第31話

雪が降ってきた。

ふわふわと地面に落ちて、一瞬にして溶ける。

寒かったのには訳があったのか。

少年はかじかんだ手に白い息を吹きつけた。


「スピカ様!」


「こんなところにわざわざ顔を出してくれるなんて、スピカ様は慈悲深い人じゃ…。身分が高い方にも関わらず、こうやってワシらのような下々にまで気を使ってくださるなんて。天使のような方じゃ」


「ありがたや…ありがたや」


周りがなんだか騒がしいと思ったら炊き出しか。

寒い日に暖かい汁物が配られているらしい。

路上暮らしの生活困窮者たちは、ガツガツと食い進めていた。

ここにいたくない。

少年は立ち上がり、別の場所に向かおうとする。

と、少年の目の前に湯気が立つスープが差し出される。


「また、会った…ね?」


「…そうだね」


いつぞやに出会った彼女か。

見覚えがある。

とある眩しい路地で出会ったしつこい少女。

前のことを思い出した少年は気まづさからサッと目を逸らした。


「食べ…る?」


「いらない」


手で押しのけようとしたが、同時に腹の音がグゥッと鳴った。

少年は顔を赤らめながら、周りの匂いに釣られたせいだと思った。

見ると少女…スピカは少し驚いた顔をして、優しげに笑った。


「私も食べたいから、一緒に食べよ。一人だと寂しくて」


「………付き合っては…あげる…」


少年はスピカから暖かなスープの入った椀を受け取る。

すると、彼女は少年の隣に置いてある小汚い木箱の上に躊躇することなく座った。

冷たい床よりは幾分かマシだが、雪で湿っているし、居心地はかなり悪いはずだ。


「今日は怪我、してないね」


「別にいつも怪我しているわけじゃない」


「良かった」


少年は片手に持ったスープに口を当てる。

熱い感覚が口いっぱいに広がる。

ちゃんとした食事は久しぶりだった。食べ方が分からず、舌を少しだけ火傷した。


「…いつもここにいるの?」


「たまたま」


「普段は、どこに?」


「知ってどうするの?」


「私が知りたいだけです。どうこうするわけではありません」


「どうだか…あんたみたいな人は信用ならない。人の暮らし方にとやかく言ってきそうなタイプに見える。ってか、実際、現在進行形でそうだし」


「互助精神はお嫌いですか?」


「反吐が出る」


「失礼しました…そう思われないように行動をしていたつもりでしたが…不快に思う方もいらっしゃるのですよね」


「だって、エゴじゃん。あんたは人の弱みにつけ込んで、良い気持ちになりたい。それだけ」


少年は木箱の上に空になったスープの椀を置く。


「そんなこと…と否定したいですけど、言葉ではうまく伝わりませんね…。私はあなたの力になりたい。小さなことでもいい。それだけなんです…」


スピカから差し伸ばされる手に、少年の体が強張る。


「…僕に…触れるな!」


拒絶する。

自分に触れようとしてくる者は何人であっても拒絶する。


「なんの権利があって?…貴族、だから?偉いから?上から物申しながら、自分は優しい人間だって言いたいの?」


「決してそんなことはありません!私が偉いとか、貴族とか、関係なく…一人の人間としてあなたを助けたい、です。…だって、今のあなたはとても辛そうだから…」


「…僕の目には、お金持ちで何不自由ない生活をしている幸せな女にしか見えない。周りからちやほやされて、嬉しそうにしてる自己中女だ」


近づくな、と少年はスピカのことを睨みつけた。


「そう思われないように…努力いたします…」


「……勝手にすれば」


それだけ言うと、少年は木箱から身軽に飛び降り、少女を残して吹雪く街の灯りの中に消えていった。



ー・・・



「でや!!」


「おーおー、訓練とは精が出ますな〜」


「斬られたいの?」


「茶化すつもりはねーから…。物騒な剣を引っ込めてくれると助かるっす〜」


薬の売り上げは上々だった。

高い治癒魔法より薬を買う客の方が多いようで、薬草や毒消し薬がうなぎのぼりに売れていった。


「体が鈍っちゃわないように、少しでも体を動かしてるの。あと、暖房代の節約にもなる」


「めちゃくちゃエコじゃん」


売れた薬代は全て家の修理に使われた。

コルの高いコミュニケーション力や、主婦層の指示もあって、あっという間に目標の額を突破できた。

ある程度は自分たちで修理したが、ドアの細工や床材の調達には専門業者の手を借りないといけなかった。

できるだけ安く、丈夫な木材や石材を選び、つい先週に完成したのだ。


「なにしに来たの?」


「いやー、別に。最近、ギルドにも顔出ししてないようだから、どうしてんのかなって思って」


「どうもしないわよ。薬の売り上げ貢献に忙しいだけ」


「良かったよ。そっちの方が断然いい。外はまだまだ植物系魔物の動きが活発してるって言うから、もう少し安全になるまで様子見が一番いい。ギルドや高ランク冒険者たちのお陰でようやく実態も見えてきたようだぜ」


「マンドラゴラ…よね?」


「お、良く分かったじゃん。お前も聞いたのか?」


「…ここまで甘ったるい香りがしちゃ目を瞑ってても分かるわよ」


「男の俺にはてんで分かんねーんだわ。不思議なことに女性の嗅覚には伝わるみたいだな」


その香りは本来、マンドラゴラの唯一魔物から襲われないための防護策。

魔物たちはこの香りを嫌う。攻撃手段を持たないマンドラゴラは、魔物たちが自分に近寄ってこないよう常に匂いを放っているのだ。


「各地で無害だったはずのマンドラゴラが活発に動いてる」


「まさか…人間を襲わないはずだったじゃない。もしかして…」


「速攻、危険度Aに変わった。大人しかったはずの無害な魔物は人喰い魔物に成り下がったこりゃ教科書に載るレベルの歴史が変っちまた出来事だぜ?」


「人を食べたの?」


「がぶ飲みだ。目の前で仲間が食われたって噂が届いたよ」


少年を追いかけて行ったあの時に出会った…砂漠に生えていたマンドラゴラとは打って変わってしまったようだ。

別物。

危険度A。ランク外だった魔物は、Bランク以上の冒険者たち対象の依頼となった。


「鎮静化にはどれくらいかかりそうか分かる?」


「これから炎魔法が使える魔術師によって、排除される予定だってさ。他の地域のマンドラゴラに対して炎が有効だって分かったらしい」


「雪と相性が悪いじゃない」


「効き目は薄いだろうな…。おそらく春が終わる頃まで待たねーと…」


「ちんたら待ってたら、増殖しちゃうじゃん」


「けど、俺たち剣士はなんにもできねーよ。あーあー、俺に魔力があったらなー…」


「あいつも…ナナシも参加するのかな?ギルドに登録しているなら、要請が出るわよね」


「あいつは外交的じゃないから無理っしょ」


「だよね」

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