第39話

平和だ。

ようやく平和が訪れた。

清々しい空気。

凛とした青い空。

優しく差し込む太陽。

リブは何もない日常を実感した。


「なんか知らない鎮静化されたな。例のマンドラゴラ。例の森が燃え尽きた後くらいからか…。あいつら生命力はまあまああるんだし、普通の炎くらいじゃ枯れないはずだけどなー」


森の消火活動は水魔法使いによって行われた。

こればっかりは人手がいると、リブたちも頭数に入れられ、木屑の回収などの処理に追われた。

報酬はかなり期待できなかった。

ほとんどボランティア活動に近い。


「何が原因だったのかね。本当に謎。謎すぎてマジで迷惑。迷惑かけるなら、自己完結して欲しかった」


「まあ、それが魔物の存在意義みたいなところあるしな」


「人間も、ね」


「言い返せねーや」


北の森は地図より抹消された。

燃え広まった炎の威力が強すぎて、消火活動が追いつかなかったのだ。

辺りは焼け野原。

また森に戻ることはないだろう。

逃げ遅れた魔物たちは炎で焼かれ、他の魔物たちは隣街や遠くの山に移り住んだ。

ここでの依頼は望めない。

つまりリブたちの収入が減ることとなる。


「これからどうやって生きようかな…」


「って悩んでるお前に朗報」


「なによ。農家は継がないからね」


「分かってるよ。俺が言ってるのは、そろそろあの季節がやってくるぜって話」


「あ、ワイバーン!!」


「そう。あいつらが来る前。まあ、今回の事件は色々大変だったけどさ、ワイバーンの移動前に片付いて良かったぜ。ワイバーンの駆除中に、マンドラゴラもセットで退治なんてことになったら、やばかっただろうなー。きっとギルドもてんやわんや。かなりの犠牲者が出てただろうな」


「本当よねー」


ワイバーンとは鋭い嘴を持つ、ドラゴンの類に分類される魔物だ。

分厚い鱗は硬く、両手から生える赤い羽は炎を降らすことができると言われている。

冬の季節になると、頭上にそのワイバーンが群れになって通過する。

彼らは北で繁殖するために北上するのだ。

そしてわざわざ人間の住む街を通過するには訳がある。

家畜。果物。そして、人…。

彼らは豊富な糧を狙って、エネルギーの補給にやってくる。

そのため、毎年この時期になると、街総出でワイバーンの駆除を行い、出来る限り被害を減らしている。


「ワイバーン自体の駆除は慣れたものよ。あいつらが降りてきたところを狙って、首を落とせばいいのよね。倒した数だけ報酬ゲット。めちゃくちゃ楽な上に報酬もなかなか…それにあいつらの肉って鶏肉みたいで美味しいし、いいとこしかないわよね!」


「俺はいまだに慣れねーよ…。今回もパスしたいところだけど、母ちゃんたちがこういう時に限って、あんたは駆除に専念しな!農家の未来を背負ってんだ!なんて言うんだぜ…。いつもは冒険者なんて諦めろって言うくせによー」


「うちは逆よ。心配で外に出したくないみたい。…慎重すぎよね」


「親なら普通だろ」


「なーに言ってんのよ。収入第一っしょ」


「そうか?」


「あ、ナナシ…!」


ぶらぶらと当てもなく歩く二人は、ちょうどギルドから出てくる少年の姿を見つける。

コルとは仲良さげに話せていたらしい。

だからと言って自分に対して親しげに話してくれるはずがない。

リブは咄嗟にコルの背後に隠れた。


「大丈夫だって。あいつ、別方向に歩いて行ったぜ」


「恐らくワイバーンの件、知らなかったでしょ。今の時期、ギルドに行っても依頼ないもんね。みんな、襲来に備えて武器の調整してるわけだし」


最近、リブもヴルの元で何点か武器と防具を新調させてもらった。

少し痛い出費だったが、ワイバーンを狩りに狩りまくればお釣りは出る。

しょうがない。今後のための出費だ。


「教えてやるか?」


「ギルド嬢が説明してるでしょ。魔術師でしたらぜひ協力してください!って目をキラキラさせてお願いしてきたはずよ」


「あー…遠距離攻撃が出来るの強いよなー。魔法使えるようになりてー!」


「無理でしょ。魔力もないんだから」


「落ちてねーかな」


ドロップアイテム方式で拾えたら苦労しないだろう。

こればっかりは才能と生まれ持ったセンス。

残念ながらコルに備わっていない。

肩を落とすコルにリブはポンっと慰めの手を置いた。


「ついでにさ、回復薬が余ってないかギルドに相談しに行こ。武器は調達できたけど、怪我を負った時の対策ができてない」


「そうだな。ワイバーンを落とすために魔術師が総出で攻撃すっから、俺らに回復魔法なんて回ってこないもんな…」


「うちのお父さんの薬は即効性ないから、悪いんだけど当てにならないしねー」


「世知辛い世の中だこと…」


二人は肩を組みながら、人気の少ないギルドに訪れることにした。

時期が時期なため、ギルドの依頼は極端に少なく、掲示板は殻に等しかった。

マンドラゴラの時が嘘みたいだ。


「すいません、お聞きしたいんですけどー…」


リブは回復薬が安く手に入らないか交渉をしてみることにした。

値段に関してはあまり期待していない。

しかし、ギルドは店で買うより融通が効く。

リブたちはその望みにかけて、ギルド嬢に回復薬を安く手に入れられるか話しかけてみる。

すると…


「はい、ちょうど治癒魔力のこめられた魔石が届きましたので。数の制限はありますが、ある程度の傷は治せます」


と、ギルド嬢はあっさりとリブたちのお願いを聞きれたのだった。


「え!そんなすごい魔石初めて聞いた!!い、いくらですか?!」


「銅貨10枚でいかがでしょう?ギルド経由で購入すれば、市場で買うより安価です」


「安すぎません?逆に不安なんだけど…」


「心配せずとも大丈夫です。鑑定済みですので、耐久性も問題ありません。回復薬より効力が高く、回復時間もかなり短くなります。…それに私たちはリブさんの事情を把握していますので…特別です」


ギルド嬢はこっそりとリブに耳打ちする。


「ありがとうございます!買います!!買わせてください!」


リブはすぐにバッグからあまり見栄えの良くない小銭を取り出し、ギルド嬢に渡す。

ギルド嬢は「確かに、お受けいたしました」と言いながら、紫色の袋に入った治癒魔力が入った魔石をリブに渡した。


「ちなみにこれを置いてった人って…」


「以前、パーティーを組んでましたよね?その方です。先程、リブさんたちと入れ違いでお届けに来ました。あと…私たちの勝手で申し訳ないのですが、毎年恒例のワイバーン駆除に関してもお話しをしまして…あまり乗り気じゃなかったので、リブさんたちからもお声がけいただけますか?」


「も、もちろん…。会えれば…だけど…」


「でも、ナナシ…なんでだろうな?だって、あいつって討伐系が多くなかったっけ?」


「そうですね。最近は収集系が多いです。薬草とか、それこそ珍しい魔石の収集とかですかね。例のマンドラゴラ事件以降から、あまり魔物の討伐を積極的に受けていないように思われます。いつも忙しそうにしていますし…」


「………へー………」


あまり会えていないリブから予測で物事を言えた義理もないので、リブはこれ以上のことは語らないことにした。

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