第75話焼肉GOD 前話 鐘の鳴る夜

ウルグインには巨大なダンジョンがある


それに呼応するかのように人々の住処は広がり、そのまま巨大になった都市だ


その昔よりダンジョンを管理していた一族がそのまま王族となって今では都市防衛の責も果たす


外界からの脅威というものはここ数百年ほぼなかったと言っても過言ではない


それはかつて、この都市を取り込まんと攻めてきた国もあったが当時、偶然にも勇者が誕生していて


たった一人で数万の兵や魔法兵を撃退した

それ以来、攻めて来るものは居なかった


現在でも多少のモンスターの襲撃がある。

しかもそれは迷い込んだモンスターだ


間違っても、強いとは言えないがそれでも脅威といえば脅威で、その排除のために国は軍隊、防衛隊を組織していた


今までで最大で最強と思われる外敵モンスターの襲来を察知した時にはすでに、街の外壁のすぐそばまで来ていたことを考えると確かに、たるんでいたのかもしれない


「うあああああああああああああ!」


走る、走る・・・

ひゅうひゅうと息を切らしながら、それでもまだ走る


「りゅ、りゅーだ!ドラゴンが来たぞおおおおおお!」


鹿の被り物をしたその男は一生懸命に街を回って警告を鳴らす

既に5つ、見張り台の警鐘を鳴らしている


6つ目の鐘に到着したときにはもう、汗だくで靴はやぶれ血が出ている

それでもまだ、止まらない


寝ている冒険者や兵士達を起こさなければいけないその一心で走る


深夜の襲来となった巨大なドラゴンは火球を吐き森を燃やし、クレーターを作りながらウルグインに迫ってきている

鹿男が気づいたのは空が赤いと気づき、城壁に上った時だ


最初は何が起こっているのかわからなかったが、右往左往しながらでも迫ってくる巨体がドラゴンだと気付いた時にはもう走り出していた


城壁の衛士に声をかけ、そして街中にある鐘を目指して走っている

鐘の数は数百か所そのいくつかはすでに鳴り始めていた



「おい、鹿!何があったんだ!?」


「はぁ、はぁ、ガルバか!お前は荷物をまとめとけ、最悪家族と逃げろ!」


「ただ事じゃねえのはわかるが、何が・・・」


「ど、ドラゴンだ・・・見たこともないようなほど巨大な竜が火を吹きながら今ウルグインに迫って来ている」


蒼白となった鹿の顔色

そしてその後ろでは兵士や冒険者が討伐に向かうためであろうか、慌ただしく動いている

ガルバはいつもの鹿のわるふざけではないと気づく


「わかった、お前も気をつけろ」


「ああ、俺はもう少し鐘を鳴らす」


鹿はそのまままた、走りだす





「うぁぁ。お母さーん!」


リュックを背負い泣きじゃくる子供がいる


「くそっ、迷子か!」


鹿は子供に近づくと、手を差し出して


「はぁ、はぁ、よし、お母さんを探しに行こう」


そう言って抱き上げて近くの兵士詰所に向かう


足は既に血塗れだ、痛みはもう無い。


兵士詰所に子供を預け、よろしく頼むと鹿は再び走り出そうとする。だが直ぐに鹿に限界が来る


ズシャア


足がもつれ転ぶ


一気に重い疲労に襲われてそのまま気を失いかけた鹿が最後に見たものは、鉄兜を被った大柄な兵士だった


ま、騎士ならなんとかしてくれ


そう願いながら鹿は気を失ったのだった





「シャルロット様、騎竜の準備が整いました。アレクシア様がお待ちです」


「鹿のお兄ちゃん大丈夫?」


小さな子供が、シャルロットが抱き抱える鹿男を心配している


「ああ、心配要りません、ここにはお医者さんもいますから」


そう言ってシャルロットは傷ついた鹿をベットに寝かせて医者を呼ぶ


「この者はいち早くドラゴンに気付き、警鐘を鳴らした勇者だ。完璧に、丁重に治してやってくれ」


そう言ってシャルロットはくるりと回り騎竜へ向かう


「お姉ちゃん、頑張ってね!」


小さな子供がそう言うとシャルロットは軽く右手を上げた


今ウルグインは混乱の最中にある。

皆、逃げ支度に必死である

自分勝手な人々にシャルロットは怒りを通り越し呆れた。

だが、他人の為に走った鹿男を見てシャルロットは救われる

荒みかけた心は守るべき民に、救われた

これならば、例え都市を守り死したとしても納得がいく。

騎士として、守るべき民だと心から誓ったのだ。彼の様に、私には私にしか出来ない事があるのだから。



今はまだお互い名前も知らない2人だが、

いずれ夫婦となる最初の出会いがここにあった










「シア様、お待たせいたしました!!」


シャルロットはすでに先行して出ていたシアに追いつく


「シャルロット!・・・貴方は民を護りつつ後退しなさい」


正直、戦況は芳しくない


緑竜を追ってきた巨竜は、そのままウルグインを敵としてスイッチした


そして緑竜はすでに力尽き、城壁の下に倒れている


その背中には少女が居たため、緑竜は少女を護っていた善なる竜として兵士は倒れた緑竜を、今度は我々がと護り始める


