第11話

ギルド前。

リブは建物の外から、中が見えないか様子を伺う。


「本当に入るの?」


「ここまで来てなに言ってんだよ。っつか、キャラ違いすぎだろ?」


「い、いじゃん。別に。私だって、気まずいことくらいあるし」


「でも、親父さんに連れて帰るって約束したんだろ?」


「そ、うだけど…だけど、さ」


入りたいと言えば入りたいが、足が前に進まない。罪悪感のある、

後ろめたい気持ちでいっぱいだった。

コルと喧嘩することは多々あっても、次の日にはコルの方から謝罪の言葉がある。

だから、「私もごめん」なんてついでに言えるのだ。

ずっとコルの優しさに甘えていた。


「お!いた!!」


コルの言葉に体がびくんと反応する。


「ど、どこ…?」


「あそこ。ギルド嬢の前にいる…背のちっこい…」


「あ………」


見つけてしまった。

灰色の髪。

猫背気味の背中。

薄汚れたコート。

全て見覚えのある…最後に見た少年の姿のままだった。

だが、彼の唯一の武器である杖を携えていないようだった。

どこかで落としたのだろうか?


「ほら、行くぞ」


「ちょ、ちょっと待ってよ、まだ心の準備が」


「いーから、いーから」


コルに背中を押されてしまっては逃げ道がない。

どんどん少年との距離が近くなっていく。


「ほれ!!」


最後の一歩は強烈に背中を押された。

あまりの強さにリブは前のめりに少年の背中にぶつかってしまう。


「っ!」


機嫌の悪そうな少年の顔に出くわした。


「あ、っと…その…」


「………」


「久しぶり…。やっと会えて、良かった」


「………」


相変わらず少年は無口だった。


「その、あんた、大丈夫?」


「………」


「つ、杖は?見当たらないけど、なくしちゃった?」


「………」


「えっと…記憶は戻った?」


「………」


「怪我、とかない?」


「………」


「ずっと…どこにいたの?」


リブは頭の中でそうじゃない。謝りたいんだ、と訴える。

だが、どうしてもその一言が口には届かない。

そんなことを繰り返していると、呆れた様子で少年は深いため息をついた。


「……聞きたがり」


「ちがっ…!私はあんたのことを心配して!」


「………うそ。どうせ誰かに探せとか指示されてんでしょ?あんたは自分が救われたいがために言ってるだけ」


「そんなことない!わ、私は!」


「まーまー、落ち着け!な!?喧嘩するために、来たわけじゃないだろ?ナナシも今日はよくしゃべるなー!元気になってなにより!」


またヒートアップしそうなところをコルがよっと前に出てきて止めてくれる。


「ほら、リブ…。言うこと、あるだろ?」


「うっ……」


「なに?」


「こ…この前は…その、言いすぎた。私も反省してる…。頭に血が上っちゃって、思ってもないこと言って…ごめん」


「は…?『思ってもないこと』…って、なに?」


「だから、それは…その…好きな場所に行けば、とか、出てけ、みたいな…こと言ったから」


「僕、思うんだけど。咄嗟に出る言葉って常々思ってないと、すぐに出てこない、よね?」


「……っ!」


少年の鋭い一言にリブは言葉を失う。


「おいおい、そんな言い方ないやろー。アッハッハー」


コルは笑ってごまかそうとするが、二人の間を取り持つことはできない雰囲気になっていた。


「なーんちって…」


なんて言いながら、後退りをした。


「…まあ、いいや。別に僕はあんたの行動に興味ないし。あんたの言葉通り、好きにさせてもらうことにした」


「好きに…って。あんた、どこに行くつもりよ」


「居場所を、見つけたから」


「なに、それ?」


少年はふっと笑った。

嘲笑ったと言った方が正しい微笑。


「邪魔」


ギルド嬢と話している最中だった少年は、持っていた大きな袋で二人を押し除ける。


「なによ…」


「あんたには、関係のないこと」


少年から袋を受け取ったギルド嬢は、袋を逆さまにする。

どさどさどさー

そこから出てきたのは大量の魔物たちの体の一部。

見たこともない色の鱗や、腕、爪…。


「嘘…」


この前まで解体シーンに吐いていた少年とは思えない変わりっぷりだった。

よく見ると、ここは討伐系依頼内容の回収を専門としているギルド嬢の窓口だった。


「本日も依頼内容の確認が取れました。ありがとうございます。こちらが今回の報酬になります。引き続きよろしくお願いしますね」


ギルド嬢はゲテモノに驚くことなく、笑顔を崩さず少年に報酬を手渡した。

ジャラリと音の鳴る小袋は、金貨満タンだ。


「すっげー!初めて見たぜ?!これ、クリスタルリザードの鱗じゃん!お、こっちにはミスリルの爪もある!!ってことは、ウェーンウルフか?!」


「ちょっ…これ、一体、どういうこと?」


「依頼内容だけど、何か?」


「そう言う意味じゃなくって!!あんた、そういえば変な魔物連れてるって有名になってるそうじゃない」


「ああ、『サーペント』のこと?」


「サー…ペント…?それが、あんたの従えてる奴のこと?そいつに全部やらせたの?」


「だったら、なに?」


「そんなの、ズルじゃん。他のみんなは一生懸命自分に見合った依頼をこなしてるってのに、あんたはただ見てるだけで報酬もらえるって…」


