第16話

「状況把握をしようじゃねえか…」


震え声でコルは自分自身に話しかけているようだった。


「前方にアンシェントワームが10体。四方八方にトレントが15体…最高にクレイジーだな…」


冷静になろうと状況把握を試みたものの、絶望的な敵の数にコルは瞳を閉じ、今までの人生を振り返り始めた。


「俺の夢は魔術も使える剣士になることだった。農家なんて俺の性分には合ってねぇ。あんなところでちまちま稼ぐより、有名な魔法剣士になって世界にその名を知らしめたかった。……そんな夢のような夢…さ。そして、今、その夢は幻に」


「諦めてんじゃないわよ!」


「死ぬんだったら、可愛い女子と一緒が良かったなー」


「悪かったわね!」


びゅっと虫の唾液が飛んでくる。

アンシェントワームの攻撃だ。

当たれば水分が抜け、ミイラのようにカラカラになってしまうらしい。

リブは諦めかけているコルの首根っこを引っ張り、ギリギリのところで攻撃を交わした。


「危ないわよ!!」


「わりー…」


「言っとくけど、粘るしかないからね」


「オッケー…」


隙を見て逃げる。

それしかない。

アンシェントワームから繰り出される唾液を避けて、攻撃のチャンスがあれば剣で立ち向かった。アンシェントワーム自体はそこまで恐ろしい魔物でもない。

体を真っ二つにすると緑の体液が出てくるのが気持ち悪いが、それ以外は大したことはない。

リブは体をくねらせて、1体、2体…と順々に倒していった。


「はあ…はあ…ほんっとーにキリがないわね」


減っているはずの敵が増えているようにも見える。

呼吸も乱れ、頬から汗が滴り落ちる。


「ねえ、それ…楽しい?」


そんなリブたちの上から涼しげな声が落ちてきた。


「ナナシ!?」


少年は木の枝に座っていた。余裕な笑みを見せて、高みの見物をしていた。

木の魔物…トレントの上で…


「見て。すごくない?ほら、誰も僕に攻撃してこないんだ。みーんな僕の前でひれ伏す」


「ぜんっぜん!!すごかないわよ!」


「いじっぱり…」


少年は一枚一枚トレントの葉を引きちぎる。

ギギ…と不満の鳴き声を発するが、決して少年に手を出すことはしなかった。

まるで怯えているように。

主人のように。

丁重に扱っていた。


「僕はズルなんかしてないよ…」


何もしていない、と少年は言う。


「こんな風に僕の言う事聞いてくれれば…いいのにね」


少年はトレントの枝の上で立ち上がる。


「上から目線で説教して楽しかった?遊びはお終い。いいよね?」


「きゃあ!!」


一体のトレントにふと笑いかけると、トレントは体を震わせながら地面を強烈な一打で抉る。

トレントは自然の魔物。

母なる大地への攻撃は彼らにとって踏み絵のようなものだった。

トレントの悲痛に似た叫びが聞こえた気がした。


「ははっ。最高に面白いね。あー…笑った」


涙が出るほど面白いことなどあっただろうか?

少年はひとしきり笑った後、ぴたりと止まり、急に冷めた視線を送る。


「じゃあ、あとはお好きにどうぞ…。僕、もう行くね…」


「ナナシ!」


「あんたの好きな汗、思う存分流せば?」


「待ってってば!!」


少年は蛇の頭の上に移る。


「待たないよ。あんたたちと話すことなんて一つもない」


振り返ることのない少年の背中。

と、同時に振り下ろされる強烈な一撃。

少年がトレントから距離を取ったことで、トレントたちは自由が効くようになったのだ。

敵わぬ相手にもう一度挑むことはせず、トレントたちの標的はリブとコルになった。


「や、やべっ…」


「…退路がないじゃない…」


気づくと周りはトレントだらけ。

二人は身動きを取ることもできず、窮地に立たされる。


「けど…!やるっきゃない!!」


「ばか!突っ走んな!!」


退くことはできないと前に走り出すリブ。

目の前のトレント目掛けて、剣を振り下ろそうとする…が、それより早くトレントの攻撃がリブの顔面を狙ってくる。


「リブ!!」


「………!!」


ガンっと強烈な一打が体全体を襲う。

トレントの攻撃を避けられなかったのだ…。


「うっ……!」


が、頭を少し強く打っただけで体のどこにも怪我はなかった。

それもそのはず…


「コル!!」


コルがリブを庇ってトレントの攻撃を代わりに受けたのだ。

気を失っているコルの頭からは尋常じゃないほどの血が流れ始める。


「うそ!うそっ!!止まってよ!!」


咄嗟に手で覆うが、血は全く止まる気配がなかった。

どくどくと流れる血は、リブの手をすり抜け、地面を真っ赤に染め上げる。


「死なないで…死なないでよ…」


涙で前がぼやける。

しかし、彼女たちの泣き言など魔物たちにとってはどうでもいいことだった。

ガサガサと木々を震えさせながら、トレントたちはリブたちに近づいてきていた。


「や、やめて!!これ以上、来るな!!」


意味はないが、リブは剣を四方八方に振り回した。

やだ…!!死にたくない…死にたくない…とリブは心の中で叫ぶ。

誰か、誰か…誰か…

そして、リブはトレントたちの間…遠くの方で二人を眺める少年を見つける。


「な、ななし…!!」


「…………………助けてって言う?…大好きな達成感ってやつ、味わえなくなるけど」


長い沈黙の後、冷めた瞳の少年は、一つだけリブに提案をした。

うすら笑いは納得がいかない。

目の前で人が死にそうになっているのに、何もしないなんて…許せない。ありえない。

しかし、横で倒れるコルも救えず、そして自分を待っている父に会えなくなるのはごめんだ。

背に腹はかえられぬ。

リブはぎゅうっと強く拳を握りしめ、唇を噛み締めながら


「〜〜〜〜〜!!…助けて!!」


と少年に助けを乞う。


「いいよ…。その代わり、金輪際、僕に構わないでね」


一つの嵐が通り過ぎだ。

強い風。

激しく揺れる木々。


「!!」


リブはコルを庇いながら、風が過ぎ去るのを待った。

風と風の合間から、色々な叫び声が聞こえる。

アンシェントワームの悲鳴。

トレントの引きちぎられる音。

今まで対面したどの敵よりも恐ろしく、強かった。



だが、それも…



しばらくすると…気づくと、辺りは静かになっていた。

ゆっくりと瞳を開ければ、朗らかな陽の光が注がれる。

リブたちの周りは空き地と思われるくらいの広い大地が広がっていた。

草も木も根こそぎ刈り取られていた…。



一本の小さな花だけ残して…

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