第10話

「もう10日も経つな」


「そうね」


朝食の話題は日数から始まる。

リブは10回目になるこの会話にうんざりしていた。


「ギルドは何か言ってたか?」


「………」


父・ユウゴも幼なじみのコルも、毎日時間があれば名前のない少年のことを探し回っている。

お人好しだ。皆、お人好しだ。


「…リブ…」


「わかってる!!わかってるわよ!!ちゃんと探してるじゃん!私が!責任持って!!ちゃんと見つかるって!うっ…」


リブは朝食のジャガイモを喉につまらせる。

熱くなりすぎた。

水を喉に通しながら、胸をトントンと叩く。


「……見つからなかったら?」


「………そ、れは…」


「あの子は、自分の居場所がない。いや、分かっていない。お前のように最初から用意されていたわけじゃないんだ。だから、俺たちが居場所を作ってあげる必要がある。ここがあの子の帰る場所だと。安心して、過ごせる場所だと」


「もしかして私って…恵まれてる?」


「俺がいる限り…貧乏でも笑っていられて、帰る場所もある。俺たちにはそれだけで十分だろう?」


「当たり前の幸せってやつ?」


「その当たり前がないやつもいるから、その場所を作ろうと言う話さ…心当たるがあるだろ?」


「……頑張る…」


「見つけられそうか?」


「うん…」


リブにはユウゴに多大な恩がある。

だから、絶対にユウゴの望みを叶えたいと決心している。


「いってきます」


「いってらっしゃい」


茹でたジャガイモを食したリブは、今日こそ少年の姿を確認しようと立ち上がる。


「絶対に……」


ー…


と言っても、そう簡単に見つかるものでもない。

まず街が広すぎる。

危なそうな路地裏は顔を出すくらいしか出来ないし、1日で往来できる距離も限られている。

子供の足では限度がある。

せめて馬車に乗れれば…。


「お金さえ…あればなぁー…」


はぁ、とため息をつきながら、リブは日課であるコルの畑に立ち寄った。


「コルー!」


「おー、リブか」


農家を勤しむコルの元にはギルド以上の情報が手に入る。奥様方の情報網は侮れない。

分からないことは大抵コルに聞けば、なんとかなる。


「あいつの噂、何かあった?」


「いんや〜…。俺の情報網には引っかからねぇよー。けどよ、面白い噂話があってよ。聞くか?」


「はあ?なんで私が頼んだこと以外の話に興味持ってんの?関係ない話は聞く気ないわよ!」


「おーおー、カッカしてんなー。生理か?」


「本当にデリカシーのないやつね。腕の一本曲げてあげようかしら?」


「ま、待て待て。焦るな、焦るな」


「焦ってないわよ。焦ってるのは、あんたの方。額からの汗、尋常じゃないわよ」


「お前が物騒なこと言うからだろ〜」


落ち着けと言いながら、コルは自分の畑から取れたリンゴを差し出す。


「で?」


真っ赤に染まったリンゴは、艶がありとても美味しそうな見た目をしていた。

今にでもかぶりつきたいが、ユウゴにも分けてあげようと、誘惑に打ち勝つ。


「結局、聞くんかい。あ、なんでもないでぇ〜す。…い、いやさ、最近、見たこともない魔物を連れてる上級テイマーがいるって話なんだよ」


「テイマー…?テイマーならそこら辺にたくさんいるじゃない。見たこともない魔物連れてるやつだっているでしょ?」


「話は最後まで聞けって。俺の知り合いが見たって言うんだけどよ、そいつの見た目はもろ魔術師。しかも、ソロ。剣士もなしと来たもんだ。それだけでも驚きなんだけど、魔術師がテイマー!?みたいな。セカンドジョブなんて初耳なわけよ」


「…魔術師…ソロ…」


「俺も必死で頑張ってるけどよ、魔法を憶えんのもめちゃくちゃムズイし、魔力の制御に集中力が必要なわけだ。剣士として戦いながら、魔法なんて難易度高すぎなわけだ。テイマーも同じ。魔力を操作しながら、自分の魔獣と意思疎通しなきゃなんねー。脳が2個ねぇと無理だぜ」


