第40話

ギルドからの情報によると、本日の正午付近にワイバーンの群れがリブたちの住むセントロワの街を通過するらしい。

2日前に北上しているワイバーンの群れを観測した目撃者からの情報だ。

ワイバーンの移動速度から考えると、本日中にはやってくる。

早朝、「いってらっしゃい」と両親に見送られながら、コルは脇に剣を携えた。


「おはよー」


「おう、はよー…にしても、冬の朝はさみーな」


コルは体をブルっと震わせた。

というか、身体中がゾクゾクする。

落ち着かない。

手を強く握っても、どこかこそばゆいのだ。


「一丁前に武者震いってやつ?」


「んなわけねーじゃん。寒いだけだって。ほら、じっとしてるだけで歯がカチカチなっちまうよ」


「どーだかね」


寒いは寒いが、いつもの寒さとは感覚が違った。


「じゃあね、私はあっちのグループだから」


「お、おう…」


「また会おうねー」


セントロワは広い。

王都とまでは行かないが、北から南まで徒歩5時間以上はかかる距離だ。

そのため、四方八方に戦力を分散させ、ワイバーンの群れを退治する。

リブは東エリアに向かうらしい。


そして、コルはなぜか南エリア…。

南エリアは北上してくるワイバーンの群れに一番遭遇する危険度の高い場所だ。

なぜ自分がそこに配置されたかは分からない。全てはギルドの決めたことだ。


「なーにビビってんの。大丈夫よ。あんたより強いランクの人たちが助けてくれるって」


「分かってるけどよ…」


「羨ましいなー。私の方が稼ぎたいってのに、なんであんたなんかが〜…」


「俺だって知りてーよ」


と、話していると「南グループの皆さん!!馬車に乗ってください!!」とギルド嬢の声がかかる。


「ほら、呼ばれてるわよ」


「うぃー…いってくるわ」


「いってらっしゃい!」


リブに背中をバシンと叩かれ、無理やり気合を注入された。


「いってー…」


コルは小さな文句を呟きながら、南グループの馬車に乗り込んだ。

人数は一番南が多いか…。

馬車の数も他グループと比べて3台多い。

続々と馬車に乗り込む連中に紛れて、コルはむさ苦しい荷台の上に座った。

と、見覚えのある顔が隅っこの方にぽつんと座っているのを発見する。


「ナナシじゃん。俺と同じグループなんだな。よろしく」


「…えっと…うん」


コルは馬車が動き出す前にナナシの隣に体育座りに座った。


「珍しいな。お前がちゃんと顔を出すなんて」


「だって…来いって言われたから」


「押しが強いもんな。さすがのお前でも断れきれなかったか」


「…うん…」


ギルド嬢の圧に負けた少年は、嫌々ながらもワイバーンの駆除に参加したようだった。


「あ、あの…あいつは?いつも一緒の…」


「『あいつ』って…リブのことか?」


「…うん…」


「あいつは別グループ。ランクと強さを大体同じくらいにさせてるみたいだからな、同じランクの人間と同じグループになる可能性の方が低いよ」


「そっか」


「ほっとしたか?」


「…うん…。あまり一緒にいたくない」


「そんなこと言うなって。俺もたまにカチーンと来ることはあるけどな、ちゃんと話せば分かるって。次に話すときは落ち着いて話してみ?」


「落ち着いてるよ」


「うん、まあ…そうだったな。あいつが落ち着いてなかったわ。悪い」


「あんたが謝る必要なくない?」


「けど、俺の知り合いの話だからな。あいつのせいで不快になったなら、悪いって思うだけだよ」


「夫婦、みたい」


「お前もおもろい冗談言うようになったなー!」


少年の口から「家族」について語られるとは思っていなかった。

コルは心臓をドキッとさせた後、笑いながら受け流した。


「本当の気持ちを晒すのが怖いから、言いたいことが伝わらないのが怖いから、あいつは毒づいちまうんだ。それがあいつの悪い部分。そういうのあるだろ?」


「……分かんない。覚えてないから」


「しまった〜。そうだったな!悪い、悪い」


「………あんたが謝る必要なくない?」


少年はふっと笑った。


「そうかもな」


「………」


「そういや、この前の手伝いは何か役に立ったか?」


「………あ、うん………」


「なにかやりたいことが見つかったってことはいいことだな。なにを育ててたんだ?」


「花」


「花かー…。俺の専門外な部分あるけど、まあ、役に立ったんならいっか」


心が荒んだ時に花に癒されたのだろうか。

まあ、少年が良いと思ったのならば良しとしよう、とコルは首を縦に振った。

それから何か話すことはないかと、思考を巡らせたが、あまりにも会話することがなくコルは無言のまま馬車に揺られた。


少年には少年の境界線がある。

そこに踏み込んだ瞬間、この関係性は崩れるだろう。

コルは針の穴に糸を通す感覚で、少年との距離感を測っていた。

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