第36話 愉快誘拐
その部屋はあまり広くはないが、快適に暮らせるだけの設備はある様だった
「それにしてもここは何処なのでしょうか?」
シアはドアを開けようとするが一向に開かない、どんなに力を入れようがびくりともしない
まるでドアと部屋が一体化しているかのようだ
「先程の感じじゃと、ここにはゲートを通じてきておるようじゃな」
パンを口に含んでもぐもぐとしながらむーたんが言った
「ゲートですか?何ですか、それ」
「ああ知らぬのか。ウルグイン風に言えば転送陣じゃなぁ。ちなみに時間はあれから言えば一刻ほど経っておるかの」
「そんなに!?」
「おぬしらは時間凍結されておったからわからんのじゃろうが、その程度には経っておるよ」
それはでもうすぐ夕方になってしまう…それは店の開店する時間だ
店の開店までに帰るのは無理かもしれない
カンザキさまお一人ではお店が回らないかも…
そう思っていたら
「心配せんでもカンザキの元にはすぐに帰れるから大丈夫じゃ。わしとカンザキは正式に契約済みじゃからの」
シアの心配を察してか、むーたんが言った
「よく・・わかりませんが大丈夫なら」
そういってシアはシルメリアをチラリと見ると、なんだかそわそわとしているように見える
「落ち着かない?」
「うん・・ここは・・なんだか、懐かしいけど・・・」
そう言ってうつむく
「ほら、誘拐した奴らのお出ましじゃ」
むーたんがそう言うとドアががちゃりと開いて男が二人入ってくる
シルメリアと同じ緑色の髪の毛で三つ編みをしている、一人はがっちりとした体つきでもう一人は線の細い体つき
お揃いの服装はまるで神官か何かのような雰囲気である
「ご無礼をお許しくださいシルメリア様」
ほっそりした男がそう言って頭をさげる
「・・・だれ?」
シルメリアは首を傾げる
「お父上が危篤です。その為に後継者の選別が行われました。シルメリア様はその方と番になって頂きたいと、その為多少強引にお連れさせて頂きました」
「シルメリアはまだ子供じゃそ?成竜になるまではあと40年ほど早かろう?」
むーたんが横やりを入れると
「ふん、余計な奴らまで連れてきおって。お前らはおとなしくしていろ、あとで帰してやる」
がっちりとした方が言った
「よさないか、シルメリア様のご友人だぞ」
「ただの弱っちい人間だろうが?シルメリア様の友人だと思っているから無事に帰してやるんじゃないか。なんでもない人間ならそのへんに捨てている」
なんとも不遜な態度のがっちりした男
あまり人間の事を好ましく思っていないのが伝わってくるところと、シルメリアの髪の毛と同じことを考えるとドラゴニュートだということはわかる
「その態度、おかしくありませんか?私のことはよいとしてもシルメリアを結婚させたいのでしょう?しかも無理やりに。むーたんの言った事を踏まえて言えばあなた方は子供に無理やり結婚をさせるのですか?」
シアはイライラし始めていた
それは自身と重なっていた部分もあったからだが、すでに家族と思っているシルメリアを取られる様な気がしたのだ
「・・・私は嫌」
シルメリアが小さな声で言ったが、男たちには聞こえてないようだ
「うるさい人間め!黙っていろ!」
「よせダルア。お嬢さん、申し訳ないがこれは我々グリーンドラゴンの一族の問題なのですよ。それにここまで差し迫った状況がなければ強引な手段も取らなかったのですが」
がっちりした方がダルア、そしてほっそりした方がイグニスというらしい
二人は言い合っている
「シアよ、これはこやつら自身の問題じゃわしらが何を言っても無駄じゃ。じゃが・・シルメリアは嫌じゃと言った。どこまで踏み込めるかはわからんがしばらくはおとなしくしておこう」
むーたんには聞こえて居たようであるそれでシアに耳打ちをする
『まぁ大丈夫じゃろ』
と、なにが大丈夫なのかシアはまったくわからないがおとなしく従っておくことにする
シルメリアは怯えたような眼をしているのでなにかわからないが不安がっているようだった
二人の話がまとまって、どうやらその危篤のシルメリアの父のところに連れていかれるらしい
3人が外に出るとそこは小さな村といった具合だった
村といっても子供はおらず、大人ばかりだ
異様な雰囲気だとシアは思ったがここがドラゴニュートの村だと言われると納得をした
そしてほっそりとした男が、イグニスが説明してくれる
ドラゴンは成人すれば人化の魔法が使えるようになるとだから大人しかいないと言う
成人した竜が基本人化しているのはその方が生活には便利だということだった
だが中には竜としての本能が強すぎる者がいて、それはわずかな知性しかなくまるで獣のような闘争本能、生存本能に支配されていて人化の魔法すら覚えられず、はぐれ竜となりこの村から離れ北の山奥に住むらしい
位置で教えてもらうと方向的にはウルグインがあるのはここより国2つを超えた南とのことなのでこの竜の村は相当北に位置していることになるらしい
この村は標高も高いらしく、シアは少しだけ息苦しい
北側をみると大きな山が山脈となってああるその一番近い山は中をくり抜いたような巨大な洞穴があった
まさか・・ここグラニアの山脈の中なの!?
