第18話

家に着くなり、父・ユウゴの一言はリブが持って返ってきた大金について問いただされた。


「これは一体?」


「え?…お、お金?」


「そういう意味でなく…この大金はどこで手に入れたのか、について聞いたんだ。いつもの報酬の倍…いや、20倍もあるじゃないか…まさか悪事に手を染まったりしてないよな?」


金の出どころが気になるようだ。

確かに、我が愛する娘が変なことに巻き込まれていたら誰だって心配はするだろう。


「いやー、今日は臨時収入があってねー!すっごい儲かったのー!偶然、目の前に大きなサラマンダーが現れてさー。大変だったけど、コルと二人で倒したの!すごいでしょ!!これはその報酬〜」


「本当は?」


「…やっぱお父さんに嘘はつけない、か…。あいつが…ナナシが置いてったの…」


「そうか」


嘘をつく時の癖はとっくのとうに置いてきたかと思ったが、まだまだ父の目は誤魔化せないらしい。

観念したリブは、この大金の出どころについてユウゴに包み隠さず話すことにした。


「あの子に会ったのか?」


「うん、会えた。元気に悪態ついてた…で、また喧嘩しちゃった…」


「そうか…」


「ようやくギルドであいつに会えて、パーティーを組んで冒険することにしたの。半強制的にコルも一緒に…」


リブは少年がテイムしていたモンスターの蛇のこと、自分の発言、コルの怪我、依頼について…全て話した。

その間、ユウゴは何も言わず首を縦に振るだけ。

少年のことを咎めることなく、またリブの行き過ぎた言動に対しても言及はしてこなかった。

なんと言われるか、心配はしていたが、最初から素直に話せばユウゴは全て受け入れてくれるのだ。

リブは心の底からふっと何かから解放された気がした。

そして、今まで溜まっていたモヤモヤをユウゴに打ち明けてみることにした。


「ごめん、お父さん。…私、むり。あいつのこともう見捨てる。ギブアップ!!本当に性格悪すぎで、イライラしちゃう。私ってそんなにカルシウムたりてない?あー、もう思い出しただけでカーッとなる!あいつのことなんか、もう考えたくもない!」


「それで、いいのか?」


「うん、もういい。あいつの顔、見ないだけで気持ちが晴れやかになる」


「そうか…」


ユウゴは最後に首をもう一度頷くと、「夕飯にするか」といつもの茹でたじゃがいもを皿の上に乗せた。


「怒らない…の?」


「なんでそう思うんだ?」


「だって、私が途中で投げ出すの…お父さん嫌うと思って…」


「俺は娘の意見を尊重する父親だ」


「…そ…そっか…」


「リブがそう思うのなら、それでいいと俺は思う」


「うん……」


まずくもなく美味しくもない、いつもの食事。


「うまいか?」


「美味しいよ」


食卓に置かれた金貨をちらりと見る。

リブは「これでいつもの変わり映えのない食卓に彩を添えたいな」とポヤポヤと考えた。


ー…


ある日の夕暮れ時・・・


「あ…あの…」


「………」


真っ赤な太陽が建物の隙間から注がれる。

その眩しすぎる日の光を避け、少年は暗い路地裏で腰を下ろしているところだった。

座り心地の良くない、硬い荷台の上。

太陽が沈むまでの間の休憩だ。それまでこの小道に隠れていようとしていた。

そんな時、一人の少女が少年のいる小道前で立ち止まり、話しかけてきたのだ。


「あの、えっと…」


「………」


独り言ではないらしい。

無言を極める少年が返事をしなければ、ずっとそこにいるつもりなのだろうか。


「………なに?」


もじもじとしている少女に対し、少年はため息混じりに返事をする。


「いえ、…その、大丈夫、かなと思って」


「…あっそ」


何かと思えばそんなことか、と少年はその時初めて少女の顔を見た。

色白で、透き通るような金色の髪。憂いのある緑の眼。質素ではあるが高級感のある洋服に身を包んでいた。

目が合うと、少女は少し嬉しそうに微笑んだ。


「えっと…痛い…よね?」


「………」


少年が負った怪我のことを指しているらしい。


「薬とかあるけど、いる…?」


「………」


誰も痛いとは口にしていない。誰も心配してくれなどと頼んでもいない。

少年は無償の優しさに苛立ちを隠せずにいた。


「あんた、なんなの?しつこい」


「急に話しかけて、ごめんなさい…ただ、その…気になって…」


少年は二度目となる深いため息をつく。


「あんたが僕のなにを知ってるの?会ったこともないよね」


「一度だけ、見かけたことは。いつも一人で…いるなって…」


「そう。…で?」


「私にできることがあれば」


「なにもないよ」


太陽の光から逃れたいだけだったのに、立ち止まっていると変な人間に話しかけられる。

これだから人間は面倒なのだ。

少年はまだ何か言って来ようとする少女にキツい一言を浴びせすぐに立ち去る。


「あんたが僕にできることはなにもない」


「あ…」


「……しつこい…」


「………ごめんなさい………」


少年が立ち上がると、荷台が傾きガタンと大きく音が鳴る。

太陽はまだ強烈な光を地上に浴びせている。

少年は小道の奥に進む気はなかったが、出口を少女に塞がれてしまっては出ることもできない。

しょうがないと、少年は少女に背を向けて、どこに続くか分からない脇道に消えていった。



脇道を抜けると、ギルド連中がよく集まると聞く酒場に出てきた。

陽はすっかり落ちて太陽の日差しが目に刺さらない。

少年は西側に視線を向けてほっとする。

それにしても…と少年はあたりに視線を送る。まだ夕食前の時間帯だと言うのに、酒場に人が多い。

もうこんな時間から飲み始めているか。

大人というやつは呑気だな、と少年は呆れた。


「うわっ…あいつだ。近寄るなよ。あいつに近寄ると殺されるぜ」


「あー、あいつか。蛇のテイマー。俺も見た見た。あいつに殺されかけた仲間。涼しい顔して残酷非道な殺戮ゲームで遊び殺すんだってよ。のたうちまわって死んでいく様を見るのが趣味らしいぜ」


「ひー、こえ〜!石にされちまうんかな?メデューサみたいに!」


「そうらしいぜ〜!」


と、自分のことを好き勝手言ってくる輩の声が耳に入る。

身に覚えはないが、彼らにとってそれが酒のつまみになるらしい。

ケラケラと笑う声が嫌いだ。

いつもだったら逃げるようにどこかに足をむけるのだが、今日はなぜか何も感じなかった。

自分が自分でないような。

自分のことを遠くから見ているような。


「どこ…だっけ…?」


少年はぽつりと呟いた。

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