第21話

街に居づらい。

流石の少年でも周りの視線には気づいていた。

見せ物のように人を指差して、奇異の目で見てくる人々。避ける仕草。陰口。嘲笑。

全てが耳障りだった。


「………はあ………」


自分は何もしていないと言うのに…。

周りが勝手に『人殺し』と呼ぶようになっていた。


「………」


夜にならないと街には戻れない。

人の目ができるだけ少ない時でないと…後ろ指を差されるのはもう十分だ、と少年は思った。

それまでの間、少年は砂漠のとある巨大サボテンの森で時間を潰す。

ここは砂漠地方。

隠れる場所が少なく、一度魔物に見つかると死ぬまで追いかけ回される。走りにくい砂に足を取られ、通常の速度が出ずに命を落とす冒険者も多い。

だからか、砂漠の依頼は疎まれやすい。


「…ここは人がいなくて…いい…」


真っ赤な太陽が西に段々と沈んでいく。

サボテンの影に身を寄せながら、少年は意味もなく砂に線を描いていた。


「きゃぷ」


と、指の先におかしな感触が伝わる。


「………なに?」


びっくりして手を引っこめると、そこには見たこともない小さな小さな花の魔物が顔を出していた。

手に収まるくらいの小ささだった。

気づかなければ踏んでしまうくらいの…道端に生えている花の方が目立つくらいだ。


「ぷ」


おかしな音を発する奇妙な黄色の花は、何度も「ぷ」「ぷ」と繰り返す。


「魔物?倒していいの?」


「…ぷきゃ!」


「違うの?じゃあなに?」


「きゃぷ」


「………わかんないじゃん」


意思疎通はできるらしい。

蛇を呼び出そうとしたところ、花冠をぷくっと肥大させて否定してきた。

一丁前に感情もあるらしい。


「………」


「ぷ」


放っておくと花の魔物はまた小さく鳴いた。

どうやらこの魔物は他の魔物と違って敵意もないらしい。花は上下に動きながら、少年の周りをうろちょろしていた。


「………どっか行きなよ。ここにいてもつまんないよ」


「ぷきゃ」


少年がしっしっと花をあしらおうとすると、花はまたぷくっと膨れて怒りを表す。


「………何こいつ…」


「ぷ」


「君、なんなの?名前とか…ある?」


「ぷ?」


「って…何言ってんだか…そんなものあってもしょうがないよね…」


指で花を突くと、花は少し嬉しそうに体を震わせた。


「ぷ」


戯れついているようだ。


「………好きにしなよ」


「きゃぷ」


とまた鳴くと同時に花の魔物からグゥッという音が聞こえた。


「お腹、空いたの?」


「きゃぷ」


「…なに、食べるの?…」


「ぷ」


「そればっかじゃ、何言ってんのかわかんないよ。ってか花のくせにお腹が空くとかあるの?」


「きゃぷ」


またグゥッという音が鳴る。

少年は呆れてため息をしつつ、荷物入れにと購入した腰ポーチから布に包まったパンを出す。

今朝に購入したばかりのパンだ。

硬くなっていないから、まだ食べれるだろう。


「…これ、は食べれる?」


自分は腹が減っていないから、と花の魔物に差し出した。


「ぷきゃ」


だが、花は首を横に振理ながら違うと否定した。


「………食べない、よね。共食いになっちゃうし」


当たり前かと思いながら、ポーチに入れておいた水筒を取り出す。


「じゃあ、水…とか?」


「きゃぷ!」


花は水に対して反応を見せる。

どうやらこれが主食のようだ。


「花だもんね。そうだよね」


水筒のコップ部分に水を注ぎ、花の前に置くと花は嬉しそうにコップに顔をつけて飲み始めた。

口が小さいからか飲むペースは遅いが、懸命に体に栄養を送っていた。


この砂漠地帯だ。

おそらくここ数日何も飲んでいないと見た。

数日間、この砂漠でウロウロしてみて分かったが、ここは他と全く別の領域のようで、雨が一向に降る気配すらない。

森の方では雨が印象的に思えた。しかし、その雨は砂漠地帯には流れてこないようだ。

空は森で思う存分、水を放出した後、こちらでは知らん顔になる。


暗くなってきた空を見て、少年はふぅと小さく息を吐いた。

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