世界の北の最果て
その山脈の向こう側は魔族が住むとさえ言われている人類未踏の地
ダンジョンと同じく冒険者が開拓をと進攻しているがその山脈に阻まれた向こう側はまだ誰も見たことがないと言われている
よく周りをみれば歴戦のといった雰囲気の冒険者がいるのが見て取れた
「ここから先はゲートを通って行きます。お嬢様方は人間なので体が持たないかもしれませんが、本当についてくるのですか?」
「ふん、ついて来たら勝手に死にましたとか言っても責任はもたんからな」
ダルアはやはり口が悪い
「大丈夫じゃよ、わしが魔法加護をしておくからの」
そう言ってシアに魔法を施す
「ガキの癖に魔法が使えるのか・・」
ダルアは目を見開いて驚いた
「・・むーたんはとっても凄い」
シルメリアはそう言うがやはり声は小さい
「シルメリア様が凄いと言われるとは・・」
イグニスも驚く
「ふふん、お前らわしを良く見よ。わからんか?」
むーたんはそう言ってドヤ顔をするが
「ただの人間・・ですよね?竜気も感じないですし・・魔力は・・それなりには感じますが」
「まぁ、たかが人間だ。それよりも早く行こうぜ」
そう言って彼らの言うゲート、転送陣に歩いていく
「ちょ・・・わし・・・」
むーたんは取り残されて・・
「シアぁ~」
シアに抱っこされてそのまま転送陣へ向かっていった
転送陣を抜けるとそこは巨大な洞穴の中だった
山から下を見下ろせば壮大な景色が広がっている
ふもとにはさきほどの村が見えていた
「こっちだ。いくぞ」
ダルアとイグニスについていくとそこにいたのは
緑の髪の毛をぺたりと七三分けにして、ダルアよりも身長は高く、筋肉質な男がいた
重そうな服を着ているがその作りは豪華の一言だ
ごてごてとしたキラキラの宝石があしらわれたネックレスをしている
趣味の悪い感じが嫌だった
「おお!シルメリア、我が花嫁よ!」
「お待ちくださいガイ様、先に竜王様にお目通りですよ!」
イグニスがそう言うとガイと呼ばれたドラゴニュートはムッとして
「とっくに人化も維持できぬようになった老い先短い王だ、仕方あるまい。最後の娘の顔をさっさと見せてくるが良かろう」
そう言って踵を返し、奥へ向かう
「申し訳ございません、ガイ様は楽しみにして居られましたから」
「逆らうなよ、殺されるぞ。ガイの奴はグリーンドラゴンの中でも最強だ。後継者争いで相手を一瞬で殺して行った程のな」
ダルアが悔しそうに言う
「私の、そしてダルアの友人も皆、ガイ様に喰われてしまいましたので・・ですが掟で後継者は最強の者をと決まっています」
「その人格を無視をしてもですか」
シアが言った
「人の世界とは違うのです。竜王の名を継ぐ者は最強でなければいけません」
「なぜ・・ですか」
「それをあなた方に言う必要はありません。知ったところでどうしようもありませんし」
そういってイグニスも足早にガイを追った
「まぁ、ああいう事を言っているが掟だからって訳でもない。ガイは最強であるとともに申し分ない王の器だからだ」