「あれが少女を護っていた竜ですか!・・ひどい・・」


「そうね・・・酷い火傷だし、片方の翼は破れかけって・・・見ているだけで涙がでそうです」


「シア様、私もお供しますよ・・・最後まで。それがルシータ様との約束です」


シアは目を潤ませる


「ずるいわ・・シャルロット・・姉さまとの約束だなんて」


「申し訳ありません。ですが、それが私の望みでもあります。あの人の強さには未だ遠く及びませんが、あなた様は私がおまもりします」


シアは涙を拭うと、再びその眼に力を込める


「行きましょう」


ただ、それだけ言うと二匹の騎竜はシャルロットとシアの意思を汲み取ったかのように動き始める


ニーズヘッグは現在、魔法兵と冒険者の混合で編成された部隊と交戦中だ

だがその尾の、翼のたった一振りでなす術も無く倒れていく

まだ誰も死んではいない、だが近づく事すらできず倒れていくのが原状だ


蹂躙を楽しむだけの知性はそこにあるようだった


小さな生き物が慌てている


先ほどまで追っていた小さな竜のことなどすっかり忘れていた


都市の城壁の一部は崩壊し、そこからの侵入でも試みているのかひたすら前に進もうとするニーズヘッグ


都市には現在守護魔法による結界によりバリアのようなものが張られている

その結界枚数はおよそ12000枚それがウルグインを護る全てだ


しかし、ニーズヘッグのブレス一度でおよそ6000枚の結界が消し飛ぶ


「くっ!化け物が!ウルグインが200年かけて用意した結界を・・・!」


祖先が作り上げた結界魔法の全てを破かれる訳にはいかない!


シアは右から、シャルロットは左から回り込む


「ウルグインの庭先で!勝手はさせません!」


風の魔力を纏いそしてそのまま「弓」を引き絞る


「宝弓の威力、見せてあげましょう!光り奏でろ!必中の弓よ!」


ビィン!


引き絞った弓から、矢が生まれ一直線に飛ぶ

それは魔力で出来た矢だ


「あああああああああああ!」


シャルロットは手投げ斧を全力で投擲する

紅く燃え上がる魔力強化の光の輝きがそのまま斧に移り、凶悪な武器としてニーズヘッグに向かう


ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ


シアの放った光の矢がニーズヘッグの肩に突き刺さる

シャルロットの放った斧がニーズヘッグの足の指を切り落とす!


いける!


そう思った瞬間


ニーズヘッグの足が・・穴の開いたはずの肩が一気に再生する


ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ


そして咆哮と共に二人は弾き飛ばされ街の結界にぶち当たる!


「かはっ!」


肺の中の空気が全て抜け出た様だった

シアの額が破れ、そして血が流れ落ちる

騎乗していた竜が、シアを覆うようにその背にブレスの火炎を受けていた


「あ・・かは・・・や、め・・・て」


ドサリ・・・騎竜が倒れる瞬間、一瞬紅い炎が見えた

紅い炎に包まれる・・

そんな・・たった一回のブレスでここまで・・・


ニーズヘッグの気分は変わらない


そこにあるのは再び生まれた、ただの怒りそのものだ

小さな人間がウロウロしていたが、すでに気にはならない


それよりもテリトリーを侵した小さな緑竜が気に食わないことを思い出す


邪魔をしてくる小さな人間はどうでもよかった


二匹の竜に乗ったちいさな人間の攻撃も、痛い事はない

足を、足の指を一本切られたがそれはたいしたことではない

息をすれば回復するそれだけの事だからだ


吸い込む息はあたりの魔力をそのまま飲み込む


それはブレスとして吐き出されていく

その威力を一番よく理解しているのはニーズヘッグだ


生き物達の悲鳴が・・心地よい

怒りを抑えてくれるのは悲鳴だけだ


邪魔をするなと雄叫びを上げる


それがニーズヘッグだった



ブレスの炎は一瞬止んだかと思えば、また再びシアを襲う


それは守って逝った彼女の愛竜の悲鳴が呼び寄せた炎


だが


「シア!!!!!!!!」


シャルロットが炎の前に立つ

申し訳なさ程度に、水の魔法で壁を作る


一瞬で蒸発するだろう。だが、この一撃だけはシアに、アレクシアに届かせはしない

次の一撃が来るまでの間に、もしかしたらルシータが駆けつけるかもしれない


彼女が居てくれればきっとこんな竜などいとも簡単に屠り、きっとこう言うのだ


ーシャル、まだまだ甘いわね


だが今はもう彼女はここには居ない。だからこれはきっと夢なのだ。


そう、きっと




「シャル、まだまだ甘いわね」




金色に輝く一人の女性が立っている様に見えた


ルシータ、様、幻だろうか?でもシャルロットは嬉しかった。死ぬ前に会えた・・・と


シャルロットは意識を失う


キャサリンはちらりと倒れたシアとシャルを見た


「うちの妹に何してくれてんのよ!」


ぞわり


!?!?


