合コンの時、土屋涼香は主催の立場だったわけではなかった。でも俺に連絡をしてきたのは土屋だった。男が一人来られそうにないから人を探しているという内容で、誘いを断ったらしい人間の名前には朝陽も入っていた。俺は特に用事もなかったし暇だったし新しい彼女が欲しい気持ちはあったし会場はダイニングバーという違いはあまりわからないが居酒屋よりは喧騒から遠そうな規模の店だったから土屋の頼みに頷いた。そこでびかびかと眩しい名前の男に名前が溺れすぎていると声を掛けられこうなった。馬鹿だった。会うようになってから明星は二回ほど俺が友人と飲む場についてきた。

 朝日が昇って朝陽に連絡を入れる。時間は当然まだ明け方だ。白い太陽を眺めながら、朝陽にあいつは止めとけとらしくもなく忠告を受けたのは大学時代の友人数名で飲み会など行った時だったと思い返す。明星はほとんどずっと俺の横にいた。酒を飲まないし煙草も吸わないのに安い居酒屋の煙った空気が奇妙なくらい似合う横顔で、ビールジョッキに盛られたジョッキパフェをざくざくざくざく食べ進めていた。この時にはもう肉体関係があった。他の友人と笑いながら冗談なんかを喋っていた朝陽大輝がいつ俺と明星の様子を嗅ぎ取ったのか俺は今でもわからない。でも嗅ぎ取られた。代表で会計を集めていた朝陽の近くに俺と明星二人分の代金を持って行った隙に、冷静な目がすっと俺を見て明星が離れた位置にいるのも確認してから、手元の百円玉を数えつつ押し殺し気味の真剣な声で言った。

「止めた方がいいんじゃねえか」

「え?」

「あいつ。明星陽平」

 俺が何かを返す前に朝陽は立ち上がり、呼び止めた店員に代金を渡した。二次会はなく俺達は居酒屋前で別れたけど明星は当然俺の部屋に帰る顔をしていた。俺も連れ帰る気だったが一旦明星を待たせて誰かに電話をかけていた朝陽に近付いた。朝陽は通話相手に断りも入れず電話を切って振り向いた。

「朝陽、さっきの話だけど」

「ああ、なんだ?」

「お前明星のこと知ってるのか?」

「知りはしねえよ、今日初めて会った」

 朝陽はスマホをポケットに放り込んだ。鋭い視線を向けられて驚くが俺に向けたわけではなく、後ろから歩いてきていた明星に向けたものだった。

「大河さん、早く帰ろうぜ。オレもう眠いんだって」

 明星に寄りかかられながらごねられて、俺は反射でわかったと返した。でも二の句が思い付かなくて朝陽を見た。朝陽は俺と明星を交互に見てから笑った。大学の頃にもついさっきの居酒屋でも目にした人当たりのいい笑い方だった。

「じゃあな、二人とも。終電逃すなよ」

 朝陽は徒歩圏内らしく住宅街の方向に歩いていった。俺達も帰ろうか。そう明星に言って振り返り見ると両目は朝陽を追っていた。この時に明星は既に朝陽が苦手だったのだろうと今は思う。俺はまんまと明星の今までに興味を持ったし街中で明星にまた遊ぼうねと声をかけた女性に明星の知り合いか? なんてわざと聞いて陽平の友達? けっこう可愛いからあなたも一緒に転がり込んできていいよーって大変鷹揚な確信のための台詞をいただいた。三人か景気いいねえとかどうとか、明星が笑いながら言ったのでまったく隠す気がなかったんだとも、まあ、一応思うけどそれでも俺は朝陽の直感かなにかに感謝しつつ明星との関係を止めることは出来なかった。お陰で救援要請をしてしまった。朝陽に今度なにかを奢らなければと思いつつ、ほとんど完全に朝を迎えた外を眺めた。



「土屋の話だと明星がよく女漁りをしてるバーがあるらしい」

 昼前にやってきた朝陽は俺をファーストフードに連行してから説明を始めた。日曜だから混んでいるし子供が多い。俺はなんとなく選んだコーラで照り焼きバーガーを流し込み、明星は確かにバーとか似合うなと想像した。暗がりが似合う。あいつ自体がそういう雰囲気だからで、眩しいせいかもしれなかった。星は夜の方が綺麗に見える。

 朝陽がテーブルの真ん中にスマホを置く。中には地図が表示されていて、聞かずともバー周辺の地図だとはわかる。断りを入れてから画面に触り、ちょっと拡大してみれば近場に飲み屋の類が多いことと休めるホテルが多いことと雀荘があることがわかって縮小してみれば駅から少し歩くことがわかった。降りた記憶がない駅名だ。明星の生活圏内に俺は住んでいないのかもしれない。

 スマホを返し、ポテトを五本くらい一気に齧る。朝陽は頬杖をつきながら珈琲を啜り、

「行っても捕まえられるとは限らない。ほぼ神出鬼没で、大人しく連絡を待ってるほうが早いとも思う。色々把握したから言うけど明星はまぎれもなくクズだし遊び相手以上にのめり込むのはお勧めしない。っていうかウミちゃんそんなことに首突っ込んでたの? 合コン誘わなきゃ良かったごめんね、グッドラック!」

