第19話

コルの怪我が完治するまでの間、リブは日も登っていない朝からコルの実家に訪れていた。

鶏の元気に鳴く声に対し、遠くの誰かの牛が返事をした。


「リブちゃん、おはよう」


「おばさん。おはようございます。今日もよろしくお願いします!」


「こちらこそ、よろしくね。リブちゃんがいてくれて本当に助かってるわ〜。昨日も本当なら2列分の収穫でやっとかと思ったけど、3列まで行けたもんね」


「うちのボンクラ息子とはえらい違いだわ!!」


ガッハッハと朝から元気に笑うコルの父。朝から豪快だ。

コルの母はおっとりとした人で、農家とは思えぬ気品をたまに見せる時がある。


「おじさんもおはようございます!」


リブはいつもの軽装備を家に置いて、農家用の動きやすい格好で作業を始める。

帽子を深く被り、手が汚れぬよう手袋をはめる。

長靴も忘れてはならない。これがないと歩きにくくてしょうがない。


「冒険者なんかやめてうちで働かねーか?」


「えっ…」


「はー?なに言ってんだよ。このガサツさは冒険者以外の適職がねーだろ」


コルの父も母も、反冒険者の人間だ。

明日生きていくのも約束できないし、生きて帰って来れるかも分からない、不安定な職には無関係でありたいとよく言っていた。

一瞬なんと返事をすればいいか迷ったが、すぐにコルの助け舟が入ってリブはホッとした。


「おはよう。コル。今日の調子はどう?」


「まだ少し痛いけど、大分楽になってきたよ。あと3日もすればどうにかなるだろ」


「良かった…」


「お前も大丈夫だったか?」


「え?」


「ほら、父ちゃんのこと…」


「あー!うん、平気だった。思ったよりあっさりしてて、なにも言われなかった。それが逆に怖いっていうかさ…なんというか…」


うまく言葉が見つからない。

父のあのあっさりとした返事は助かったと思っているのだが、なんとなく心の中がモヤっとする。

あの場で思いっきり叱られた方が良かったのかとも思った。


「…なんか、まるで期待してるみたいだな」


「は?…私が…なにを?」


「だって、お前…」


「リブちゃーん!!こっちに来てくれねえか?重くて動かせねーんだ!」


「あ、はーい!!」


コルと話している間に既に両親たちは仕事を始めていた。


「その後、こっちもお願いね!!」


「了解しました〜!」


帽子を深くかぶっていても、日が登った後の日差しは強敵だ。

太陽が顔を出す頃には日陰の中、仕事を終えたい…。

そんなことは百も承知だ。

二人に急かされながら、リブは今日のノルマに取りかかる。

昨日は収穫を多めにしたから、肥料の継ぎ足しをお願いされている。なかなか重たい肥料をコルの両親に持たせるのはちょっと酷な仕事となる。若い者が手をあげて率先するべき仕事だ。

リブは大量の肥料の入った一輪車を押しながら、コルの父の手助けをする。

こんなことを一日中しているのだ。


「しんっど…!!」


足にも腰にもかなりの負担だ。


「お疲れさん」


「ありがと…」


リブが畑の柵にもたれかかると、後ろからコルが水を持ってきてくれた。

それを受け取ると、勢いよくグビグビと喉に通す。

井戸水からの新鮮な水だ。火照った体にはもってこい。冷えていてとても美味しかった。


「昼飯、食べてくだろ?母ちゃんが用意しておいてくれたってよ」


「いつの間に…。でもこの木陰で少しだけ休ませてー!今は動く元気がない…」


「わかるわー。俺もこの体が元気になった時、体がついていかねーだろうな。今からこえーわ」


「あんた、よく毎日こんなことしてられるわね。正気じゃないわよ」


「長男だからな」


「理由になってないっつーの」


朝から酷な労働を強いられているだけでクタクタだというのに…。これに冒険者としての依頼もこなして、魔力の鍛錬もする。

あまり見えていないが、実はコルはすごいやつなのかもしれない…とリブはちょっぴりゾクっとした。


「ギャハハ…それでよー、この前、あいつに出会しちまって、めっちゃくちゃ睨まれてよ。これぞ蛙に睨まれた蛇?みたいな」


「例の蛇使いにだろ?あれに見られたら石にされて殺されるらしいぜー。お前、よく生き残ってこれたな。武勇伝として語れるんじゃね?」


一仕事を終えた冒険者二人がコルたちの畑の側を通りすぎていった。


「根も葉もない噂に、背びれ尾びれがついて広がってくなー。話の出所って、俺らのことだよな、多分。あん時、俺がボロボロになって帰ってきて、一緒にパーティーに出てたはずのナナシだけいなかったしな。元々、得体の知れない少年って認定受けてるナナシからら、あいつに襲われたって思うのが普通…なんかな?」


「…ふーん…」


「『ふーん』ってリブさんよー。ナナシのことが悪く言われてんだぜ?」


「あっそ」


「…このままじゃ、ナナシがこの街に居辛くなっちまうぜ?あいつの場所、作ってやるんじゃなかったのかよ」

「いいの。あいつに金輪際近づくなって言われたから。もう私は知らないし、関わらない。言ったじゃん!もうあいつのことは放っておくって!」


「言われたからって、いいのか?」


「ナナシじゃないけど、心底どうでもいい。考えるだけでストレス。私はストレスがあったら、切り離したいタイプなの。嫌なことはさっさと忘れる。私はそうやって生きていくって決めたの!」


「そんな単純に人の脳ができてると思ってんのか?…さっき言いかけたけど…本当は父ちゃんに思いっきり叱られて、その後、諭して欲しかったんじゃねーのか?『がんばれ、お前なら出来る』ってさ」


「はあ?!意味わかんない!!」


コルの言葉にか脳が熱くなる。

それではまるで自分が構って欲しい子供のようではないか。少年のことをガキと言った自分となんら変わりはない。


「………帰る!!」


「昼飯はどうすんだよ?」


「もらってく!!」


「がめついのね…」


ユウゴが作る芋汁とは訳が違うのだ。

それはもらっていくに決まっている。

コルの家で採れる新鮮な野菜と不思議な調味料で素材の味を引き立たせる料理。ここに手伝いにくる目的の一つだ。1日の楽しみだ。そう簡単に手放すわけにはいかない。


「いただきます!!」


リブは出された食事を飲み物のようにかき込み、食べ終える。その間、約10秒。


「ごちそうさまでした!今日も美味しかったです!失礼します!!」


「今日は早いのねー。また明日もお願いね」


「相変わらずの食いっぷりだな!!豪快でいいことだ!ガハハ!」


「また明日!!」


コルと一瞬目が合う。

このモヤモヤを作った原因に怒りが湧いてきて、リブは「ふん!」と鼻を鳴らした。

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