第15話

つくづく自分は甘いなと少年は思う。

こんな足手まといでしかない二人を連れて依頼をこなすなんて普段の自分では考えられなかった。

ただあの場で断ってもしつこく来るだけで、断る理由を探すのも面倒だった。

変に否定して面倒事に巻き込まれるより、最初から素直に従って何も言わない方が楽だ。


…なぜか、そう思った。


「………」


何かが引っ掛かった気がする。


「………まあ、いいか…」


尻尾と頭を器用に使い、道を作る蛇。

トレントの足跡はまだ奥に続いていた。同じ景色にも見飽きてきた…が、それもそのはず。

ずっと変わりばえしない森の中を突き進んでいるのだ。変わるはずがなかった。


「ストップ!」


突然、コルが少年の腕を掴む。


「………なに?」


「この先は危険だ」


「…なんで?」


「トレントの足跡がおかしい」


「それがなにか?」


「トレントの知能は魔物の中でも上位だ。姿を消す術、追跡から逃れる術、おびき寄せる術…人間の行動パターンを熟知してる。ちょうど蛇がいる辺りから足跡の付け方がわざとっぽい。おそらくトレントはこの辺に姿をくらまして、俺らが普通に横を通り過ぎるのを狙ってるはずだ」


「……だとしても、サーペントの敵じゃないよ」


「過剰に力を信じてるとこ悪いんだけど…トレントは高確率で複数で待ち伏せてる。さすがの蛇だって…」


「シャーーー!!!」


「「!!」」


コルに気を取られていたせいで、注意力が低下していた。

蛇の威嚇が聞こえる方を振り向くと、少し先の方でワサワサと体を動かす異様な木が蛇をツタで捕らえていた。


「サーペント!!」


「まずい。トレントだ!捕食されるぞ」


トレントは中央に位置する不気味な赤い瞳を光らせて、バキバキと音をさせながら黒い口を目一杯に開く。

久々の食事で気が立っているらしい。

急ぎ足で蛇を飲み込もうとしているのだ。


「や、やめて…」


「助けるぞ!あれとお前の蛇じゃ相性が悪い」


「ぼ、僕が…?」


「他に誰がいんだよ。お前のだろ?」


「む…無理だよ。あんな大きな敵に敵うわけないじゃん。それに僕は戦う方法なんて知らないし、挑む力もない…」


「じゃあ、見殺しにするんか?」


「………」


少年が押し黙っていると我慢できずリブは苛立ちの声をあげた。


「あー!!もう!!うじうじ考えるな!考える前に行動しろ!なにしたらいいか分かるでしょ!!」


「………」


「いい!私が行く!!」


自分より格上の相手だろうがお構いなしにリブはトレントに向かって剣を抜いて突っ走る。


「おい、リブ!!お前は考えなしに走るな!」


走り出したリブを追いかけるようにコルもトレントの元に向かう。


「あんたはずっとそこで見てろ!弱いまま!…変わらないまま!!」


「………」


「でやぁ!!」


「………僕…僕は…」


「くっそ」


「……違う…」


「離せっつーの!!」


「違う…」


二人はにょきにょきと伸びてくるツタを剣で切り落としながら、蛇の元に向かおうとする。

しかし、トレントから伸びるツタの数が多すぎる。

前に進めやしない。

切っても切ってもまた新しいツタが伸びてきて、二人の行手を阻む。

そうこうしている内に、トレントは卓抜したツタ使いで蛇をあっという間に飲み込む。

トレントはゲフッと下品な音を立てて、満足そうに瞳を細くした。

強い蛇の魔物だ。

さぞうまかっただろう。


「…そんな…」


「や、やばい…。あいつ、あれで満足してねえ。今度はこっちくるぞ!!俺らじゃ敵わねえ!逃げるぞ!!」


冒険者には切り替えも大事だ。

判断に迷った瞬間、やられることもある。

二人は助けられる見込みがないと分かると、くるりと後ろを向いて逃げようとする。


「おい、ナナシ。ここはやべーぞ!ボーッとしてんな!」


コルたちは少年に向かって走ってくる。


「行くぞ!」


コルが少年の腕を掴むが、少年は全く動く気配がない。


「ナナシ!あんた死んじゃうわよ!!」


「僕を…僕は…」


「なにぶつぶつ言ってんの!!早く!!」


見かねたリブは少年のもう片方の腕を引っ張る。

が、少年は動きたくなかった。

引っ張っても引っ張っても、彼の服の裾が伸びるだけ。

ふつふつと沸き上がる感情に制御ができない。

悲しみ?

