第67話英雄ーサレイド

これはルシータがキャサリンと名乗る、ほんの少し前の話


ルシータ 18歳


ウルグインの王族で姫だった


彼女の妹は二人いる


ルシータは二人の妹が大好きでとても大切だった


だがまあ、父親である国王とは反りが合わず、よく喧嘩をしていたが嫌いではなかった


だがー


「なんで!?なんで私が結婚ですか!?」


「仕方あるまい、ルシータは王族だろう?」


「嫌です!私、家出しますからね」


そう言ってルシータは王宮から姿を消した


表向きはこれでわがまま姫の家出で済むだろう


別に結婚しても良かった。相手が誰であろうが関係はないから

それが王族の勤めであると理解もしていたから


だけどダンジョン100階層にて見つけたのは勇者の・・ご先祖様の日記


それによるとおそらくは魔王が攻めて来るはずであり

私が覚醒してからも、もう3年がたっている残された猶予はそんなにないかもしれない



ガヤガヤとするウルグインの街


「とりあえず、ダンジョンに潜る為に色々買いだしておかないと」


道具屋筋ーそこは占い街道と一本道を隔てた所にある

冒険者向けには猫印の道具屋があり、そこで買い出しをするのが一般的だが


それは先日100層にて「猫の道具屋」本店にて買い付け済みだ

今日はそこに売っていない下着や食料品などをあらかた買っていくつもりだ


帰れないかもしれないー


そんな不安を胸にあれもこれもと買っていく


一通り買い集めたかな?

行き交う人々を眺めながらルシータはぼんやりと


この人たちも魔王が来たら・・・

恐ろしい想像が頭を過る

やはり、行かねばならない

そんな事を思いながら、最後になるかもしれない街の風景を眺めていると


「おじょうさん、おじょうさん」


「え?」


一人の老婆が声を掛けてきた

ローブを纏った一人の老婆


「あんた、強い運勢を持っているね。ちょっと見せてくれないかい?」


ああーそうか、占い師隣は占い街道か


「いいかい?」


「はい、いいですよお婆さん」


すまないねと言いながらルシータの手をそっと取り上げる

年老いたその手はなんだか懐かしくて、暖かくて、ぬくもりに溢れていた


「ほぅ・・・面白いね・・。あんた、女難の相と男難の相両方出ているよ」


「へ?」


「だが強い運勢は世界を変えるね・・・」


「世界を救うではなく?」


「ああ、そうかもしれないね」


なるほど、これは験を担ぐのに良いわね

彼女の占い好きはここから始まった


「苦難だねぇ・・その苦難の分だけ、幸せも増えていく。良い物を見せてもらったよ」


「ありがとうお婆さん、気が楽になったわ」


そう言うとルシータはにこりと笑う


お婆さんも、にこりと笑ってくるりとルシータに背を向ける

ルシータも背を向け、歩き出そうとした時声が聞こえた


「気を付けて行くんだよ」


え、と思い振り返った時老婆は既に居なかった・・





すっかり日が暮れようとしていた


ダンジョンに行く前に挨拶だけはしていこうと思っていた人の所へ向かう

そこはコロシアム近くにある大きな家


代々、ウルグイン王家に仕えてきた者の家だ


ルシータの大好きな人


その人に別れの挨拶をしにむかうはずなのに、心なしか嬉しい


「しばらく会ってないものね」


会うことにすら口実が必要になったのは何時からだろうか?


そして、その会うことを禁じられたのはつい最近の事だ。といっても1年程経っている

かなりの高齢だったからお体も心配だった


一般の住宅にしては大きな玄関の前に立ち、そこに居た門番のおじさんに家のものを呼んでくるようにお願いする


門番はルシータの顔を知っているのでこんな時間に訪ねてくることに大層驚いていたが、

少々お待ちくださいと客室に案内してくれた


そこで待つ間、そわそわとして落ち着かない


ああ・・早く来ないかな・・



ガチャリとドアの開く音に一瞬緊張する


「ルシータ様!」


そこに立っていたのは妙齢の女性だ

彼女ではない


「キャロラインですか!お久しぶりです」


彼女の娘だ


「おお・・・ようこそおいでくださいました」


そう言ってキャロラインは涙ぐむ


「それで、その・・」


ゴクリとルシータは唾を飲み込む・・


「ああああっ・・」


「どうしたのキャロ、なんで泣いているの?」


膝を折り泣き崩れるキャロに駆け寄り、肩に手をかけて・・

ひょっとしてと気づく

そしてルシータも自然と涙ぐむ


「ねえ、キャロ・・もしかしてお母さん・・」


「ああ・・ルシータ様、まだお母さんと呼んでくださるのですね・・母は先日・・亡くなりました」


「そう・・・」


ルシータの育ての母・・それが今日会いに来た人だ


幼い頃からつい3年程前まで、妹のアレクシアとレオノールも育ててくれていた

誰よりも厳しく、そして誰よりも優しかった


大好きだった、生みの母ではない育ての親


「お墓、案内してもらえる?」


「はい、それはもう」



そこは敷地の奥にあった。


墓石は大きくて綺麗な物を使ってくれている様で嬉しかった




「キャサリン・フィオノールここに安らかに眠る」




そう書いてある



「ねえ、キャロちょっとだけ一人にしてくれる?」


「はい・・」



キャロラインが家に帰るのを見届けると、墓石に向き合う

色々な思いが胸から溢れ出る・・声にするのも難しい思い出


「ああ・・あああああああああああああっ!」


ルシータは自然と、声を出して泣いた


私は馬鹿だ!


