第34話

「今日は…痛そうだね」


少年は前回、スピカが炊き出しをしていた小さな広場に腰を落としていた。

今日は誰にも見つからないよう、すみっこの冷たい石の上で一人ぼっち。

それでもスピカはめざとく彼のことを見つけ、少年の頭の上に影を降らすのだった。


「放っておいて」


少年は腫れた頬を服で隠した。


「強がらないで」


スピカは前回少年に拒絶されたにも関わらず、少年の手にそっと触れる。


「!!…僕に触るなって…言ったじゃん」


「動かないで…傷が悪化するから…」


「……っ」


ほわっと暖かい光が少年を包む。

その光はスピカの右手から少年の頬に伝わり、傷口を優しく撫でる。


「ほら、動くと痛いでしょ?治癒するだけだから…ね?じっとしてて」


『暖かい…光。初めて見た…』


じんわりと伝わる光は嫌なものではなかった。

好意の塊。

信頼の証。

心からの敬意。

その光は少年の頬に作られた傷を消し去った。


「ね?…もう痛くない、でしょ?」


「………頼んでない」


少年はスピカの反対方向を向く。


「うん。私がしたくて、しただけだなの。私のエゴ。私があなたを守りたいっていう気持ち。これもあなたを守るための一つの手段。辛かったら私があなたの帰る場所になる…ね?」


「あんた、さ…」


「なに?」


「なんでもない。もう、行く」


「また…会える?」


「………」


少年は何も言わずにその場を立ち去った。


ー…


「ナナシ!あんた…ついに人に手を出したって本当?!」


…と、ようやく一人になれたと思ったら、この女か…と少年はため息をつく。

昨日の今日の話を聞きつけて、わざわざご挨拶にきたらしい。

ご丁寧に朝早くからギルド前に入り浸る…なんて行為をするなんて、馬鹿らしい。


「………」


「黙ってたって何も分かんないじゃん。ちゃんと説明してよ。何があったの?」


説明する義理などない。

身内でもない赤の他人に、わざわざ何が起きたか説明する必要もない。


「だったら…なに?先に手を出してきたのは、あっちだ。僕はなにも悪くない」


「そうじゃないよ!例えあっちが悪いとしても、死にそうになるまで傷付けなくったっていいじゃん」


「………それが真実なら、それでいい」


真実がねじ曲がっているらしい。

どうせギリギリ生き残ったあの女冒険者たちが好き勝手喚いたのだろう。

殺す気はなかったから、置いてきた。

生きるか死ぬかは彼女たちに任せることにした。

それだけのことだった。


「は!?意味わかんない。殺人未遂だよ!!分かってんの?」


「僕は何もしてない」


マンドラゴラは成長しすぎた。

もう面倒事はたくさんだとうんざりした。

そして、少年はマンドラゴラに自死するよう促す。

結果、森の全てを燃やし尽くしてしまったようだが…。


「僕は何もしていない。…あいつが勝手に…」


「被害者ぶるな。あんたは圧倒的加害者なんだよ」


「おいおい、そんな強く言わなくたっていいだろ?きっとナナシだって悪気はなかったんだ。そうだろ?何か事情があんだろ?な?」


「甘やかさないで」


リブを止めようとするコル。相変わらず手綱を握るのが下手くそな男だ。


「あの人…あんたのお父さん、だっけ?前に言ったことあるよね。『悪気はないんだ』って…。………ねえ、思ったんだけどさ、悪気がなかったら、何言ってもいいの?」


「は?」


「あんたは、そうやって人に守ってもらってるから、強気でいられるんだ」


「そんなこと…ないし!!」


「おめでたい人だね」


「っ………!!…あんたは、残念ね!!その『守ってくれる人』がいなくって!!」


「いるよ」


「は?」


「僕にも…いるよ。守ってくれる人」


少年はふっと笑った。


「…と、彼はそう言ったのか?」


「そー。確かにそう言った。あー!もう!!また喧嘩した!!なんであいつの顔見るといっつも喧嘩しちゃうんだろ…本当に心配したいだけなのに…」


家に帰ってくるなり、リブは反省タイムに突入する。

本当は少年の安否と怪我がないか確認をしたかっただけだ。

例の冒険者たちの話を鵜呑みするわけではない。素行の悪い連中として名前が上がっているような冒険者だ。絶対に嘘が含まれている。

それを確認したくて少年に会いたかっただけなのに…

結局、口論してしまうのだった…。


「ふむ…」


「なに?なんか気がかりなことでもあったー?」


「いや、そうだな…どういう会話になって、その内容の返事が来るのか検討もつかないが…」


「…う、うん…」


ユウゴには話を端折って伝えている。

だから、少年に対する誹謗中傷発言のことは話していない。


「彼、リブの言うナナシくんには、記憶がない。そして、この街には彼のことを知る人間はいなかった。彼の性格上、すぐに人と打ち解けるようなことはない…と思う。そんな彼が、どうやって信頼を置ける人間ができると思う?」


「………確かに………あいつにそんなコミュ力なさそうだし。それにあいつが私ら以外の人と話してるところなんて見たことない」


「守ってくれる人…か」


ユウゴはじゃりっと音がする顎を指でなぞった。

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