第43話
今日は最悪な日だ。
1年の中でこれほど悪事を後悔したことはない。
いや、悪事なんて手を染めたことがない…。
ただ、ただ…少しだけやんちゃをして回っていただけだ。
あれは悪事の中に入らない。
けれど、これは何かのツケなんだろうな。
剣を携える女騎士・カペラは思った。
「取引しない?」
目の前でニヤリと笑う少年は、数日前にちょっとだけ…ほんのちょっとだけ悪いことをさせてもらった。
元々はこいつが悪いんだ。
こいつがうちらの狩場を取ろうとしたから、とカペラは開き直ろうとする。
しかし、その瞬間、魔術師仲間の女の首がポーンと天高く飛んだのを思い出し、何も言わずに下を向いた。
「何が望みなんだよ?」
カペラが言葉を詰まらせていると、槍使いのアルデバが随分と強気に発言する。
「街の中ってどんな感じ?」
「魔王が出たって騒いでるよ。まだ高ランク者たちは家に帰らないで、この辺をウロウロしてる。ようやく明け方に交渉して、うちらは外に出れるようになったわけ」
「ふーん…」
話の主導権は完全に向こうが支配していた。
アルデバの質問にも答えようとしない。
取引の内容も、目的も少年は何も語ろうとしない。
会話するつもりもないようにも思えた。
「ま、街に戻りたいのか?」
落ち着いて話す少年の態度…。おそらく今なら発言しても問題ないだろう。
「は?」
と思ったが前言撤回。
やはり殴られたことは深く記憶に刻まれているようで、少年は強く睨みつけてきた。
男だったら萎み上がるという表現がしっくりくるだろう。
萎ませるもののないカペラは、喉だけをひっと鳴らして呼吸を引っ込めた。
「あ、あの時は悪かった。本当に反省している!!だ、だから命だけは…どうか…!!」
「心配しないで。命なんか取ろうとしないよ。あんたらの命に価値なんて考えたことないし」
とことん冷たい声。凍りつくような視線。横暴な態度。
「あんたらのこと、嫌いだから利用してあげようと思って。だから、取引だよ」
「取引って…」
「簡単な話。僕を北に返してほしい。それだけ」
「…と、」
取引とは…
少年の言葉からどこにも自分たちへのメリットが感じられなかった。
「黙っちゃって…なに?メリットとか求めちゃってる…?」
「え、い、いや!!そんなことない!そんなことは…ないので!!」
「あー。うん。そうだね。文句があると裏切りとか面倒なことになりそうだから…。僕からは一個だけメリットを紹介してあげる…。あんたらが倒して欲しい魔物を倒してきてあげるよ。…収入の7割は僕でね」
「「え!?」」
「ん?2人だから、お互い1.5ずつだね。仲良く分けてよ」
「そ、それは…流石に私たちが食っていけな」
自分たちのランクからして、最大稼げて金貨3枚。
いつもなら3人で金貨1枚ずつ分けて、3日は何もしなくても暮らせる。
それを更に引かれて、更に分けて…うっ…頭が痛くなる…。
「大変だね。毎日、僕と一緒じゃないと暮らしていけないね」
少年は分かっているのだ。
分かっていて、この条件を提示してきているのだ。
「でも良かったじゃん。僕ならどんなに難しい依頼でもこなしてあげられるから。至極真っ当で真面目な冒険者に戻れるよ。評価も評判もうなぎ上りだ。昇格も夢じゃないかもね…」
「ま、まじか」
乗せられるなよ。アルデバ!
と、止めたいところだが、これは意外とうまい話だ。
こっちのデメリットとしては、毎日少年に顔を合わせないといけないことくらい。
依頼を持ってくるだけでタダ飯にありつける。
収入は減るが、楽に生きていける。
「どうする…?」
「考える必要ないよね?」
「え…あ!!は、はい!!」
実の所、カペラたちには二つのオプションがある。
1、 少年に出された条件を飲んで、ずっと少年の下でこき使われる。(しかし何もしなくても暮らしていけるというメリットつき)
2、 高ランク者たちに少年を突き出し、少年から解放される。
2のメリットとしては、高ランク者たちからその場限りのガッポリ稼ぎがあるくらいだ。
しかし、本当にそれだけなのである。
ギルドからだったら話は別なのだが…
少年が指名手配されているという情報はない。
ギルドの依頼で指名手配されていたならば、少年と取引なんかしない。
指名手配犯を連れてきた方が金になるし、地位や名誉も受け取れる。
生涯暮らしていけるくらいの収入も得られる。
「けど、それ以上にうちらが裏切った時のデメリットの方がでかいわー。あの高ランク者たちがあいつと戦っても絶対に勝てるはずねーよ」
「意気込んでる連中は多いけど、全滅だったらしいしな」
少年と別れた後、カペラはアルデバと今後の方針について話し合った。
「1…しかねーよな」
「それしかねーだろ。あいつのことを北にさえ送り届ければ、あいつとおさらばだろ?そんな長期間なことでもねーだろ」
「確かに…今更、善とか悪とか興味ねーしな」
「んなこと言ってたら、うちらは完全に犯罪者だっつーの」
「ギルドからも変な目で見られてるしな。ぶっちゃけあいつとうちらなんてそう変わんねーよな」
「ウケる」
「ウケねーわ」
2人の意見は満場一致でオプション1だった。
つまりは少年に大人しく従い、少年に収入をガッポリ持っていかれる奴隷の日々だ。
まるで子悪党のようなセリフを吐く日が来るとは思わなかった。
2人は盛大に肩を落とし、目に染みる夕日を拝んだ。
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