大切な人がいつのまにか居なくなっていた事にも気づけないほど私は愚か者なのだろうと

ただ、ただ泣いた


少しして、涙を必死におさめる


彼女に、お母さんには笑顔で別れの挨拶をしようと決めていたから


「お母さん、私ねダンジョンの奥まで魔王を倒しに行ってくる。多分、結構大変」


「ああでも心配しないで!私、強くなったんだよ!お父さんよりも!」


「勇者だって。この世の理から外れた存在、1人だけ強くなっちゃった」


「ねえお母さん、本当は私寂しいの。1人だけ、なんでって思う。でもみんなの事を思えば行かないわけにはいけないから」


すうっと


せき止めた筈の涙が流れる


「ごめんなさい、本当は笑って行こうと思ってたんだけど、ごめんなさい・・ごめんなさい・・」




しばらくして屋敷に戻ると




「ルシータ様、これを」


キャロラインが差し出したそれは貝殻のブローチ

見覚えのあるブローチだ


「これは?」


「母が・・キャサリンが大切にしまっていたブローチです」


海のないこの地方では貝殻は貴重品だ

そう言えば昔キャサリンが付けていたこれを欲しがった事があったっけ

亡くなった旦那から貰ったプレゼントだから、ダメよと言われたのを思い出した


「これをお持ちください」


「え!?でもそんな!」


「母の遺言です。ルシータ様がもし、訪ねてきたら渡すようにと。」


「ッ!」


言葉に詰まる

だがこれから向かう先は死地だ

持っていって壊すわけにはいけない



「キャロ、それはまたー次に来た時に頂くわ。大事に、大切にとっておいて下さい」


泣きそうなルシータをみてキャロラインは


「はい」


そう小さくつぶやいた





「さぁて、行きますか!」


別れの挨拶は済ませた

もう思い残す事はない


あとは無事に帰ってくるだけだ


一本踏み出したその時



「お待ちください姫様」


振り向けばそこには大柄な美しい女性が1人

先ごろ親衛隊に入ったばかりの新人だ



「シャルロット・・・どうしたの?」


「叔母様に、家に来ていると連絡があったものですから。ダンジョンに向かわれるのですか?」


「そうね」


「私もお供します」


決意が伝わってくる、真剣な顔だ

だが


「ダメよ」


そう、ダメだ。勇者ではない彼女では死んでしまう可能性が高い


「そうですか、では」


そう言ってシャルロットはメイスを構える


「力づくでお止めします」


シャルロットの体が赤い魔力に包まれる


「そう、シャルロットと最後に勝負したのはいつだったかしら?」



「3年と少し前ですね。勝敗は私の勝ち越しです。」


シャルロットは天才だった

王族であるルシータに引けを取らない程の



だが、ダメだ



「もう昔とは違うのよ。私はー」


そう言いかけて止める


「いいわ、かかってらっしゃい」



「失礼!」


シャルロットが地面に軽くクレーターを作り突進してくる


ルシータも魔力強化を始める


キラキラと、本当に美しい魔力強化のオーバーロードに加え、ルシータの両目すら金色に輝く


「なっ!」



金色の魔力!?


止まらない突進をルシータは片手で受け止める!



「シャル、英雄サレイドの寓話を覚えているかしら?」


ルシータに掴まれたメイスはぴくりとも動かない


「ええ、覚えています。確か、強くなりすぎた英雄サレイド」


「そう、強くなりすぎたサレイドは英雄にはなれた。どんな敵だって簡単に倒してしまい、退屈をする」


「そして退屈をしたサレイドはダンジョンの奥深くに消える・・そんな話でしたね。」


「それが私なのよ」


「で、ですが!」


ガギィン


物凄い音がして、ルシータが握っていたメイスは砕けた


「なっ!」


「ごめん、シャル。あれは寓話では無かった。王族の、何代前かわからないけど本当の話」


「ルシータ様・・・」


「シャル、お願いがあるの」


「なんでしょう」


「私がもしー、いいえ、アレクシアを支えてあげてくれないかしら?」


「!!」


「これは、幼馴染みの貴女にしかお願い出来ない」


「確かに、アレクシア様もレオノール様も私の妹の様なものですが、ですが!」


「お願い」


ルシータの金色の瞳にシャルロットは



「わかりました。いつまでかはわかりませんが、必ず。」


「ありがとう」






そう言ってルシータはダンジョンに消えた




数ヶ月経ち、ルシータは500階層まで進んだ

そこで1人の冒険者に出会う



「俺の名前はカンザキ、見ての通りの冒険者やってる。そっちは?」


私の目を見ずに聞いてきた失礼なやつ


「私の名前はルシ・・・いいえ、キャサリンよ!」


自分の名前を隠そうとして、咄嗟に出たのは大切な人の名前


右手を出す


カンザキがその右手を握り握手をして


「よろしく」







「カンザキこっち!早く!」


キャサリンは今カンザキの手を握りしめ走る


「ちょ、早い早い!」


コロシアムの近く、大きな家の裏に進む


「勝手に入っていいのかよ!?」


「大丈夫大丈夫」


今ルシータは満面の笑みで会いに行く



それは大きな墓石

年数が経ち、緑が墓石の色を変えている

絡み付いた蔦はかなりの本数だ

だが、自然に溶け込み大変美しい



「こ、これか?」


カンザキとキャサリンは手を繋いで墓石の前に立つ


「お母さん!聞いて!私ね、この人と結婚するの!」


実際は婚約すらしていないのだが、何とも言えず返答に困るカンザキ


カンザキはいつもと違うキャサリンにドキリとする

その笑顔はまるで、小さな少女の様に見えた





「だからお母さん、安心して!ルシータは幸せだから!」




そしてルシータは晴れた空を仰いだ


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