第41話

北から南まで徒歩で5時間強。

馬車ならば2時間程度。

舗装もされていない凸凹道を通ったせいで、尻がかなり痛い。

移動が楽なのはいいけど、これはかなりの苦痛だ。

できれば南ギルド支部だけでカバーできれば一番良いのだが…

コルは馬車から降りてすぐ柔軟体操をした。


「げー!!」


少年が降りたタイミングだった。

女性のげんなりした声が聞こえてきた。

見ると素行の悪さで知られる女騎士が2人。

一人は剣を腰に携え、一人は槍を手にしていた。

確かもう一人…魔術師がいたはずだが、今日は一緒ではないようだった。

コルの視線が2人とぶつかると、2人はすぐに声量を落とし、ひそひそと会話し始める。


「折角、北から南に移動してきたってのに…!!」


どうやら北から南エリアに拠点を変更させたらしい。


「なんであいつがいんだよー!!」


そして、なにやら少年とも面識があるようだ。

少年の方をチラチラと見ながら、嫌そうな顔をしていた。

なにをやらかしたのやら…


「少し腹が減ったな。なんか食っておくか?」


「いらない」


戦闘前の腹ごしらえは必要だ。

一緒に馬車に乗っていた連中は、南エリアで人気のあるレストランに向かっていった。

ワイバーンの通過予測時間まで2時間以上の暇がある。

各々のやりたいことに向かっていってしまった。

ならば、とコルも思い切って少年を食事に誘ってみるが、あっさりと断られる。


「じゃあ、せめてリンゴ食うか?この前、お前にあげたやつと一緒の品種だ」


「…もらう…」


「お、おう。全然いいぜ」


それは気に入っているようだ。

コルはバッグの中からリンゴを取り出し、少年に渡した。


「……ありがとう……」


「おう…」


あまり人の多い場所は好きではないらしい。

少年はもらったリンゴを片手に街の外に出て行ってしまった。


「おいおい、待てよ。あぶねーだろ」


コルは一人行動を避け、少年と同じように街の外に出る。

街の外は焼け野原と化してしまった北の森とは違い、緑が豊富だった。

戦場のように拓けた大地の向こう側には、奥行きのある森が広がっているようだ。

毎年訪れるワイバーン駆除のために、街の入り口はしっかりと整地されていた。

コルは門に立つ兵士に一礼をし、壁にもたれかかる少年の隣に立った。


「好きなのか?」


「…信用、することにしたから」


「そっか」


これは少しばかり自分に心を開いてくれた証だろうと都合良く解釈し、コルはリンゴをひと齧りした。

と、一呼吸置いたところだった。


「ピギャア!」


到着予想時刻よりもかなり早いが、これは確実にワイバーンの鳴き声だ。

南の空に目を向けると、目視でワイバーンの群れを確認できた。


「ワイバーンの群れか!!」「鐘を鳴らせ!冒険者たちに集合を知らせろ!!非常事態だ!!」


門兵はすぐさま危険を知らせようと、高台にいる兵士に合図を送り警報の鐘を響き渡らせる。

そして、外敵から街を守るために、入り口を塞ぐために重たい門を下ろした。


「ヤッベ!!こっち来んぞ!!」


高ランク者たちがたどり着くまでまだ時間がかかる。

しかし、ワイバーンはもう目の前。

他の討伐者たちがたどり着くのをチンタラ待っていられない距離だった。

リブがいたなら逃げ腰でいただろう。

しかし、頼れる人物がいないと分かると、コルは気を引き締めて、自らを奮い立たせる。


「ナナシ!!俺らでなんとかするぞ!」


「え…義理がない…」


「街が壊滅しちまう」


「けど、僕は死なない…」


「俺の家の畑がなくなるけど、それでもいいのか?」


「それはやだ…けど、術がない」


「いつもの蛇の魔物はどうしたんだよ。あいつがいれば…」


「無理。…無理だよ…だって、だってあいつ…最近、怖いんだ。言うこと聞かないし、すぐ暴れる…」


「んなこと言ったってよ!」


ワイバーンの群れはもう目の前だ。

こんなところで四の五の言い争っている場合ではない。

ワイバーンは炎を体にまとい、口を開けてコルたちを狙って真っ直ぐに落ちてくる。


「あ、けどね、代わりにすごいことができるようになったんだ。見てて」


一番乗りのワイバーンが、コルたちを捕食する一歩前…

地面がボコっと不吉なヘドロが湧き出る。

と、思うと、木の蔓がニョキニョキと生えてきて、ワイバーンの首をがっしりと捕らえた。


