第42話
今年のワイバーン襲来は脅威ではなかった。
これといって大きな被害もなく、怪我人も少なかった。
作物も、畜産物も、全て無事。
あぶれたワイバーンが東と西のエリアに出現したという話だけで、建物や家々に甚大な傷跡は残らなかった。
自分たちで修復できるくらいの…軽い怪我…
全てが平和に、川の流れのように、何事もなかったかのように、終わったのだ。
「…で、みんなハッピー。おしまい。それが今回の結末」
「それで私たちの方に流れてこなかったわけね。例年より稼ぎが少ないのはそう言うわけか…って納得できるわけないんだけど!!??」
「納得するしかねーよ。実際、起きちまったことなんだ。周りにいた冒険者の連中は、もうナナシのことを人間として見てねぇ。魔物を率いる王…魔王って認識してんだよ」
「あいつは人間だよ」
「人間だよ。俺だって知ってる。けど、もう無理だ。あの熱狂だ。あと数日もすればギルドに報告が入る。複数の魔物を操って、人類の暮らしを脅かそうとしている存在がいるっていう報告…。そんなやつをギルドが置いとくはずがない。それが受理されちまったら…ギルドから除名されることになるだろうな。冒険者の証も消滅。そんでもってWANTEDって貼り出されて、厄介者認定される。捕まえたら報酬ももらえる。ははっ」
「笑い事じゃないんだけど!だって、ギルドから除名って…あいつの唯一の繋がりじゃん。記憶がなくてもあいつの席があった唯一の場所。…あいつがあいつである証拠が…消えちゃうじゃん…ひどくない?」
「ひでぇ話だよな…。けど、一般人の俺らがいくら喚いたところで何も変えられないのも事実。俺らに権限がなさすぎる」
「おかしくない?ナナシがいなきゃ、悲惨なことになってたかもしれないのに!」
「守りたいのは、秩序と正義だよ」
「そんな秩序と正義、守りたくもない」
少年が南エリアでほとんどのワイバーンを排除した。
マンドラゴラを操って…。
少年の無事は確認できない。
しかし、なにも噂が流れてこないと言うことは、高ランク者たちの手から逃れることに成功したのだろう。
あの数のマンドラゴラを操れるのだ。
自分でなんとかできるはずだ。
体にノーダメージでも、心には大きな傷を作ったこの出来事。
ギルドはどう処理するのだろうか…。
「正義ってのは、人それぞれだからな。同じ正しさなんて存在しねーよ。だから、前例が必要なんだ。なにがダメで…なにが良いのか、人間はそれで区別する」
「ナナシは、悪に分類されるの?」
「自分を守ろうとしない限り、ナナシは悪になるだろうな…」
「あいつ…自分のこと、うまく言えないよね」
「居づらくなるだろうな」
「居づらいね…」
二人は同時に深いため息をついた。
「で、あいつ…今どこよ?」
「それがわかればいいんだけどな…。おそらく…」
ー…
少年は南エリアに留まることしかできなかった。
なぜなら、帰りの馬車はもう帰ってしまったからだ。
これも全て高ランク者たちのせいだ。
「最悪」
高ランク者たちの攻撃はマンドラゴラが全て制御してくれた。
人を傷つけたくないという少年の意思のもと、マンドラゴラは相手を戦闘不能にだけさせて静かに消えていった。
「………」
今頃、街の中ではありもしない事実が横に横にと流されているのだろう。
大嘘の伝達は早い。
民衆の熱量が収まるのに時間がかかるだろう…。
誰も自分を守ってくれる…鎮火する人間がいないのならば。いや、その可能性はないに等しい。無駄な希望だ。
少年は閉ざされた門の前で呆然と立ち尽くす。
街には入れない。
入ろうと思っても、門兵に見つかって追い出されるだろう。
行くあても食いぶちもない…。
片道切符だけ渡された気分だった。
「こんなんだったら、最初から来なければ良かった…」
少年は大きな後悔を抱えた。
「来たくなかったのに…」
「ー…」
門の向こう側から話し声が聞こえてくる。
まずい。
人と顔を合わせたくない。
これ以上、非難の声は浴びたくない。
少年は急いで森の中に隠れた。
「やーっと規制が解除されたな!朝から粘った甲斐あったわー」
「うちらが一番乗りじゃね?」
「ほーら、思った通り、まだ全然ワイバーンの死体が残ってんじゃん。回収♪回収♪」
「いくらになるか楽しみすぎー」
茂みの中から女騎士2人の姿を確認する。
彼女たちは少年(正しくはマンドラゴラ)が対峙したワイバーンで荒稼ぎしようとしているようだ。
死体を小型ナイフで切り刻む。
「ん…見たことある…」
忘れるはずがない。
あの2人は少年に馬乗りして笑いながら殴ってきた連中だ。
「………」
しばらく黙って考えた後、少年は一つの考えが浮かび、ふっと笑った。
「なるほど、良いものみっけ…」
何も怯える必要なんかない。
少年はあえて茂みの中から音を立てて、彼女たちの気をこちらに向ける。
「…久しぶりじゃん。覚えてないわけ、ないよね?」
「んあ!!お、お前…!!」
「ひっ!!」
向こうも少年のことはしっかりと覚えているようだった。
ちょうどいい。
彼女たちを利用させてもらおう。
少年は悪い笑みを浮かべて、彼女たちに近寄っていく。
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