第29話

「で…」


まだあるんかい。

ヴルは恨めしそうな目でユウゴの背中を睨んだ。


「この情報を売った人間はいるか?」


「この情報って何のことや?」


「とぼけなくていい。少年のことだよ」


「おらん!!いるわけないやろ!こんな情報が他所に流されたら、100%わいってバレるやろ!そしたら、あれや!あの蛇の魔物使いが、絶対わいをぱっくり食うてしまうやろ!」


「…本当か?本当に誰にも流していない、か?」


「せやで」


まだ取り返しはつく。

あいつの目が自分に向いていない。冷静な声だけで判断をし、さっさと帰って欲しかった。

だが、それを見越してか、ユウゴはくるりと振り返った。


「俺が店に来て早々取り乱していたじゃないか。すぐに平然を取り戻したようだが、俺の目は誤魔化せないぞ」


ヴルの心臓がどくん、と高鳴る。

バレていたか…。ヴルは小さく舌打ちをした。そして、隠すことを諦めた。


「………一人、だけ…売った」


「誰にだ?」



ー…顔にタトゥー入れとった…怪しげな姉ちゃんや。



「ごほっ…いらっしゃーい…って言っても、もう営業時間外なんだけどね。あ、ごめんなさい。私、風邪を引いちゃって…お父さんが帰ってくるのはもう少しかかるかもだから、1時間後に出直してくれると嬉しい。でも、怪我してるなら話は別だよ。薬だけなら私でも分かるから」