「こ、こいつは…」


「コルの言った通り、水とね、肥料をあげてみたんだ。そしたら、こいつ、僕の言うことをちゃんと聞くようになって。暴れたりもしなくなったんだ。無害だよ」


蔦はワイバーンの首はブチッと引きちぎり、さらに地面を抉りながら全容を明らかにする。

コルは驚きを飛び越えて、恐怖の念を抱いた。


「マンドラゴラ…」


一時、各地を騒がせた変異種のマンドラゴラ。

毒々しい見た目と巨大な花弁。

長く伸びる蔦は蜘蛛の巣のように街の周りを張り巡らせる。

少年は得意げに笑いながら、マンドラゴラを称えた。

それはそう…まるで子供のように。


「ほら。すごくない?」


「す…」


いや、これはすごいというべきなのだろうか。

コルは迷った。


「こんなこともできるんだよ」


少年が手を上げると、地面に100は優に超えるヘドロが生み出される。


「!!」


驚く暇もなく続々とヘドロから蔦を伸ばすマンドラゴラ。

それらは少年の指示で動き、街を攻撃しようとするワイバーンたちを阻止した。

綺麗に整地されていた地面はマンドラゴラのせいでボコボコ。さらに空から落ちてくるワイバーンの首や身体は草木を真っ赤に染め上げた。


「こ、これは…一体!!??」


門のくぐり戸から遅めの登場。

ヒーローは遅くに到着すると言うが、彼らはヒーローと呼べるのだろうか。

ランクAやBと名乗る腕っぷし集団だ。

毎年襲来するワイバーンの討伐も慣れっこで、おそらく南エリアに観光気分でやってきたのだろう。

近寄ると強めの酒の臭いがした。

完全に舐めていたようだ。


「マンドラゴラ…だと!?」


「魔物同士が殺し合っている…共食いか?!」


続々と集まってくる連中は、目の前に広がる光景に驚愕していた。

そうだろう。

目の前でボトボトとワイバーンの群れの首が落ちていたら、誰だって地獄絵図と見間違える。

そして、マンドラゴラは逃げ遅れた最後の一匹をバクリと食し、満足そうにこちらを向いた。


「説明しろ!これは一体どう言うことだ!?」


「いや俺だって…」


近場にいたコルに問い詰められても、なんと説明すれば正解なのかわからなかった。


「ねえ、終わったみたいだけど、これでいい?」


と、コルがしどろもどろしていると、いつの間にかコルの背後から少年が顔を出す。


「お前がやったのか?」


「うん、そうだけど…それがなに?」


「ば、化物!!!化物だ!!」


一部始終を見ていた門兵が頬に返り血を浴びた少年を指差す。


「お、俺は見てたぞ…!そいつがマンドラゴラを地面から呼び出して操っていたのを…!!」


「なんだと!!??」


「ちょ、ちょっと待って。落ち着けって。大丈夫、こいつはそんなんじゃないって!」


嫌な予感がする。

個が集になる瞬間はいつだって悪い方向に進む時だ。

コルは集まってきた冒険者たちを抑えようと試みるが、連中は集団になって嘘を何度も繰り返し伝える。


「俺もこいつのことを知ってるぞ!北ギルドで有名になってるそうじゃねーか!人殺し野郎だって!」


「俺の仲間もこいつにやられたって言ってた。武器も魔物も全部横から掻っ攫って…おまけに半殺しにされかけたってよ」


「しかもこんな多くの魔物を使役するなんて話、聞いたことがねぇ…人のなせる技じゃねーよ!こいつは人類を脅かす敵だ!」


「魔物を操る…そうだ!聞いたことがある。多くの魔物を支配し、この世に混沌をもたらすもの…そう、魔王!魔王だ!!お前、魔王なんだな!!」


「はあ?ナナシは人間だぜ。魔王っつーのは、魔物だろ!?こいつは魔物なんかじゃ…」


コルがなんと説明しても聞き耳持たず。

大衆は団結し、共通の敵…少年に敵意を見せる。

連中はランクの低いコルを前線から遠ざけ、臨戦体制に入る。


「撤退!!撤退だ!!魔王が来たぞ!!魔王だ!!!ここは俺が時間を稼ぐ、ランクの低いやつはさっさと街の中に避難しろ!」


「はぁ!?は、離せよ!!あいつはそんなんじゃ!!」


コルが何度も手を振り解こうとしても、混乱状態の連中はコルをどんどん人混みの中に押し込めていく。


「おおおおおお!!!」


半分酔っ払いの高ランク者たちが重装備を構えて、少年に突進して行ったのを最後に、コルが少年と出会うことはなかった。

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