ダルアもまた、それで納得をしているように言った
友人が殺されていて納得できるはずなどないだろうと、シアは思う
そのまま奥に進むと、ひんやりとした空気が流れている
そこに、彼は横たわっていた。竜の姿、ドラゴンが。
「おとう・・さん?」
シルメリアは尋ねる
「おお・・・シルメリアか。すまなかった・・な。あの事は聞いておる。だがわしはもう動けん・・謝るしかないのだ・・・そこにいる竜、ガイは強さでいえば申し分ない。わしの全盛期よりも強いかもしれん。その男と番になり、この竜種の未来を、頼みたいのだ・・・」
「任された。故に安心して眠ってくれ竜王アーガスよ!」
「ガイよ・・頼んだぞ」
眠るように、竜王アーガスが言った
その時だった
我慢できなくなった女が一人、飛び出した
「何言ってんの本人がいないところで、人生を決めるような話をしないでよ!」
シアが飛び出して叫ぶ
その顔はまるで自分自身が当事者のような悲痛な表情
「シルメリアの気持ちなんてどうだっていいっていうの?本人にいいかどうか聞きなさいよ!」
シルメリアはバッとシアの方を見て、シアと目が合った
シアはにっこり笑って
「シルメリア、ちゃんと言いたいとは言いなさい。そう、私の姉さんみたいに」
「キャサリン・・・みたいに・・」
シルメリアはハッとする
キャサリンならきっと・・・はっきり言うよね
キャサリンなら・・・
「人間、調子に乗るなよ。竜王の前でなければ殺しているぞ」
ガイは殺気をばら撒く
ダルアとイグニスはひいっと言って後ろに下がる
だが
「うん。キャサリン見たいに・・言う」
「そう、シルメリア。あなたは強いわ。姉さんに鍛えられてるんでしょう?」
「はい」
2人はその殺気に微動たりともしない
ガイがあてを外されたように、今度は竜気をばら撒いたのだが
まるでその程度の殺気など慣れているかのようだ
「お、お父様・・私はまだ・・いいえ。こんな奴と番になる気はありません!」
シルメリアが言い放ついつもと違い、語彙が強い
「それにドラゴニュート最強なんておかしくありませんか?今のお父様の方がまだ、強い筈です!」
「は?何を言っている?この老いぼれの竜気が分からんのか?今にも消えそうじゃないか」
ガイは何を訳の分からない事を言ってと笑っている
「ガイさん・・」
「なんだシルメリア」
「貴方にはお父様の、竜神気が分からないのですか?」
「竜神気?なんだそれは」
「無駄じゃよシルメリア、アーガスお前も悪いヤツじゃのう。そこのアホと娘が番になどなるわけがながろ。明らかに実力不足じゃわ」
むーたんがそう言うと
「アホだと!人間の小娘風情が生意気な!」
カッとなったガイの右腕が竜の腕となり、むーたんに襲いかかる
ガァンー凄まじい衝撃が広がる
「ほれ、アホだから力の差も分からぬ」
むーたんがその小さな手で、巨大化したガイの腕を止めている
そしてそのままアーガスに向かって投げる!
