第8話袋のネズミ、出口なし、泥沼

焼肉ゴッドの二階


元々ワンフロアだったその部屋に壁が出来た


布製の壁である。又はただの仕切りとも言う


昔読んだ本で笛を1週間吹き続けると崩れるジェリコの壁というものがあったが、そうならないことを切に願うー



元々焼肉ゴッドの二階はカンザキの自室がある


主に書物やダンジョンでの発掘品があるだけの無骨な部屋だったのだが、昨日より同居人が増えた


まあその同居人と、部屋を割ったのだ。


カンザキは日本にいた時から女性との接点は多い方ではなかった。

唯一、妹分とも呼べる従兄弟がいたが、彼女とも高校に上がる頃には疎遠になっていたし、カンザキも社会人になれば男ばかりの職場に就職している始末だ。


苦手意識がある訳じゃないんだがな


異世界に来てからは多少、女性との接点が増えてはいたがそれでも隣の店のキャサリンにからかわれる程度でしかない


だから今更、女性と同居するなどカンザキにはどうしたら良いのか本当に分からない。


たとえそれが従業員だとしても

付け加えるなら彼女は王女様である。手を出すイコール死刑の可能性を考えてしまう。


熊の様な執事クナトの、


「粗相の無いようお願いします」


あの一言がまるで鉄の楔が如くカンザキを縛り付けるのだった。





どうしようかと考えあぐねて、もういっその事ダンジョンに仕入れにいこうと思い至った

現実逃避である


そうと決まれば準備だ!


今回は店は臨時休業にしてしまおう。

気がふっと軽くなる。

従業員を雇っていきなり休業も悪い気がするがちょうど昨日肉のストックが切れた。

また大物狙いで行くか。

なにより、彼女と一緒はキツイ。昨夜も寝れた気がしなかったからな


ダンジョンに入ってとりあえず仮眠してから行動しよう、そうしよう。


そんな事を考えながら、準備を続ける。

魔石は多めに持っていくか。

あとは・・気候はいいけど、念のため泊まりを考えて(それが目的)テントを用意

猫印テントセットだ。一通り必要な物をセットにしてある。

そして非常食、現地で調達できなかった時の事を考える



ゴソゴソと用意をしていると声をかけられた


「何をなさっているのですか?」


シアが聞いてきた。

まぁ見たらわかると思うんだけどな。


「ちょっとダンジョンまで仕入れにな。ああ、2日ほど店は閉めるつもりだからすまないが待っていてくれ。部屋と店の中のもの自由につかってもらって構わない」

ウキウキとした感じでカンザキは言った。

シアに話しかけられていることなど気にも留めていない。


「そうですか、じゃあ私も行きますね。準備してきます」

くるりとブロンドをひるがえし、仕切りの向こうに消えた



「ああ、分かった、よろしく頼む」


カンザキは何も思わず準備に夢中で生返事をしてしまう


この時点で断って置けば、まだ救いもあったのに。




それにそもそもカンザキにシアが同行するだなんて発想はない

今まで女性に好かれたこともなければ、誘ったことがないのもカンザキだ。

先日ダンジョンに同行したキトラやシルメリアはまだ子供だと思うし、女性としてみていない面もある、キャサリンが推薦したから同行したという理由もある。

だからこそカンザキにはシアが同行するという考えには及ばない


一方、シアは男性慣れしていると言っていい。

これは今まで王族が故、王女が故、姫が故に様々な男性が言い寄ってくるといったことも少なからずあった

さらに飛竜部隊だと軍事に関わっていたことも大きい。周りに男性がいる環境など、いつものことだったし、そしてダンジョンに付いていくといったことも日常茶飯事だった。

父について80層までいつも一緒に行っていた、実際のところはこっそりと90層にも足を延ばしていた。


転移の魔石を手に入れたことも大きい。父には内緒にしていたのだが。80層付近のボスモンスターを討伐した際に手に入れていた。


これがあることで、一気に楽に潜れる様になったためだ。

無論父も転移の魔石を所持している。しかしこれは先祖代々続く王家にあって、至宝とされ、さらにそれは97層まで行き来できるという物だったが、父は決して実力以上の階層にはいこうとせず、自力で到達した層以上の転移はしないこととしていた。過去、己の実力を過信した者もいたようだが、実力以上の階層に行って死んでしまった者がいたこともあり、きつく禁止されていた。

だがシアが手に入れた魔石は自分が到達した階層以上には行けない、そういったものだったのでこれ幸いと己の実力を試す為に使用した。そして90層まではなんとか、到達したのだった。




カンザキは準備を終えると、一階に下りた。

そこには荷物を持ったシアが待っていた。

ああ、一度帰るのかなと、そう思ったのだが・・・


「それじゃあ、ご一緒致しますね」


まばゆい笑顔でそう言うシア。彼女はカンザキと同行できるのが嬉しくて、楽しみで仕方ない


この人は何階層まで到達しているのか、そしていつも何階層で狩りをしているのか、興味はつきないから


「ああ、じゃあ行こうか」


この馬鹿な男はまだ勘違いをしていた


途中までご一緒しますと聞こえたからだ。

自分の都合のいい言葉しか聞こえなくなっている。


そして店を閉め、ダンジョンへ向かう。

カンザキがその異変に気付いたのはなんとダンジョンの隠し通路手前だった




あれ?

シアがいるな・・・王宮ってこっちだったっけ?ってんなわけないわ!

ちょっとまて、そういえばシアは何と言っていたか?


冷静に思い出す


「そうですか、じゃあ私も行きますね。準備してきます」


「それじゃあ、ご一緒致しますね」


と、言っていたのではないだろうか?

そしてそれは、ダンジョンの仕入れに同行する、ということで・・・


背中がぞくりとした。脂汗は止まらない。

やべぇ、手が汗でにじんできやがった。


選択肢1


俺「あれ何でここにいるの?」

シア「話を聞いていいらっしゃらなかったのですか?ご一緒すると申し上げたではありませんか!」


うーん。言い負ける気がする。


選択肢2


俺「すまない、やっぱり危険だ!連れていくわけにはいかん」

シア「私を騙したのですか?」


あ、これもう無理だ。無理ゲー


でもものは試しで聞いてみる

聞くだけはタダだからな!




「なあシア、危険だぞ?」


あああ違う!・・・しまった、ダメだ、これ行く前提のセリフじゃないか?


「はい、大丈夫です。私自身SSSクラスの冒険者ですし、大体のモンスターならば遅れは取りません。王族は、ウル・グインの一族は遺伝的に強いのです」


そう言われてしまった


ソウデスヨネー!噂で王族は強いと聞いたことありましたー!


カンザキにはもはや逃げ場はない。

彼は今いっぱいいっぱいで、まだ思い至ってはいないが、これから行く先では1泊しなければならない階層


それはつまり一つしかないテントを使う必要がある。


さらにカンザキは寝不足であるから、寝ないと死に関わる為に寝ないと言う選択肢はないのだ


それら全てを、直感してカンザキは冷や汗いっぱいになっているのであった








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