第44話

少しだけカペラが昔話を聞かせよう。


カペラは牧師の娘だった。

小さな村の教会で盗みはいけません、人を傷つけてはいけません、と常日頃から教えをうけ育った。

毎週日曜日になると父が祭壇に立ち、村の信仰者たちを導いていた。

悪はいけない。

善を信じろ。

そうやって育てられた。


だが、牧師の娘が必ずしも信仰深く育つとは限らない。

彼女の場合、毎日の父の説教も礼拝もうざいの一言だった。

魔法は悪だ。魔の力を扱うなんて恐ろしい。神への冒涜だ。耳にタコができるほど聞かされた話だ。

カペラはそんな家が嫌だった。

魔力を使って魔術師を目指す友が羨ましかった。

体を鍛えて強い魔物を倒す友がかっこよかった。

私は…冒険者になりたい。

当時の彼女は夢を叶えるために、家出をしてこのセントロワに辿り着いた。


だが、良かったのはここまで。

夢は夢のまま終わっていた方が彼女にとっては幸せだったかもしれない。


まだ冒険者を初めて間もない頃、とある居酒屋で出会った男たちに煽てられ、良い気になった彼女は、調子に乗って男たちとパーティーを組んだ。

それが彼女の間違いであり、分岐点。

強さには自信があった彼女。

少しの強敵でも、負けるはずがないと自負していた。

しかし、蓋を開ければ残酷なもので…

男たちはカペラに非道を叩き込んだ。

どんなに喧嘩が強くても、どんなに力があったとしても、複数人の男に女1人が勝てるはずがなかった。

悔しくって、毎日死んでやりたい気分だった。

しかし、逃げられない苦痛は続きに続き、カペラの心はどんどん折れていった。

そんな中…彼女に手を伸ばしたのが、アルデバたちだった。

アルデバは悪に悪を上塗りし、残虐なまでに男たちを酷い目に合わせた。

ああ、これが快楽か。

カペラは心の底から、その様子を楽しんだ。


そこから、カペラはアルデバたちとつるみ…少年と出会い…現在に至る。


「はい、3食分…と収入」


「うん…」


集合場所はどこだっていい。

少年曰く「植物が教えてくれる」とのことだった。

なんと便利な魔物…マンドラゴラ。マンドラゴラ経由で人の位置情報が分かるんだとか。


森の中の少年の住処を2人は知らない。

理由は分かっている。信用されていないからだろう。

一定の場所で出会うことを極力嫌い、毎回適当な森の中で自分を呼べと言われた。

呼ぶ名前はなんでもいいと言われたから、カペラたちは『蛇使い』と呼んだ。


「あとこれが今日持ってきた依頼」


カペラはアルデバと共に、少年のために食事を毎日運び、ギルドで受理した依頼を渡す。


「ねえ…」


「お、おう!?」


「僕はいつになったら街に入れるの?毎日、毎日、あんたらは飽きずに僕に食料と水を持ってきてくれるけど、肝心の僕のお願いを聞いてくれやしない…。あんたらの残念なお頭で何か企てようとか、考えてないよね?」


「考えてねーよ!!段階ってのがあんだよ。言っただろ?街はだいぶ静かになったけど、まだ中には入れそうもねーって。まだめんどくさそうな連中がウロウロしてんだよ」


「そいつらを前にしてお前を入れられるかよ。街の入り口に警備員だっていんだからよー。うちらがお前のことを平然と入れちまったら、あとが面倒じゃん。うちらにとっても!お前にとっても!」


「あんたら如きが今更風評を気にするとは思ってなかった」


「うちらはグレーゾーンで生きてんだよ。悪に染まりすぎるとギルドからお咎めくらうし、かと言って変に良い子を演じる気はねーし」


「街の連中をお前を悪人と見てんだ。もしお前とうちらが一緒にいるところを見かけました、なんて報告があったら、うちらだってただじゃ済まねーよ」


「…まあ、いいけど。あんたらは楽して稼げるんだから…運が良かったね」


「はあ?!運が良い!?どこが!!」


「マジで言ってんのか、お前!」


「ははっ…なんだっけ、あんたらの言葉を借りるとしたら、『ウケる』…だっけ?」


「「ウケねーよ!」」


この数日で少し距離が縮まった気がする。

少年は意外と自分たちのようなサバサバした人間と同等に接するのが好きらしい。


「まあ、もう少し待ってろよ。今すこーし策を練ってるから」


「期待しないでおくよ」


言葉遣いで彼の逆鱗に触れたことはない。

少年はアルデバから受け取った依頼に目を通す。


「また討伐系?…好きだね」


「一番稼ぎがいいのを持ってきてんだよ。お前に大分搾り取られるしな」


「うん、まあ…そういう取引だし。僕がほとんど動いてんだから、当然でしょ。10割僕でもいいくらいだよ…」


アルデバは「違いねーわ」と笑っていた。

10割持っていかれたら自分たちはただのボランティアじゃねーか、とカペラは心の中で舌打ちをした。


「ギルドは相変わらずって感じだったぜ。高ランク者がお前を摘発するって動きをしてるけど、まだギルドは慎重にしてるぜ」


「聞いてないよ。興味もない」


「興味ねーとか言うなよ。自分のことだぜ?」


「………受理されたら、犯罪者になるの?」


「わかんねーけど…」


「わかんないんだ?」


「いや、でも…お前が犯罪者だったら、他のテイマーだって犯罪者になっちまうだろ?だってあいつらは魔物を飼育してんだからよ。それをOKしたのはギルドなんだから、お前だってその一種と見りゃあ良いだけじゃん」


「頭良いじゃん。言えてる。…けど、僕はテイマーってわけじゃないんだけど…説明も面倒だから、それでいいや」


「けど…数が数だからなー…。普通のテイマーは決めた一匹だけだからよ。多頭飼いなんて前代未聞だぜ」


いつからだろうか。

カペラはいつの間にか憎たらしいほど嫌いだった少年のことを放って置けなくなっていた。

仲間意識すら覚えている。


「まあ、お前が犯罪者になっちまったら、別の街に移動すりゃいいだけの話だ。小さなギルドなんかじゃ静かに暮らしときゃ、バレないって話だぜ?」


「…いや…ダメなんだ。あの街じゃないと…戻らないと…」


「………?」


「まあ、いいや。今日も頼んだぜ!」


何のこだわりがあるのか分からないが、カペラたちは日が暮れる前に少年に今日のノルマを頼んだ。

その間、2人は待ち合わせ場所でぼーっとしているだけ。

楽な仕事だった。

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