第2話 試験終了後。サキュバスは遊びに来る/察知する

 さて、昨夜の3時くらいの騒動をなんとか治め、昼頃の試験を乗り越えて我が家に帰宅。エレベーターを使って5階まで上がり、503の鍵を開ける。

 良かったねセチア。もし俺が502でお前が501なら、お前は寝ぼけている時に壁を通り抜けて地面へ真っ逆さまだぞ。

 サキュバスの体は人間より少し強いらしいが、さすがに5階から落ちたら骨折くらいはするだろ。


 しかし、あー……なんだろうこの気持ち。家に帰ってきてから、早く我が家に帰りたいと思うの。リモートワークやってるサラリーマンがお仕事の終わりで感じる気持ちなんだろうか。


 だってさ、玄関を開けて部屋に入れば……。


「あっ、お帰りー陸翔りくとっ。漫画借りてるよー」


「お前は俺の妹かなにか?」


「妹じゃなくて家族予定だよー。アタシがちゃ~んと陸翔のことを堕としてみせるんだからねっ」


 家に帰れば必ずといっていいほど、壁を通り抜けてやってきたプリンセチアコイツがいるのだ。勘弁してくれ。一人暮らしなのにムフフなお楽しみすらできやしない。

 勝手に俺の部屋に入り込み、ベッドの上で肘を支えとしてうつぶせになった状態で漫画を読んでいる。いや、本当に妹かお前は?


 昨夜の暗い部屋の中ではわからないが、今のセチアの格好はまさしく今時の遊び盛りのギャルといった感じだ。

 桃色の長い髪はツインテールにまとめられている。その服装は上半身がチューブトップに袖をつけたような何とも目のやり場に困る服。下半身がホットパンツという煽情的な恰好。ついでに、今は見えないけどおへその辺りにはばっちりと派手な淫紋が描かれている。

 そして健康的な足がゆっくりと上下運動を繰り返している。見かけによらず筋肉あるんですね。


 しかも、あっ! コイツ俺のポテチ食ってやがる! さらにポテチ触った手で漫画に触れてやがる! 表紙に油付くんだぞヤメロ!


「お前本当に俺の妹か!? 家族じゃねーんだぞ!?」


「いいじゃんいいじゃん。アタシと陸翔の仲なんだしさっ」


 お前との仲? それほど深い仲ではありませんが?

 俺がここに引っ越してきた時、急に現れたお前が勝手に一目惚れして、勝手に入ってくるようになっただけじゃん。あと俺は、お前を明確に嫌う理由あるからな。


 と、ここでスマホが連続で振動を始める。誰かの緊急事態か? なんて思うはずもない。

 これは間違いなく、『ヤツ』だ。見たくねー。


 だがしかし、無視するとさらにウザそうなことになるので、嫌々スマホを起動して送られてきたメッセージを見る。うわっ……。


『お兄様、そちらにセチアさんいらっしゃいますか?』

『いらっしゃいますよね。なんで連絡くれないんですか』

『私よりセチアさんの方がいいんですか。私の方が絶対に良いはずです』

『話をしましょう。してください』

『そちらに行きますね。行かせてくださいお願いですから』

『入りますね』


 セチアが俺の部屋にいることをすぐに察知したかクロユリの奴。隣室にいるのだから声が聞こえるのもしょうがないのだが、こちらに来たいのであればメッセージの1つで充分だろ。なんでメンヘラみたいな送り方すんだ。

 しかもメッセージを送る速度が半端ではないぞ? 音ゲーマーやRTAチャレンジャーかなにか?


 無機質なはずの壁に波紋ができ、そこからぬるりとクロユリが現れた。俺とクロユリの部屋はベッドとベッドで壁を挟んでいるので、彼女は自分のベッドから一歩踏み出すだけで綺麗に俺のベッドの上に移動できるのだ。


「おっ、クロユリじゃん。おっつー。相変わらず陰の者のオーラまとってんねー」


 能面のような顔をして、プレッシャーを放って足元に転がるセチアをにらむクロユリ。

 彼女は黒を基調とした和服をまとっており、やはりサキュバスとしての特徴なのか背中に悪魔の翼が生えている。セチアと変わっているところは、彼女にはさらに尻尾が付いているということだろうか。


「セチアさん、お兄様のベッドの上で、何を? うらやま……おっと、私は陰キャではありません。友達少なくても人見知りでも会話の間の空白が怖くても、きちんと話すことはできるので陰キャではありません。そちらこそ、いつも男を誘うような恰好をして恥ずかしくないんですか? 視線掴みはバッチリですよ。どうぞ陸翔さん意外と幸せにビッチがっ」


「人はそれを陰キャって言うんだよねー。あとアタシビッチじゃないから。この服装はアタシのプロポーションとカワイイを示す武器であって、陸翔以外に見られたとしてもそんなのどうでもいいから。陰キャは陰キャらしく引きこもってれば?」


 仰向けになったセチアの視線と、見下ろしているクロユリの視線がバチバチバチッと交差する。なんていうか、うん、恋のライバルという奴なのだろうか……。


「ねぇ、俺の部屋で修羅場らないでくれる? 来るなり修羅場るお前らホント嫌い」


「やだぁあああああ!!」

「やぁああああああ!!」


 試験後にウキウキの気持ちで買ってきた漫画の新刊を静かに読ませてくれ。そういう気持ちで黙らせようとした一言が彼女たちには大ダメージだったようだ。

 『嫌い』の一言だけでメンタルブレイクする彼女達、本当に嫌い……。

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