怒り?

理不尽?

無慈悲?

何に対しての感情か分からない。


「偉そうなこと言って…僕を、決めつけるな…」


「…は?」


「僕を…守るって言ったじゃん!」


初めてかもしれない。

こんなに感情を表に出すのは…と少年は思う。

少年の感情が昂ると同時に、地中から大木が折れるような音が聞こえる。

大地は激しく揺れ、トレントのつんざくような悲鳴が聞こえた。


「地震!?」


「いや!トレントだ!」


「はあ?これのどこがトレントの力なのよ!」


「…トレントが…トレントが震えてるんだ…」


「なにそれ?恐怖しているっていうの?」


「ああ…」


「…一体、何に……?」


ベキベキベキとこの世の物とは思えない不快な音が耳に入る。

リブとコルは耳を塞いでいるが、少年にとってはとても心地の良い音だった。


「守れ」


トレントの口が大きく裂けた。その間から勢いよく飛び出してきたのは、少年が操る蛇だ。


「シャーーー!!」


「ありえねえ…。トレントに食われたら最後。地獄よりひどい永遠の無の中を生きる羽目になるって話なのに…」


だが、少年の蛇はトレントの体をうねらせ、地上に舞い戻ってきたのだ。

驚いているのはコルたちだけでなく、トレントも同様。

動くこともままならず、蛇の大きな口が開かれるのを呆然と見つめることしかできなかった。


「シャーーーー!!!」


蛇はトレントを頭から丸呑みする。

固い咀嚼音。

鉄でも砕いているような音だった。

みるみるうちにトレントは根本まで飲み込まれ、跡形もなく消えていった。

そして、蛇はトレントの体の一部をぺっと少年の前に吐き出す。


「ありがとう」


少年が拾い上げたのは、依頼完遂の証明となるトレントの体の一部。

トレントの固い幹は、装備品の素材として使われることが多い。

とても貴重な体の部位だ。


「…なに?」


「助かった……けど、あの場は逃げるべきだったと私は思うよ…」


「………終わりよければ全て良し。何事も起きなかった。それだけで十分」


「あんたがソロだったら、それでいいかもしれない。でも、私たちはパーティー。お互いを助け合わないといけないの。わかる?」


「…うざ…」


「あんたぇ…!!」


「分かった。あんた報酬を独り占めされるのが嫌なんでしょ?じゃあ、あげるよ…はい、これでいい?」


「はあ!!??私らはあんたなんかの施しは受けないわよ!ましてやズルして手に入れる報酬なんて…いらないわよ!」


「またそういうこと言うんだ?…汗水流してお金は稼ぐ…だっけ?」


「そ、そうよ…!」


「ははっ…きもっ。誰が言ったの?」


「みーんな!!」


「統計なさすぎ………金は金。過程はどうであれ、全部一緒じゃん」


「違う!」


少年は近づいてきたリブに強く肩を掴まれる。

ギリっと軋む音が骨を伝い、少年は苦の表情をする。


「力で……僕を従わせようとするの?…言葉で勝てないなら、何してもいいんだ…」


「あ…そ、そうじゃ…ない…違う…ごめっ…」


少年の言葉にハッとなったリブはすぐに肩を離した。


「もう…いい…」


「待って!ごめんってば!!」


「おい、リブ!!」


近づきたくもない。

力は…暴力は苦手だ。

少年はリブを心の底から嫌悪した。

追いかけようとしてくるリブのことなど完全に無視だ。

だが、リブの手をコルが握ったらしい。

彼女はそれ以上近寄ってこなかった。


「ナナシも止まれ!!」


切羽詰まった声だった。

コルが何に対して覚えているのか分からなかった。

が、気づくと周りが夜になったみたいに真っ暗になる。

いや、違う。これは影だ。


「目の前にトレントがいるぞ!!」


リブとコルは素早く剣を抜く。

剣を抜くと同時に周りの森たちがゴソゴソと横に動き始める。


「おいおい、嘘だろ…?アンシェントワーム…一体、二体…」


ドサリと上から落ちてニンマリと笑うアンシェントワームたち。

そして、更に周りの木の根っこたちが一斉に足を生やした。


「聞いてねーぞ。こんな話……冷静になれ。冷静になるんだ、俺」


コルの大きな独り言は、かすかに震えていた。


「こりゃ、まじでやべーぞ。俺たちは…トレントたちのど真ん中に…いる…」


ぼこぼこと止まることなく動き出す魔物たち。

そのど真ん中に誘き寄せられた冒険者3名。

絶体絶命のピンチだった。

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