第22話

夜に近づいてくると、冷え込んでくる。

昼間は異様な暑さを放つ砂漠は、夜になると急に冷え込み、息が白くなるほど寒さを感じる。

この砂漠地帯にいると、季節というものを忘れそうになる。


街・森・砂漠。


この3つは隣り合っているが、なぜか全く別の季節が流れている。

春夏秋冬を感じれる街。

雨が多く、湿気の多い森。

灼熱の太陽と極寒を1日で感じる砂漠。

それぞれの間にぶっつりと区切りがあり、その境界を渡ると別世界に突入するのだ。

本当に不思議な場所だった。


「はぁー…」


少年はそろそろ帰ろうかと手を温めながら立ち上がる。


「ぷ」


「ん…なに…?帰るんだけど…」


「ぷ」


「え…遊ぶ、の?」


「きゃぷ!」


「今?明日じゃだめ?…うそでしょ…え?本当に…?」


花は少年の指にツタを這わせて、ちょっとだけ力強く引っ張る。

お腹がいっぱいになったら眠くなると思いきや、遊ぶ気になったらしい。花の気まぐれに付き合わないと帰れない…と思った少年は、しょうがないと腰を下ろす。


「うー…さむっ…」


体を震わせながら、少年は花のツタ遊びに付き合った。

指を出したり引っ込めたりするのにツタを這わせるのが楽しいようで、少年が人差し指を引っこめると次に出てくるタイミングをじっと待っていた。


「何が楽しいんだか…」


と言いつつも、少年は人差し指を花の前で出したり、引っ込めたり適当に相手をしてあげた。

幼い花はまだ反射神経が鈍く、タイミングよくタッチすることが出来ない。

人差し指にタッチできないと悔しそうにぷくっと体を大きくさせる。そして、またじっと次がくるのを待つのだ。


「ぷ!」


しばらく遊んでいると感覚が掴めてきたようで、少年の指が捕まることが多くなった。その度に、少年は軽く花を小突いて「離して」と小さく抗議した。


「………さむっ………。流石に…もう無理」


魔物に限界はなくても人間には限界がある。

指が悴んで来てうまく動かせなくなってきていた。

少年はゆるく震える手を口の前に持っていき、はぁーっと自分の息を吐いた。


「僕、もう行くからね…ここにはずっといられない」


「ぷ…」


「そんな顔しないでよ。明日はまた来るから」


少年が立ち上がると花の魔物は寂しそうに声をあげる。


「明日もこの場所にいる?」


「きゃぷ…」


「そうだよね。じゃあ、またここで会おうね。おやすみ…」


少年は花びらに優しく触れてから砂漠地帯を出ていこうと歩き出す。


「ぷ!!」


「…?」


突然、後ろから花の鳴き声がした。

少年が振り向くと、長い針を持つ蜂の魔物が花を襲おうとしているのだった。


「BB…」


BB(ビッグビー)と呼ばれる蜂の魔物。

体長およそ1mはある。黄色と黒の体が特徴的で、小刻みに揺れる背中の羽は低く不気味に鳴り響く。

攻撃してくるものには尻から伸びる毒針で瞬殺。主食は植物系の魔物…特に花の蜜が好物で、小さいものでも、その精気を吸い尽くしてしまうらしい。


「花にとっての天敵…か」


弱肉強食の狭い世界だ。

ここで死ぬのもまた運命…と、普段の少年だったらスルーしていただろう。


「………」


でも、なんだろう。

ここで死なせたくはない。


「サーペント。お願い」


気まぐれに助けたいと思った。


少年は蛇に花の魔物を助けるように目配せする。

少年の思考を理解した蛇は、小さく頷いた後、大きな口を開けてBBを丸呑みした。


「………」


危険が去っても花はまだ体を震わせていた。


「もう大丈夫だよ…」


「ぷ…」


少年は先ほど座っていた場所にまた座り直す。

砂の上に手をそっと置くと、花は手の中にすっぽりと隠れた。

花は少年の手の中に身を寄せて、行かないでくれと刹那に願っているように見えた。


「うん…やっぱり…いようかな…」


「!!…きゃぷ!」


少年の言葉を聞いた花の魔物は嬉しそうに背を少し大きくさせた。

すると、蛇は少年の周りをぐるりと囲み、少しでも暖を取らせようと体を丸くさせた。


「ははっ…あったかくないよ…」


少年は笑いながら蛇に体を預けた。

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