 ここまでを無表情で言ってから気が抜けたように笑う。

「以上が土屋からの伝言だ。あいつも明星の私生活らしい私生活には詳しくねえんだと。以前の寄生先に本気になられてまあまあ酷い目に遭ったって話だけは枕元で話されたって聞いたが、本当か嘘かはわからないらしい」

「……本当っぽくない?」

「まあ、本当だったとしても驚かないな」

 つい笑ってしまう。聞けば聞くほどやっぱ止めるわと言って帰るほうが圧倒的に正しいし安全だろうと馬鹿でもわかる。

「色々ありがとう朝陽、バーに行ってみるから、地図送ってくれ」

 馬鹿以下の俺は心配してくれている友人に地図を送ってもらい、今度は自分のスマホで詳細を確認する。朝陽は呆れてるのかと思いきや少し笑っていた。時間を見てから立ち上がり、トレイを持ち上げこちらをすっと見下ろした。

「別の用事があるから行くが、何かしら困ったらまた泣き付いてきていいぞ」

「え、いいのか?」

「俺の言うことを全然聞かない人間には慣れてる」

 そういえば朝陽は一人対多人数の仕事をしていた。忙しいだろうにわざわざ時間を作ってくれたのだ。

 改めて礼を言う。朝陽は片手を上げて応え、店からは出て行った。店内は相変わらず喧騒に満ちている。食べ終わってから自分も席を立って一旦外へ繰り出した。雑踏だ。バーが空くまでには時間もある。本当に明星を捕まえられるかもわからない。スマホを見る。相変わらず未読スルーされている。ちょっと腹が立ってくる。コンビニの軒下に入ってスマホを構え、もう一通メッセージを作成する。お前この野郎次に会ったら覚えておけよ。直情だけで打ってからもう少し柔らかい言い方にしようかなとか冷静に考えるけどタップミスにより送信された。あ、と思わず声が出た。近くの灰皿で煙草を吸っていたおっさんがちらりと俺に横目をくれた。気まずくなって会釈する。軒下からも出ようとするが不意の通知に足は止まった。

 既読。

 え? 既読?

 絶句している間にメッセージが来た。いやーごめん返事忘れてたとかもう部屋には行かないよとかあんたこそなんだよふざけんなとか瞬時に予想したけどどれも違った。

『そういうとこ好き』

 これだけだった。マジでこれだけだったし反射で「は?」って返したけど今度は既読スルーしやがった。ふざけている。明星が何を考えているのかまったく微塵もわからないがふざけているとはよくわかる。

 やっとコンビニから離れた。人の多い繁華街を歩きながら俺はかなりイライラしていた。同時に心臓が痛かった。実はほんの少しだけ明星はもしかして今までの行いが悪すぎてまずいところの人間に手を出して沈められたとかあるかもしれないと、考えていた。ちゃんと生きていた。そしてふざけていた。なら捕まえてやると俺は思った。


 ところが結論から言えば件のバーで明星を捕まえることは出来なかった。マスターらしい強面の男性に話を聞くが最近見掛けないとあっさり匙を投げられて、でも俺のところには来ないので一週間バーには通い続けた。明星が部屋に来なくなって二十日ほど過ぎたわけだった。また朝陽にヘルプを出しそうになるが堪えた。堪えた翌日に俺が捕まった。会社から出て夕飯を買おうとスーパーに向かった時だった。他にもスペースはあったのに俺が歩いている辺りに車が停まって、なんだこいつと視線を向ければフロントガラス越しに目が合った。無精髭のイリーガルな男はオデッセイに乗っていた。

「大河さん、乗って」

 言われるまま助手席に乗った俺はほとんど反射だけで動いていたしなにかにやにやしている明星を呆然と見つめていたしシートベルトも付け忘れていた。はっと気付いてつけたけど、それでもまだ混乱していて部屋まで送ってくれるのかなとか考えていたら高速に乗られてやっとそこでおい待てよふざけんなと真横の男をどうにか詰った。

「連絡くらいまともに返せよ馬鹿野郎!」

「何処に行くかは聞かねえんだ」

 明星は低い声で笑ってから瞬き一回ぶんだけ俺を見た。

「本当は一人で行くかって思ってた。でもあんたが連絡寄越したから、そんなら一緒に来て貰うかって気になった。ちょっと辛気臭くてなんだけど付き合ってくれよ、大河さん」

「……何処に?」

 ふふ、と笑い声が挟まった。高速のライトに照らされた横顔はあまり表情がわからなかったが、相変わらず整った輪郭だった。

「わりと破滅かも。別にいいだろ?」

 本当に明星だとじわじわ実感していれば、まったく良くない話をされた。まったく良くないが俺は無言のまま無意識に無様にも明星に触れていた。太腿に乗った掌はすぐさま明星の左手に捕まえられて、足から剥がされて、握り込まれたまま互いの真ん中の位置に落ち着けられた。

 帰れないかも知れないと思うと同時に何処にでも連れて行けよと言ってしまって撤回するには遅かった。その間にも車は進んだ。道路の両脇を埋める照明は眩暈がするほど眩しいのに明星を包む空気だけは夜の闇より暗かった。沼の底にでもいるようだった。

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