アーガスは左腕をあげてガイを優しく受け止め、下ろしてやる
「何者だ小娘」
ガイの殺気がむーたんだけを貫くが
「うるさいわ小僧」
逆にむーたんから放たれた軽い殺気にガイが
「ひぃっ」
と叫んで人化がとけ、竜となる
「むーたん、ありがとう」
シルメリアは言った
「ほれ、わしらは家族みたいなものじゃからの」
「ぬぐ…参った・・・まさかシルメリアが、神気が感じられるとはな・・そう言えば金髪のお嬢さんも僅かながら竜ではないが、神気がある・・か」
アーガスが言った
だが仮にもドラゴニュート最強を自負している男はなんとか持ち直して
「何が竜神気だ、訳の分からん事を!殺してくれる!外にでろ!」
「その必要はないのぅ、おいアホ。おまえさんよりそこにいる人間の娘、アレクシアの方が強いぞ」
そう言うなりむーたんはシアのそばに来て
「いえ、むーたん私は多分無理じゃないかなあと」
と言ってるシアのおでこに、水色の玉を取り出して
パぁん!とそれを弾けさせた
「え、ちょっと、これ、まさか!?ええええ!」
頭の中に呪文が流れ込んできてシアが慌て混乱している
「人間如きが!ナメやがって!」
ガイが洞窟の中だと言うのに竜魔法を放とうと魔力を貯める
「シア、ほれ!」
むーたんがシアのお尻を叩いて前に出す
「うう、これ何か怖いなあ…」
シアは半泣きになりながら唱えた
だがその雰囲気はすでにシアに余裕が漂っている
「来たれ龍よ・・・」
「海を、山を、空を、時を、全てを超えて」
シアは唱える
「超えて来たれ龍よ!来たりて目の前の敵を打ち滅ぼせ!」
「リヴァイアサンーーーー」
「「「「は?」」」」
その場にいたドラゴニュート全員が目を丸くした・・・・
-----------------------------------
「すみませんでしたああああああああああああ」
ボロボロになったガイが、ダルアが、イグニスが土下座している
その巨大な体躯は山を貫いて大穴を開けた
それだけでもうしっちゃかめっちゃかになってしまった
リヴァイアサンは、それを見ると
『あちゃー。アレクシアちゃんまたっねー』
とすぐに消えてしまった
「いえ・・その・・・」
シアはわたわたして
「私の力じゃ・・」
「いやいやシアの力じゃよ。こないだカンザキがいらんといって拒否したからのーどうしようかと思ってたんじゃ。リヴァイアサンの奴から預かっていて使いどころがなかったんじゃが、ちょうどよかったわ」
むーたんはそう言ってつづけた
「アーガス、あんた幻界が近いんじゃろ?竜気と神気が入れ替わってきておる。あと1年ほどで終わるじゃろ?それなのに死ぬとかなんとか・・・めんどくさいからって逃げるんじゃないわ」
むーたんがそう言ってアーガスの頭をぐりぐりと踏んでいる
「・・も・・申し訳ありません」
土下座アーガスである。その姿は竜のままなので踏んづけていても痛そうには見えないのだが、なぜかミシミシと地面が音をたてている
「し、失礼ですがあなた様は・・・?」
丁寧な言葉使いになったガイがむーたんに聞いた
「アフォめ。それ知ってどうする気じゃ。シア、シルメリア帰るぞ背中に乗せてやるわ。まぁおもしろかったのー」
そういってまるで小旅行でもしたようなノリでむーたんは言う
「おとうさん、またね」
シルメリアはにっこりと笑ってそう言った
ズゥン!
そこに巨大な漆黒の竜が現れる
巨大な衝撃と振動が響いて辺りではがらがらと岩が崩れる音がする
そしてシアとシルメリアはその巨大な竜の背中に乗る
「なっ!?まさか・・・あれは・・・」
アーガスが驚愕の表情をする
「なんと凄まじい・・これは、竜気か!?」
ガイも漆黒の竜を凝視する
「・・・・・あれが…伝説の神竜バハムート様か・・・」
アーガスの一言に皆、あっけにとられてしまった
「あの黒髪の小娘・・・・・がまさか・・・」
ダルアがへたりと座り込む
「シア、むーたん、ありがとう」
「いいんですよ。私なんて・・私なんて何もしてないんだから・・・」
涙を流しながらシアは言った
どうしようどうしようどうしようリヴァイアサンとこんなに簡単に契約とか・・
しかも対価なしとかどうなってるの!
対価はすでにカンザキが支払っていたりすのだが、シアはそれを知らない
「ガァアアアアアアアアアア!」
バハムートは楽しそうに吠える
いいのう、カンザキのそばにいるとやはり退屈をせぬわ!
この世界のなんと面白いことよ!
夕日が落ちるよりも早く飛んで3人は帰る
カンザキの待っているであろう焼肉ゴッドへと
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