第7話王女の決意、国王の憂鬱

その貼り紙は、とある人物に天変地異に等しい激震をもたらした。



「従業員募集!三食昼寝露天風呂付き!希望があれば住込みも可!給与相談応」



本来であれば、1週間貼ってもだれもこねぇじゃねえぇか!と、カンザキが叫ぶところであったのだがそうはならなかった。


その理由は至極簡単である



カンザキの店にやってくる執事クナト


彼は、彼のご主人の命により監視の役目を負っていたのだ


「それでクナト、その話は本当なのね?」


ふわりとブロンドをなびかせながら、彼女は言った


その真摯な瞳は真剣そのものであり殺気すら含んでいる、普段の彼女のメイドや部下が見ればきっと怯えたことだろう


「はい、アレクシア様」


執事服に身を包んだ熊のような男、クナトは頭を下げたまま話す


「あの店の主が貼り紙を用意しておりまして、従業員募集の貼り紙でございます。三食昼寝露天風呂付き、住込み可と。」


ありのままを話す。クナト決して情報を捻じ曲げたりなどしない


主人を思えばここで、この報告はしない方がいいのかも知れない


だがそんなことをした所でクナトに益はなく、それどころかバレた時にはとんでもなく非難されるだろうし、それはアレクシアに利にならない


「そう、従業員ね・・住込みも可・・・・うふふふ」


アレクシアはニヤケ顔……自然に笑顔が止まらない



あの店の従業員になれれば、店主カンザキの傍に公然と居ることができる


それは今まで悩んで悩んで、どうしようかと思っていたーまさにそれだ


クナトに視察に行かせ、店のシステムや配置、肉の味・・客の人数・・・

ありとあらゆる情報を仕入れた。

そしてついに、望んでも無かったチャンスがめぐってきたと、彼女は思う


「行かれるので?」


クナトはアレクシアが行くと分かっている。決まっていると、思いながらも聞いた


「それを私に聞くのですか?」


ふふふと、まばゆいばかりの笑顔でアレクシアはクナトに言った




そうと決まれば、ここで話している余裕などはない


アレクシアは準備を始める。その大きな胸を揺らして歩き始める。


彼女は王族であると共に、飛竜部隊の隊長をやっていた


だが、焼肉ゴッドにいくとなればその任は妹にさせよう、そう決めていたので引継ぎに向かう。


幸いにも妹はアレクシアの気持ちを、もの凄く喜んで、協力的であった。

良い妹を持ったと、心から感謝する。


そして彼女は叫ぶように、言った



「レオノール!お願いがございます!」






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「ク、クナトよ、シアが出て行くというのは本当か!?」


シアとはアレクシアのあだ名だ。

呼びやすいよう、親しいものは彼女をそう呼んでいる


「はっ。今は飛竜部隊の引継ぎにレオノール様の所へ行かれているかと」


クナトの報告は素早い、でなければこの王宮で執事など勤まらないだろう


レオノールはアレクシアの妹である


今後はレオノールが隊長として活躍してくれるだろう。


「そうか。それで、その者は強いのか?」


深呼吸をする、一先ずは落ち着こう。そして聞こう。

自分より強いものでなければ、娘をやることなど決して認めはしない。

娘の前では自由にせよとは言うものの、親心はままならないものだ。


「はっ。恐らくは強いかと。少なくともSSS級の腕前はあると思われます。」


なるほど、冒険者のSSS級と言えば最高クラスではある。だが、それはピンからキリまであるのだ


「何層クラスと見る?」


ダンジョンに何処まで潜れるか?それを聞く。40層あればもう、SSSクラスである

所詮は王族ではないのだ。いいところで50層クラスが関の山だ・・・

40層クラスと50層クラスを比べれば、これはもう相当な力の差であるのだが、自身が最高到達80層である自分以上と言う事はあるまいと、そう高を括る


巨大都市ウルグインの「公式」到達地点は65層である。

だが、それはあくまで冒険者が打ち立てている記録であって、王族の持つ記録、それではない


この国の王族は強い。とてつもなく強い。それ故に公表はしてはいないが、80層までは楽に潜れる。

王の娘たちでも、おそらくは70層は軽い。


クナトは予想していた事を聞かれ、用意していた言葉を話す。


「未知数です。ですが、私の予想では100層クラスかと・・・」



先日食べた食材はコカトリスの卵で間違いはないだろう。それを難なく採って来れるなど。

さらには今まで食べたことの無い、美味な食材・・・クナト自身も、王について80層に行った事は何度もあるのに、まったく知らないモンスターの食材をあの店主はいとも簡単に用意する。

それを考えると、本来は100層でも説明がつかないのだが、そもそもの自身の限界、王の限界を知るクナトはカンザキの最高到達層など想像も出来ない。故に、100層、想像力の限界である。



眩暈がした。

クナトの真面目な態度、あわてる様子の無い声を聞くと熟考して言ったと、嘘ではないと分かる


だが100層クラスだと!?


過去の王族最強と謳われた王でようやく100層手前が限界だったはず


だから、100層というのはこの都市に住む冒険者の夢、そしておそらくはこのダンジョンの最下層のはずだ。

それを・・・成している者がいるというのか?

それでは王族よりもはるかに強いではないか!!?


「本当か?」


そう言わずには居られない


「是非も無く」


クナトの声は、国王の耳に無慈悲に突き刺さる


もはや、国王である父にできることは限られている


娘を笑って送り出してやるしかない


その焼肉ゴッドの店主カンザキを、八つ裂きにしてやりたいがそれでは娘が悲しむだろう


ここは100歩譲って・・・いや、100000歩譲ってだ


様子をみるしかないのか・・・


王はもはや、諦めるしかなかった。


その日の夕方、アレクシアは王の下にやってきた


焼肉ゴッドに住み込みで働くという。

王は反対をしない、いや、出来ない


好きにしろと、言った


娘が心配である。しかも住み込みだと・・・これは娘の貞操が心配である。


もう、心配しすぎてどうにかなりそうだ。だがそれでは威厳は保てぬし、王の執務に影響がでてしまう


娘には器の小さい父と思われたくない

葛藤が治まらないが・・・・アレクシアを信じる事にしよう


我が娘を信じない親はいないのだ……



いつか絶対殴ると心に秘める



かくしてーアレクシア・ウル・グインは焼肉ゴッドを訪れる。


彼女はついに一歩踏み出した

確固たる決意と勇気を持って。


そして問題もなく従業員となった

仕事についても問題はない


アレクシアは毎日、毎日、クナトの話を聞いて想像していたから

焼肉ゴッドの事を、カンザキの事を既に信頼している


彼女は今、もう自身を王族とは思っていない


ただの、普通の、恋する乙女なのだから。



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