金はない


急に現実に引き戻されたフルリは、俯いてどうしようと考えた


それを見透かしたように


「この剣やるよ、ダンジョンで拾ったもんだけどな」


それはフルリの体格に丁度いいくらいの剣だ

拾ったというわりにはまるで新品のように綺麗に手入れされている


「え?」


「おまえさん、剣士だろ?あとそのデカい背嚢は不便だろうからコレもやるよ、お古で悪いがな」


出されたのは腰に巻くタイプの袋だった

しかもそれは、拡張収納付きのもので、猫の絵が描いてある


おそらく元々持っていた背嚢以上に収納できるはずの駆け出し冒険者憧れの品だ


「ちょっ、これ!高級品じゃないですか!猫印の!」


「そうなのか?まあ、やるよ。俺は新しいのがあるしな」


本来であれば、こんなモノを駆け出し冒険者が持っていると襲われてしまう程の高級品だ

しかしよく見ると、一般的なデザインとは違う気がする。なんとなく無骨に思える


「ど、どうしてここまでして下さるのですか?」


フルリにはもう、返せるものがない

お金でも、おそらくこの袋は金貨10枚はする筈だ


「ま、人助けってのはつまるところ自己満足なんだよ。人助けしていい事したなと思うと気分がいいだろ?そんだけだ」


そんな……事ってあるのか?


そこまでの人生経験がないフルリでも、それが信じられるほどバカでもない。

訝しんでいると


「あと、コイツは水筒だ。これもかなり水が入るからな、もってけよ」


は?!これも拡張魔法具!?猫印が付いている


「小さめのナイフ、あと干し肉と、火起こし…はダンジョンだと危ないな。こんなものか」


「は、はい?」


「それとだ、お前さんが死なないよう師匠をつけてやる。キトラ、ちゃんと面倒みてやれ」


「ほーい!」


後ろを見ると、昨日の綺麗な獣人が立っていた


「や、私キトラ。アーチャーやってるよ!」


「え、と、あの僕はフルリです」


「いひひ、行こうかフルリくん!お姉ちゃんにまっかせなさい!」


「え!?今からですか!?うわああああ!」


キトラに手を引っ張られてフルリは出て行った


「よし、コレで大丈夫だろ。それにしても、あのキトラがなぁ」


食後の皿を片付けてからカンザキはテーブルに座る


そして自分の道具のメンテナンスを始めるのだった




3ヶ月後、フルリと言う冒険者が単独70階層到達したと、ギルドが発表する


キトラの指導をひと月、しっかり受けたフルリはいきなり一流冒険者の仲間入りをしている


ただ、そんな彼は今でも良く焼肉ゴッドにやって来るのだ




「すみません、カンザキさん」



「お、フルリか。よく来たな、食ってくか?」


「はい。それと、コイツらにもお願いします」


みると、ボロボロのローブを着込んでいる女の子と、男の子だ

姉弟らしい


「すみません、あの、銅貨…一枚で食べさせて貰えると聞いたので……」



それを聞いたカンザキはにやりと笑いながら



「おう、じゃそこのテーブルに座って待ってろ」



そしてたらふく食べた2人を裏の風呂に放り込む


「じゃあ、カンザキさん。あと、お願いしますね」


そう言ってフルリは財布から取り出した金貨を20枚、じゃらりと置いた


「わかった。また明日朝こいよ」


「はい!」


フルリは明るく返事をすると、店から出ていく



冒険者は助け合い


そんな信念をフルリは抱いている


だけれど、フルリが直接ほどこすのは良くない。甘えてしまうから……


だから冒険者ではないカンザキに頼むのだ


あの日、フルリがそうされたように

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