第23話
父・ユウゴからのアドバイスでギルドからの依頼は受けないことにした。
それまでの間、ゆっくりこのもやもやの正体について考えるのだ。
とは言っても、やることがなさすぎる。
父の手伝いをしてもチンプンカンプンだし、今はコルにも会いたくない気分。
仕事人間がやることないと何をするかというと…結局、用もないのにギルドに出向いてしまうのだ。
リブは自分の行動範囲の狭さにうんざりした。
「なあなあ、例の蛇野郎の話なんだけどよ。知ってるか?」
「聞いた。ありゃ別人じゃねーか?そんな嘘くせぇ話、信用なんねーよ」
そして聞きたくもない少年の話を耳にする。
また新たな目撃情報があるようだ。
話をしていた男たちは、それっきりで「だよなー」なんて笑いながら別の会話に移行しようとしていた。
いやいや、ちょっと待って。
立ち聞きは悪いことだし、例の少年についてなんて一ミリも興味のない話だけど…
「…ねえ、ちょっとその話、詳しく教えてくれない?」
なぜかリブは考えるよりも早く口が動いていた。
「ねえ、コル。あの話は本当なの?」
「来て早々、なんだよ…もういいのか?俺に対して怒ってたみたいだけど」
畑を耕す途中のコルに詰め寄る。
土いじりなんかより大事なことだ。
「それはそれ。もういいの…そんなことより、あの話のことを教えて」
「あの話ってどの話だよ…」
「ナナシのことに決まってんじゃん!ギルドの連中に聞いたの。あいつ、最近メンヘラになってるって。砂漠のど真ん中で花とおしゃべりしてるって。それが本当なのかどうか知りたいの」
コルは道具を地面に置いて、小さくため息をついた。
「お前ってさ、自己矛盾してるってよく言われないか?」
「…?…何それ。話す相手なんてあんたとお父さんくらいしかいないから、言われたことない」
「いや、いい。聞いた俺が悪かった」
コルは話を続ける。
「この前までナナシのことなんてどうでもいい、興味はない、あいつに構うのはやめた。って言ってたくせに、どういう風の吹き回しだ?」
「…ち…違うわよ!噂話に興味があるだけ!!普通の主婦の会話と変わんないわよ!情報通になりたいの!」
「意地はるねー…もう諦めちゃえばいいのに」
「何を?」
コルは「んー、なんだろうね」なんて笑いながら、コルの知っている少年の話をリブにする。
「その噂は本当だよ。ちょっと有名になってるくらいだ。一人の魔術師が砂漠地帯で街にも帰らず、ずっと花の世話をしている…って」
「それがナナシなの?」
「十中八九、そうだろうな」
「どういう風の吹き回しなの?ナナシが花を愛でるなんてありえない。天地がひっくり返ってもない。人に優しくできない奴が、花に優しくなれるはずがない…ってか、話しかけるってなに?乙女?わけわかんなくない?」
「まあまあ。いいんじゃねーの?荒んだ心に一輪の花が輝いたって」
「でもさー」
「そんなに気になるなら、見にいけばいいだろ?」
「…絶対やだ」
「まだご機嫌斜めかよ」
「だって、ナナシが悪いじゃん。あいつといるとイライラするし、言葉に遠慮がないっていうか、優しさがないっていうか…とにかく、あいつ最低じゃん!」
「理由がガキみたいだな」
「は?」
「い、いや…なんでもないっすー」
コルの態度が気に食わない。
リブがコルのことを睨みつけていると、背後から父・ユウゴの声が聞こえてきた。
「俺はコルの意見に同意するよ」
「お父さん!」
「おぉ!助け舟!!」
一発殴ろうかと思ったところで、ユウゴがきてしまった。
コルが目をキラキラとさせるもんだから、それもムカついてきて、父の見えないところで足を軽くコルのことを蹴ってやった。
「いっ!」という小さなコルの声が聞こえてきて、少しだけ気分が晴れた。
「もやもやの正体は分かったか?
「……知らない……」
「『知らない』ことは悪いことじゃない。知っていて知らないふりをするのは良くないことだ」
「そうだぜ。そろそろ自分の気持ちに素直になれ。もう俺らもガキのままじゃいられねーんだよ…。プライドも全部捨てて、お前の率直な気持ちのままに動けばいいんだよ。俺もお前の父ちゃんも、多分、お前の気持ちはよく分かってる。当事者だけが意地を張って知らないふりを通してるだけだぜ」
「なにそれ…意味わかんない…」
「お前なー…ここまで言ってまだわかんねーの?」
ユウゴとコルの目を真っ直ぐ見ることができなかった。
自分の気持ちに素直になれって…素直になってんじゃん、とリブは思う。
あの少年とは関わりたくないし、関わればろくなこともないし。自分がしんどくなるだけ。
辛いと分かっていることに自ら首を突っ込んでいくほどバカではない。
「彼のこと、そんなに苦手か」
「苦手っていうか…嫌い」
それがリブの答えだ。
「でも、気にはなるんだろ?」
「………」
放っておけと言われたんだ。
自分はなにもしなくていいはず。
だけど、それを肯定すればするほど、なぜかリブの心はもやもやする。
本当は…きっと自分は…
「そういえば…そろそろ発火草が切れそうなんだ。冬が近いから、あれがあると体が温まっていい。…取りに行ってくれないか?」
出かかった回答の前でユウゴがリブに一つお願いをする。
「え、もちろん…構わないけど…」
「ついでに、彼にこれを」
「彼にって……」
ユウゴから渡されたものは、茶色の紙袋だった。何かと中を見てみると、そこには家で滅多に出ない柔らかそうなパンが入っていた。
テラテラと光る表面はとても美味しそうで、リブの知っているパンと違い甘い匂いがした。
「街にも帰ってきてないと聞いている。家の中に閉じこもってる俺の耳にも入ってきているということは、よっぽどだ。これを彼に届けてくれると嬉しい。発火草は砂漠地帯にあるんだろ?だから、ついでだ。ついで」
「………」
「コルもついていってくれるか?」
「もちろん、いっすよ!リブが食べないように見張ってるっす!」
コルは笑顔で親指をユウゴに向けて突き出した。
「代わりに農作業は俺がやっておこう」
「え!マジっすか!!めっちゃ嬉しいっす!!」
「春を迎えるために今から次の種を蒔くんだろ?だったら早い方がいい」
「さすが!分かってますね。リブなんて土いじりなんかより、私の方が優先だーみたいにやってくるんすよ」
「そうなのか?」
「し、してないよ!!これ、くわ!使い方知ってる?」
コルがこれ以上無駄口を叩かないように、リブはコルが持っていたくわをユウゴに押し付ける。
「多少の知識はある。あとは実践だけだ。ご両親にもこのことは伝えておくから、行きなさい。日が短くなってきているから、時間に注意するんだぞ」
「はーい!」
「暗くなる前には帰ってくるようにします!」
二人は元気よく返事をして、少年がいるという砂漠地帯に向かう準備をしに向かう。
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