リブがなにを訴えても少年の心には響かないようだった。

彼はリブたちを無視して、依頼掲示板の前に移動する。


「羨ましいの?」


「ナナシ、あんた…」


「………うざい」


「なんですって!!」


「どーどー」


ギャーギャーと騒ぐリブに耳を塞ぎながら、少年は一枚の依頼書を掲示板から剥ぎ取った。慣れた手つきで用紙を受付に手渡す。


「この依頼、受ける」


「かしこまりました。すぐに手配いたしますね」


「はあ?…これ、難易度Bランクの依頼じゃん。こんなの受けて、あんた大丈夫なの?」


「もうずっと受けてる」


ギルド嬢は受け取った用紙に受理スタンプを押す。


「なにか思い出したの?」


「なにも」


「じゃあ、なんでいきなり仕事なんて…」


「誰にも邪魔されず、平穏な日々を過ごしたいから」


少年には依頼内容の控えを渡す。

内容は森に出る凶暴な木の魔物…トレント10体の討伐。普通の木と違いが分かりづらいため、犠牲者が後を絶たない。

トレントの目撃情報が多くなってきたため、ギルドから依頼が出された。

しかし、凶悪かつ捜索が困難な依頼から、なかなか冒険者は手を出さず、ずっと放置されていた依頼だ。

繁殖生の高いトレント。

おそらく今は10なんて数じゃなく、50にまで増えていることだろう。


「………ギルド嬢さん。質問なんですけど、良いですか?」


「はい」


「こいつのランクっていくつですか?」


「申し訳ありません。個人情報ですので、お答えできません」


「タグに登録されている名前とか分かります?前回、エラーが起きて調べられなかったと思うんですけど…」


「はい、そのバグは既に解消しております」


「調べてもらうことって可能ですか?」


「申し訳ございません。こちらも個人情報ですので、私たちがご本人または親族の方以外に開示することはできません」


「…そう…ですか」


さすがお役所仕事だ。

頭の固いことで…とリブはため息をついた。


「あんた、本人なんだから、名前くらい聞いたら?」


「…いい。興味ない」


「興味ないって…自分の名前でしょ?」


「自分が誰かもわからないのに…情報だけもらったって空っぽのまま。なにも変わらない」


「でも…さ!」


「まあまあ、ナナシがいらないって言うんだったら、いいだろ?そのうち思い出したい時に思い出すって、な?」


頑なに自分のことを知りたがらない少年に、リブは段々と苛立ってきた。

更にコルの激甘な対応にも苛立ちを感じる。


「最後にもう一つだけ質問してもいいですか?」


「はい、もちろんです」


「確か、ランクが見合ってなくても、パーティーの中にランクに適した人がいれば自分のランク…20kmの領域を出ても問題ないって言う規則でしたよね?」


「はい、リブさんはDランクなので、街から20km離れた場所でしか依頼はこなせません。ですが、Cランク以上の方とパーティーを組めば、その方に準ずる領域まで行動範囲が広がります」


これは出来るだけ犠牲者を減らそうとするギルドの既定の一つだ。

リブやコルがいるDランクは20kmが移動範囲だ。

その下の Eランクは5km。最低ランクのFは1km。

あまりこなせる依頼はないが、初心者はすぐに安全な街まで戻ってこれる範囲で依頼をこなしてもらっている。

この規定は自己責任の部分も大きいため、自分のランクに見合わず範囲圏外まで足を伸ばし、重傷を負った場合、ギルドは一切の責任を持たない。

ギルドの保身と自身の保身のため、守るべき決まりとなっている。


「ちなみにCランクは30km。Bランクは40km。Aランクは50kmまでとなっております。Aランクでしたら、隣街まで向かうことは可能です」


説明を受けた後、リブは少年の首筋に腕を通す。


「じゃあ、こいつとパーティー組ませてください」


「よろしいのですか?一人当たりの報酬は減ることになりますが…」


「でも、ついでにいくつかの依頼を同時にこなしてもいいんでしょ?」


「はい、もちろんです。この依頼の他に何か受けますか?」


「Dランク相当の依頼をいくつか持ってくる。それでいい?」


「もちろんでございます。では、そのように登録させていただきます。3名でよろしいでしょうか?」


「俺も!!??俺はいいよ、遠慮する!!」


「いいわよね?」


「…勝手にすれば…」


「よし!ほら、コル…出しなさい!」


パーティーの登録はギルドでしか行えない。

ギルド嬢が持っている真っ黒な盤の上にお互いのタグを置くと、青い魔法陣が描かれ、登録の処理が始まる仕組みになっている。

リブは逃げようとするコルの首にぶら下がっているタグをグイッと引っ張る。


「3人でパーティー登録をいたしますので、今しばらくお待ちください」


「お、お姉さん、俺は…」


タグごとリブに首を絞められながら、コルは必死に抵抗を試みる。


「登録の手続きが完了いたしました」


「俺、も…?」


「はい、もちろんでございます」


が、時すでに遅し。

パーティー登録は簡単に終わってしまった。

コルは今年一番の大きなため息をついた。

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