第30話

家が半壊された日、リブたちはコルの家にお世話になった。

熱が出たリブを献身的に看病してくれたのはコルの母で、男勢は右往左往していたとか。

そのおかげかリブの体調はすこぶる良く、次の朝には元気が有り余るほど回復していた。


「リブ。まだ寝てろって。昨日の今日だぞ!休んだほうが絶対いい」


「いーの。体は丈夫な方だから、こんなのへっちゃら。寝てたら体も腐っちゃう。熱も引いたし!ばっちり!!それより今日生きることを考えなくっちゃ。家の修理って言う大出費が待ってるし…」


「あー最悪」とリブは頭を抱える。

出費がいくらかかるのか分からない。床の修理、ドアの修理、ダイニングテーブル、椅子、他にもいくつか直さないといけない場所は出てくるだろう。


「ギルド行くのか?」


「もちろん。仕事探さないと!」


「元気だなー。尊敬するわ。念の為、俺もついてくよ」


「保護者じゃないんだから、ついてこなくていいわよ。それに農家はいいの?」


「冬の農家は暇なの。俺の稼ぎはお前にやるから、手伝いぐらいするよ」


「え、悪いよ!コルの収入はコルのものだし」


「困ってる時はお互い様だろ?」


「フェアじゃないんだけど…」


「じゃあ、何かあったらお前に頼ることにするよ。それに俺もギルドには用があんだよ。ほら、お前を襲った女の人…あの人のことをギルドに訴えないとな。きっと何かしらの情報も持ってるし」


「ついでにナナシを探しにいこ。あいつのせいで巻き込まれたんだし、一言物申してやるし」


「うへー。強気〜」


父・ユウゴに問い詰めても結局あの女の人については分からなかった。本当に何も知らないらしい。

そして、その父は家の被害状況を確認してくると、朝早くに自宅に向かった。

数字の計算は苦手だ。

きっとユウゴがどれくらいの稼ぎが必要なのか、被害状況を見て計算してくれていることだろう。

リブたちはその辺の細かいことをユウゴに任せ、ギルドに向かった。


「な、なにこれ…?」


「依頼の数、やばくね?どういうこと?」


依頼掲示板はおびただしい数の紙たちで埋め尽くされていた。

掲示板から溢れた依頼たちは掲示板外に落ちていたり、釘で打たれていたり…ギルドは依頼で溢れかえっていた。


「全部討伐系だな…。何件あんだよ…」


「わかんない。100は超えてるよね。まあ、稼ぎが増えるのは嬉しいことだけど、尋常じゃないくらいの依頼数じゃない。魔物の数も…ランクも凶暴なものばっかり」


リブは床に落ちていた依頼を拾い上げて読み上げる。


「急募・マジカル・マッシュルームの討伐 10体。推奨ランクはD以上。幻覚を見せて人を襲うキノコの魔物。集団で行動する。体調は大きいもので1m。特徴は傘の黄色の斑点。ふさから切り離せば力を失う。報酬条件は傘を30cm以上持ってくること。注意点は幻覚魔法を使う前に、斑点が赤に変わるのでうまく避けること…だって。これ受ける?」


「そうだな。俺らにはピッタリだろ」


二人がギルド嬢に用紙を持って行こうとすると、「やめとけ」と二人の肩を止める男がいた。


「推奨ランクはクリアしているが、今はひよっこが外に出る時じゃねえ」


「どういうことよ…?」


男のタグはBランクと記載されていた。

熟練の冒険者だ。


「この依頼数を見て分かるだろ。異様な数の魔物がうじゃうじゃと森に湧いてんだよ。俺の傷を見ろ…」


男が肩まで裾を上げると、真紫に染まって崩れそうな腕が現れる。

リブとコルは強烈な腐敗臭に思わず「うっ」と顔を曇らせた。


「今朝、食らったばっかだ。これから治癒魔法にかかるから、問題はない…が…舐めてかかると、お前らもこうなるぞ」


「何が…起きたんだよ…」


「俺はいつも通り森の中でトレントの駆除に勤しんでたらよ…急に背後から植物系の魔物たちに襲われたんだ。慌てて逃げたんだけど、間に合わなくって食らっちまった一撃。んでもって、ヘドロの中から無限にあいつらが湧いてくんだ…」


「植物系モンスターの出現条件は太陽の光だろ?なんでヘドロの中からなんて…」


「俺も知りたいくらいだよ。だからA-Bランク以上の冒険者とギルド連中がパーティーを組んで調査に向かってる。出現場所と理由とか…探りに行ってるらしいぜ」


「そんな…じゃあ、この掲示板がいっぱいなのは…」


「途中で依頼を断念した奴らの残骸だ。まだまだ無数に出てくるぜ…なにせ目撃情報はたーんまりあんだからよ。他のギルド仲間によると、各国で同じ事例が多発しているらしいぜ。前例がない災害レベルの規模だと。稼ぎ時ではあるが、命を落とす危険性も高い」


背後から男の名を呼ぶ声が聞こえた。治癒魔法の空きが出たらしい。


「俺は言ったからな。外に出る時は死を覚悟しとけ」


「おう…。忠告、ありがとうよ」


男はリブたちに紫色に変色した手を押さえながら、案内人に連れられて行った。


「この状況じゃあ、例の人について調べてもらう暇なんてないだろうな…」


「そうだね」


コルがチラリとギルド嬢の方に目をやると、積み重なった書類の前であたふたとしている彼女たちの姿があった。


「どうする?出直すか?」


「………稼げる時に、稼がなくっちゃ…」


「やめとけよ…リブ。さっきのあいつも忠告したろ!?未確定の情報が多すぎる。俺たちランクが外に出るのは危険だ」


「でも!」


「金も大事だけど、命はもっと大事だ。命さえありゃ、明日も生きていけんだ…。お前が死んだら、親父さん一人で生きていくことになるんだぞ…。命の重さってのをちゃんと理解した方がいい」


「………」


「俺らは俺らで出来ることをやろうや。帰ってきた連中の手当てくらいは出来るだろ?な?それでちまちま稼ぎを増やそうぜ。今なら薬がたんまり売れるだろ?」


「…うん…」


「そうと決まれば、親父さんのところに戻って、薬の調達やらするぞ!」


「分かった…」


まだ昼間だというのに、空は重くどんよりと曇っていた。

だが空気はしんとしていて、やけに静けさが際立った。

あと少しすれば雪が降る。


「寒いな…」


はぁっと白い息が街に流れた。

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