第109話棄てられた冒険者フルリ

光陰矢の如しー


時の過ぎ行くのは本当に早いものであることの例え


特筆すべき事件も特になく、最近話題に上るのは身の回りの色恋の話ばかりだ

自身にそれが降りかかるのは厄介なので、それをなんとかごまかしている


だけど今のカンザキにはそれが、どうしようもなく幸せだったりしている




「んじゃ、今日も仕事始めるか」


ガチャリと木の触れ合う音を立てて、暖簾をかける

そしてほうきを手に取ったところで隣の店の入口がガタガタと開けられた


「おはよ…カンザキ…」


キャサリンが起きてきた

なんだか眠そう目をしているというか、ほぼ瞼は閉じている


「おう、キャサリン。どした?寝不足か?」


「うん、昨夜シルメリアが帰ってきたからね、どんちゃん騒ぎだった」


「そりゃ知ってるってか、もしかしてウチの店で肉食った後にまだ騒いでたのか?」


「そぉだよー。だからまあ、今日ウチ休みだからね。もし客に尋ねられたらそう言っといて」


「あいよ」


それだけ言うとキャサリンはまた店に戻って行った


カンザキは店の表をほうきで軽く掃いてから、店内に入る


客席は16席ほど、カウンター席の2席を含めてそれだけの狭い店


しかしここが今のカンザキの店であり、城である


今の店員はカンザキだけであり、他の者は皆好きなことをしている



キャサリンの方も、なんでか今は1人で店を開けている


かつて面倒を見ていた孤児も独り立ちしているからだし、雇われていた綺麗どころのお姉さん方もほら、皆嫁に行ってしまった



そんな事で、平穏な毎日を過ごすに至っている


だから願わくばこれからもこのまま、平穏に過ごせれば、と思うわけだ




「暇なのも、そんなに悪くないよな」



今日の仕込みをすませてからはただひたすらに客を待ち続ける

あれだけの大騒ぎがあったのに、人々の記憶からもう忘れかけている

そこには神なんてやつの力も働いているのだが、それについてはカンザキも気にしていない


ぼーっとして、二刻ほどすぎて日も落ちて

さらにぼーっとして、ようやく今日1人目の客が来る



「いらっしゃい」


ボロボロになった軽鎧を着込んで、これまたボロボロの背嚢をしょった1人の若者だ


「あ、あの、すみません聞いたのですが、ここでは銅貨1枚で飯を食べさせて貰えると、本当ですか?」


見かけの割に随分と丁寧な言葉使いをするその若者は懐から震える手で銅貨一枚を取り出してそう言った


カンザキはニコリと笑うと、若者を店に招き入れてカウンター席に座らせた


氷の入った水を若者の前に置いて、その目の前にあるテーブルの窪んだ炭入れに火のついている炭を幾つか放り込んで、鉄網を乗せてやる


そして四角く切られた生肉が山盛りになっている皿をおき、こうやって焼いて、小皿に入れたタレにつけてから食べろと指南する


するとその若者は、ポロポロと涙を流しながら


ありがとうございますと、小さく言ってから焼かれた肉を口に入れる


泣きながら食うと味しねぇぞ、と言いたかったがやめておいた




ウルグインには巨大な地下ダンジョンがある

一般的に知られているのはおよそ100階層からなる、本当に巨大なダンジョン。


そこには大きな夢やら希望を持って、大きな危険に挑む冒険者達が我先にと潜っている


だが、皆が皆、成功などはしない


例えばカンザキの店の焼肉の網よりも、より大きな網目があればそこから肉がこぼれ落ちるように、多くの若者達が失敗、停滞していたりするのだ



カンザキの目の前にいる若者も、聞くまでもなく類に漏れずその一人だ



若者の名前はフルリ、と言った


ふた月ほど前に成人して、田舎から飛び出てきたという、どこにでもいる、そんな若人だ


そして剣に覚えがあったから、ダンジョンに潜る冒険者となったのだ

それなりに上手くいっていると思っていたし、本当に順調だったという


しかし、2週間前のこと



「僕、棄てられたんですよ…パーティから」


そこは19層だった


ほんの少しのミスだったと思う

しかしそれが気に食わなかったパーティリーダーに、ダンジョンの中に置き去りにされた


絶望的だった


そこから一人で、ボロボロになりながらなんとか生還したのが3日前のこと


冒険者ギルドに行くと、どうやらフルリは仲間の荷物を盗んでパーティから追放された事になっていた


なんとか生還したフルリにこれは冤罪で追い打ちになるのだが、まる1日ほど牢屋に入れられていたところで誤解だと言って解放される


フルリの武器はパーティリーダーに取り上げられていたし、お金も殆どパーティの金庫番に預けていたので、フルリが持っていたのは背嚢に詰め込んでいた寝袋と、銅貨が少しだけだったー



しかしながら、一般的な宿は1泊が銅貨20枚、食べ物でも大きなパンひとつが銅貨1枚はする


だから、フルリができる事は余りなく安くて大きなパンを食べていた


しかしそれではまだ育ち盛りのフルリの胃袋が持つわけもない

すぐに銅貨が残り1枚になった。そして急に冷静にもなった


これからどうしようと、何も出来ないと気づいて


このまま死のうかとも考えた


それくらいフルリの初めての挫折は心を深く深くえぐったから


そして川にでも身を投げようかと思って眺めていたら、1人の女性に声をかけられた


まぶしくて直視できなかったけど、ちらりと見たらとてもとても美しい人だった


「へえ、どんな奴だった?」


「あ、はい。背中に矢筒と凄く綺麗な弓を持ってたウサギの獣人女性です」


「そうか、キトラか」


「キトラ?その人の名前ですか?」


「ん、多分な。俺も暫く会ってないがな」


「その人が言ったんです。この店にいけば、銅貨一枚でたらくふくご飯が食べれるよ、って。悩みがあるなら、きっと店主が力になってくれるよと…」


そしてまた、フルリは涙を流す

それはきっとキトラの優しさに触れたからだろうとカンザキは思う


「そうさな、キトラの紹介なら力になってやるよ。だけどな、今のお前じゃあダメだ」


「え…」


フルリの顔に絶望の色が浮かぶが、すぐに早とちりだとわかる


「とりあえずそれ全部食っちまいな、話はそれからにしようぜ」


そう言ってカンザキはカウンターの向こう側にひっこんで、何やらゴソゴソと作業を始めていた


仕方なくフルリは、目の前の肉を焼いて、たらふく食べたのだった






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