第26話
結局、二人はびしょ濡れになりながら街に戻ってきた。
ユウゴから渡されたパンの入った紙袋もぐしょぐしょで、中のパンはすっかり紙臭さがこびりついてしまった。
あんなに魅力的なパンだったのに、もったいない。
「このパン、乾かせば食べれるかな?」
「そこまで食い意地張るなって…。腹壊すぞ?そのくらいのパンだったら、うちの母ちゃんが作ってやるって。焼きたての。めちゃくちゃ柔らかいやつ」
「ほんと?!」
「まじまじ」
ぐっしょりに濡れたコートはかなり重い。
そして、冬が迫っているこの街でこのコートを脱ぐことは出来ない。だが、冷えた風がコートを通りより一層体温を下げていく。
「さむっ…」
「とりあえず早く帰ろう…。ギルドへの報告は後でいいだろ?」
「うん、そうだね。風邪ひいちゃう」
二人は足早に帰路につく。
早く暖炉の前で体を温めたい…。
道行く人々は砂漠地帯に何十年ぶりかの雨が降ったという話題で持ちきりだった。
この前の大地震然り…何かが起きる前触れかと不安そうに空を見つめていた。
「………ナナシ……」
家に着いたリブはすぐに重くなったコートを床に投げ捨てた。
ついでにびしょ濡れになった靴も、服も全て脱ぎ捨て、毛布に包まる。手の先、足の指先まで氷のように冷たかったが、毛布のおかげでじんわりと熱が広がっていく。
「………はあ……」
少しだけ生き返った気がした。
すると、リブの部屋のドアをユウゴがノックする。
「リブ。遠慮するな。風邪を引くといけないから、シャワーを浴びなさい」
「平気」
「無理は良くない。砂漠地帯で雨が降ったんだろ?それに加えて今のこの気候だ。風呂から上がったらスープも作っておく。どうだ?」
「……乗った」
リブはガバッと布団から抜け出すと、質素な普段着に早着替えして、風呂に向かった。
先日、買い直した炎の魔石は調子がいい。
すぐに水が暖かくなるし、望んだ温度に調整もしやすい。
暖かいシャワーを浴びながら、リブは少年の背中を思い出す。
頼りなさそうで、か弱く、怯えて、消極的で…
「きっと…悪態をついているのは、弱い自分を隠すため…」
本当の自分を、素の自分を表に出さず、ずっと一人で孤独を抱えている。
「決めた」
「突然、どうした?」
風呂から上がり、熱々のスープを喉に通し終えたリブは力強く発言する。
「お父さん、やっぱり私…なんだかんだ言ってあいつのことを放っておけないや。あいつのこと、放っておいたらだめだよ」
「そうか」
「それにね、関わってもモヤモヤするのは変わんないし、放っておいてもモヤモヤするなら、関わってた方がいいと思った」
「そうか」
「私…この家にあいつの居場所を作ることにした。あいつが笑うことができる場所があれば、きっと…このモヤモヤも晴れると思う」
「そうか」
「いい?お父さん…」
「もちろん。リブの思う通りにするといい。俺は賛同する」
「…うん!」
リブは嬉しそうに微笑んだ。そして、ふと少年のことで気になったことをユウゴに打ち明ける。
「あ、ところでお父さん…。人間にさ、天候とか…地形とか…操ることってできる?例えば、そういう魔術とかってあったりする?」
「それは神の領域だ。一部の人間が魔力を使って、炎や水を操ることはできるが…天候を操ることは出来ないよ」
「そっかー…そうだよね」
「どうした?」
「んー…偶然かもしれないんだけど…この前、コルが怪我をした日、大きめな地震があったでしょ?それに今回の雨も…私がこの街に暮らして初めての大きな出来事じゃん」
「そうだな…俺も初めてだ」
「30年以上ここに暮らしてるお父さんがそれなわけじゃん。でもさ、…分かんない…偶然かもなんだけど、でも、でもね…いっつもそこにナナシがいるの…」
「少年が?」
「そう。あいつが怒ったり、悲しんだり…あいつの感情の浮き沈みによって、ありえないことが起きるの…。何か関係あると思う?」
「うーん…そうだな…まだ2回だけだろ?」
「でも、統計的には100。だって、2回中2回、あいつが絡んでるんだもん」
「まだ確定する要素が薄いな。けど、あの少年には気になることも多い。分かることもあまりないかもしれないが、俺も気にかけてみるよ」
「うん!ありがとう!」
謎の部分が多い記憶喪失の少年。
彼にはなにがあるというのか。
分かる部分は少ないが、ユウゴは少年のことを調査項目に入れることにした。
一方・・・
「………」
少年はとある場所に戻る。
ここは少年が初めて『声』と出会った元・地下闘技場。
かつん、と音をさせながら、少年はゆらりと階段をおり、突き当たりへと進んでいく。
目の前は壁。
しかし、少年が手をその壁に触れると、壁はにゅるりと少年ごと飲み込んだ。
少年が瞬きすれば、真っ暗な空間が広がる。
しばらくすると、天井に小さな光がぽつり、ぽつりと灯り始め、少年の進む道を照らす。
ー…どうしましたか?辛いことがありましたか?
少年に蛇を与えた『声』は少年の帰りを歓迎する。
「…ううん。別に」
少年がその場でうずくまると、地面に柔らかいクッションが現れる。
何も話したくない、と頭を抱えて拒む少年に、『声』は優しく話しかける。
ー…話してください。きっと心が軽くなります。
「どうでもいいよ。だって、どうにもできないから…。彼女は…もう…」
ー…彼女とは、この彼女のことですか?
「……?」
『声』がそういうと、天井の小さな光たちは一つに固まり、一点を集中的に照らし出す。
「ぷ」
聞き覚えのある声だった。
少年は隠していた顔をパッとあげる。
「!!…な、なんで、どうして?!生きてたの?」
光に照らされながら、ゆっくり少年の元に向かっていくマンドラゴラの姿がそこにはあった。
「良かった…」
少年は四つん這いでマンドラゴラの側に駆け寄り、愛おしそうにマンドラゴラの小さな花弁に触れた。
ー…ここはあなたの望む世界。あなたが幸せになるための居場所。あなたが望むのならば、彼女は永遠に生き続ける。
「きゃぷ」
「良かった…良かった…」
ー…彼女がもう少し強ければ、きっと…そう…
不穏な言葉を残し、声の主は消えていった。
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