ニーズヘッグは今まで感じた事のない程の悪寒を感じた


ちいさく、だが大きく輝く人間がいる


「姉・・・さん?」


大きな声に反応してうっすらと、目を開けたシアは明るく、だが暖かく輝く光を見る


ふわりと体が浮き上がる


「おっと、大丈夫か?ひでぇ火傷だな、ほらコレ飲んでろ」


シアの口元に当てられた小瓶から回復薬が流し込まれる

一瞬で体の傷が回復する

だがその反動か、急激な眠気がシアを襲った


「ココで寝てろ、片付けてくる」


姉さんじゃない?男・・の方・・・



その男はシャルロットにもその回復薬を飲ませているようだ


それを・・その回復薬を私の騎竜にも・・・



意思が通じたのか、本当に、本当に死に掛けていたシアの騎竜にもその男が回復薬を飲ませている



「カンザキ!!!遅い!!!」


「わりぃな!色々在ったんだよ!!!」



カンザキ・・・それが、あの男の方のお名前・・・

シアはそこで本当に意識を失った



カンザキはキャサリンの横に立つ


「どうだ、やれそうか?」


「あーちっと厳しいね。街護る結界がほぼなくなってたから今もっかいかけてるとこ」


後ろを見ると消し飛びかけた結界がドンドン修復しているのが見える


すさまじい勢いで失われた結界が再び輝きを取り戻していく


キャサリンがニーズヘッグを前に、先に街を護る事を優先させたのだろう


「カンザキ、ちゃっちゃとお願い」


「おうよ」


カンザキは腰から剣を抜く


「ちょっとおいたが過ぎたな?」


ドンッ


カンザキは一気にニーズヘッグの頭に接近する


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」


ニーズヘッグは厭な、本能が逃げろといっている、厭な、においがする


これは・・・


小さな人間が目の前に現れる。その肩にはちいさな蛇がいる


これは・・・知っている!ミドガルズオルムの臭いだ!

怒りが、吹き出る


かの蛇はニーズヘッグをばかにしている


小さな、ニーズヘッグから見れば本当に小さな蛇だ

だが本当に・・・厭な、においを出しているのはその人間だ・・・・・・・


視界が、ズレる


世界が、割れる



ニーズヘッグはその怒りを抱きしめたまま「今」の命を失った





キンッ



鍔鳴り音が響きその巨体は真っ二つに割れて、倒れたのだった


そのドラゴンの眼の光が消えたのがわかると歓声があがる




「「「ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」」」




歓声が響き渡った瞬間である


カンカンカンカンカンッ


街の鐘が、響き渡った


カーンカーンカーンカーン


それは勝利の、護られた街の声だった








カンザキは女の子を捜す


「ああ、いたいた」


その子は、緑竜に護られていた


カンザキはにやりと笑い、気を失っている女の子を抱きかかえる


「キャサリン、この緑竜たのむわ。回復薬がきれちまったから今治せなくてな」


ありったけの回復薬は兵士に渡しておいた。これで傷ついた兵士は治せるだろう

だが緑竜の分は残していなかった

うっかりしていたと思う


「いいよ、うちに運んどく。それとあのバカでかい竜、片付けてって。アレはきっとまだこの街の人間には良過ぎる素材しかとれないし、それが元で争いとかおきちゃいそうだし」


カンザキはわかった、と魔法の袋にその巨大な竜の遺骸を隠す


「相変わらずその袋反則だね」


「でも今のでほとんどいっぱいになっちまった。どっかで捌かないとな」


「食べる気なの?!」


「だってドラゴンだぜドラゴン。なかなか食う機会はねぇし、それにコイツみたいな竜は少ないんだ。人間に近い竜はけっこういるんだがなぁ」




まぁ、種族がぜんぜん違うんだが・・・

人に成れる竜は元が人だ

竜の神と人間の間に出来た子の子孫だ


ニーズヘッグのような竜はそれこそ本当にただの竜・・モンスターだ

ただその真実を知る者は少ないのだが・・


「まぁいいけどさ。んじゃあたし帰って寝るわ」


キャサリンはそう言うと、傷ついた緑竜「シルメリア」を担いでキャサリンの店に帰る


カンザキは女の子を抱きかかえどうしようかと思っていると


「ミオ!!!」


一人の冒険者が走ってくる


「あああ・・!!本当にミオだ!なぜこんなところに!」


「あんた親父さんかい?」


「あ、ああすまない・・・ありがとう・・・アンタが護ってくれたのか?」


「いや、おれじゃねえよ・・まぁ礼はアーガスに・・で、いいかな?」


「アーガス?」


「いや、わかんねぇんだったらいい。今は助かったことだけ喜んでおけばいいさ」


そう言ってカンザキはミオを父親に預ける


ああ、そういえば焼肉の鉄板と網を、作りに行かないと。




そしてー



巨大都市ウルグイン


人口は数百万とされる。

治安は良好、街の中心部には地下バベルと呼ばれるダンジョンがある。

そのダンジョンでは様々なモンスターが出現するし、鉱石や薬草なども取れる。

故に地母神信仰の街でもあった。





その街の一画に、とある食堂ができた



焼肉ゴッド 



カンザキの店だ

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