風邪で寝込んでいたリブはごんごん、と叩かれたドアの音に起こされた。

薄い毛布に身を包み、ドアの間から瞳だけ覗かせる。


「…ここにはお前だけか?」


ドアの外には見覚えのない黒いローブに身を包んだ長い黒髪の女性の姿があった。

顔の左頬から首まで伸びる黒いタトゥーが目立つ。

おそらくリブより一回り歳の差がある。

大人の女性だ。

冷たく低い声にリブの背筋は寒気を起こす。


「お父さんに用事でしょ?だから、1時間後には帰ってくると思うから…ごほっ」


体がとにかく怠い。

早く帰って欲しかった。

そんなこともお構いなしで女性は会話を続ける。


「ここに少年はいなかったか?」


「…少年…?」


「灰色の髪と金色の目を持つ少年だ」


「…それ知って、どうすんの?」


「出せ」


女性はリブのことをドアごと蹴り破った。

突然のことに驚き、リブは地面に背中を強く打ちつける。バリンと嫌な音は床が抜けた証拠。

リブの体は床底に沈む。

同時に吹き抜ける鋭い風にダイニングテーブルは吹き飛ばされ、暖炉の炎が一瞬でかき消された。


「っ……初対面の人間に対して、失礼な態度取るじゃん?」


「お前に用はないからな」


リブはよろよろと立ち上がる。


「ごほっ…。嫌な感じ。そっちがそういう態度するなら、私もそれ相応の態度で接するからね。私もあんたに用はないし、話すことはなに一つないから、帰ってくれない?」


「目上の人間には、敬語を使えと親に教わらなかったのか?」


「あんたが目上かどうかは、私が判断する。あんたに尊敬するだけの価値があるんだったら、敬語の一つや二つ、使うわよ」


「埒が明かないな…」


女性は体に風をまとい始める。

魔力だ。

先ほどと同じ突風を起こす気なのだ。


「あんた…何者?」


「少年に話がある。今すぐ出せ」


「話が通じないなー!!知らないってば!」


「隠すな」


「隠してなんかない!!本当に知らないんだってば!!」


「では、質問を変えよう…どこにいる?」


「こっちが聞きたいっつーの!」


「答えろ」


と言った次の瞬間、リブの体はまた床に沈められていた。

何が起きたか理解するのに数秒かかった。

おそらく彼女がまとっていた風で一気にリブとの距離を詰め、いとも容易く彼女のことを宙返りさせたのだ。

黒髪の女性はリブに馬乗りになり、首元に置かれた手に少しずつ力を込め始める。


「んなこと、言ったって…」


「………答えられないなら、答えるまで苦しむことになるぞ?」


ギリギリと首が締める音。

息がうまく取り入れられない。

体がピリピリと痺れ、力も入らない。

思考回路も少しずつ薄れてきた時…


「おーい、リブー。邪魔するぜー。母ちゃんがさ、お前にって…って、なんだこりゃ!!??あ…!!リブ!!??な、なんだよ、あんた!!」


ガシャンと何かが割れた音で、リブは失いかけた意識を回復する。


「こ…る?」


「ちっ…時間か」


女性もコルの来訪にビクンと反応し、すぐにリブの上から立ち退いた。


「ま…まて…」


リブが彼女の足を掴もうとするが、女性はリブの手を蹴り上げる。

そして、コルを押しのけて、風と共に消えていった。


「な、何だったんだよ…」


コルはあっけに取られる。


「リブ、大丈夫か?」


「うん、今回ばっかりは…助かった」


「たまには役に立たせてくれやー…。あいつ、誰だよ?」


「分かんない。急にやってきて、急に襲われた」


「おやっさんは?」


「出かけてる」


「肝心な時に限って、間が悪いなー」


コルはリブの体を抱き起こし、破れていない床の上に座らせる。少しでも暖かくなるように、リブの肩に自分の着ていた服を被せた。


「はー…」


壊れたダイニングチェアとテーブルの破片を拾いながら、「どうすんだ、こりゃ」とぶつぶつと呟いた。


「リブ、帰ったぞ!!」


「おやっさん!遅いじゃねーか」


「…!!…やはり……お前たち大丈夫か?!」


ユウゴの帰宅により一層安堵する。

リブは小さくホッと息を吐いた。


「俺は大丈夫。さっき来たばかりだし…それよかリブの方が」


「リブ…!!」


手の形が赤く残るリブの首元を見て、ユウゴは彼女のことを抱きしめた。


「ごほっ…お父さん、恥ずい。大丈夫…。こんなのトレントと比べたら全然マシだよ。それよか…顔にタトゥーが入った女の人がいきなり襲ってきたの。おかげで家はボロボロ。机も椅子もまた作り直さないと…」


「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。他に怪我はあるか?」


「ないよ。平気。ちょっと打撲したくらい」


「見せてみろ!」


「だーかーらー…」


珍しくユウゴが取り乱している。

いつも冷静沈着に物事を見ていると思ったが、こんな顔もするのか、とリブは少し驚いた。


「なあなあ、おっさん。湿布ってこれでいいのか?」


「ああ。手伝ってくれてありがとう、コル」


「どうってことねーよ。俺にはこれくらいしか出来ないし」


コルはユウゴが作った湿布薬を手渡す。


「え、いやだよ。それ冷たいじゃん!」


「いいから。傷が残るぞ」


有無を言わさずユウゴはリブの背中に湿布を貼り付ける。

氷のような寒さにしっかり冷えた湿布にリブは変な声をあげてしまう。


「お、お父さん、あいつ…さっきの女の人、ナナシを探してた…。どこにいるか、しつこく聞かれて…。ねえ、お父さん…。私たち変なことに巻き込まれてない?」


「う…む」


「リブ、おやっさん。今日はこんなところで一息なんてできねーだろ。リブの風邪も悪化しちまうぜ。俺、母ちゃんに言ってくるから、今日は俺の家に泊まる方がいい。狭いけど、二人くらいなら何とかなるって」


「すまない…」


「ちょっと待ってろよ!」


本当はユウゴに色々聞きたいが、熱が上がってきたようだ。

頭がボーッとして考えがうまくまとまらない。

体の痛みよりも眠気が勝り、リブはユウゴの腕の中で静かに眠りについた。

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