「…もしかして…」


「で、よー…。その魔術師が連れた蛇みたいな魔物が、Bランク級の大型リザードを一飲みでぱっくり、食っちゃったんだとよ。やばくね?魔獣に依頼こなさせて、自分は高みの見物…報酬は全部自分のもの。いいよなー、俺も楽して稼ぎてー!」


「…そいつは、どんなやつだった?」


「そいつ…?うーん、目が合った瞬間、どっか行っちゃったらしいぜ。なんか、こう…辛気臭くって、近寄るなオーラ出してたとか…俺らとそう変わらんくらいの歳だとか」


「それ、多分、ナナシ。ってか、絶対、あいつ」


「え!?ナナシ!?マジか!え、あいつそんなすげーやつなの?」


「知らない。何か思い出したんじゃない?…でも、良かった…生きてたんだ…」


「早とちりはよくねぇぞ?もしかしたら別人かも…」


「ギルドに顔出ししてる連中は、全員顔見知りでしょ。家族みたいなもんでしょ。相手のことを知らない訳ないじゃない。そのあんたの知り合いが知らないって言うんだったら、最近、この街にきた人間…。しかも…陰気でジメジメした一人ぼっちの魔術師って言ったら、あいつでしょ。あいつ以外いないっしょ」


「おー、すげぇな。お前のこと、脳筋だと思ってたけど、見直したわ。完璧な推理じゃん。当たってるといいな!」


「当たってないと、困るわよ」


「けど、ナナシに会ったら、あの時のことちゃんと謝れよ。あと、すぐに切れる癖、やめた方がいいぞ?」


「分かってるわよ!悪いって思ってる。だから、ずっと探してたんじゃん。会って…謝ろうと思って…」


「お前が…?」


「…あいつ、意地っ張りで性格悪いけど、きっと内面ボロボロ。いきなり知らない場所に来て、混乱する暇もなく家出しちゃって…」


『その原因作ったのお前だと思うけど』


少年の家出の9割はリブに責任があると言っても過言ではない。

口にすれば殴られそうなので、コルは心の中に留めておくことにした。


「お父さん曰く…貧しくったって、明るく笑える私らがいるように、あいつも心の底から笑わなきゃいけないんだって…それには、居場所が必要なの。あいつが、思いっきり笑える、場所」


リブは赤く染まったリンゴに映る自分の姿を確認する。


「でも、やだなー。会ったら絶対喧嘩しちゃう…。あいつを目の前にすると、すごくイライラしちゃうんだよね。その後、めちゃくちゃ後悔してモヤモヤしちゃうんだけど…」


「大丈夫だよ。その辺は俺がフォローしてやるから」


「珍しく、なんか、優しいじゃん…。ねえ、一個だけ…ぶっちゃけていい?」


「ん、お、おお。なんだ今更」


「実はさー、私、親がいないんだよね」


「は!?なに言ってんだ?親父さんがいるじゃねーか」


「血は繋がってない。私が3歳くらいの時、ギルドの前に置いていかれたの」


「え!?まじで。俺、生まれた時からお前と一緒な気がしていたぜ…」


「ほとんど記憶に残ってないでしょ。私だって、あんまり覚えてないんだし」


そう。

リブだって最初は自分の居場所がなかった。

名前のない少年のように、親切にしようと接する他人に噛みつき、周りを困惑させた。

私に近づくな。構うな。放っておけ。


『お母さんは戻ってくるの!なんで、なんで諦めろみたいな顔するし!!なに様のつもりよ!!』


そんな態度で相手と接していれば、段々と人が離れていく。

一人、二人…最後は誰も相手をしなくなっていた…。


「でも、そんな中、お父さんだけは私のことを見捨てないでくれたの。周りがどんなに呆れても、やめろって言っても、お父さんは最後まで私のことを預かるって引かなかった。お父さんって人が良いからさ〜。実の娘でもないのに、子供の育て方も知らないくせに、私の居場所になってくれたの」


ユウゴは根気強くリブに接し、自分の子供のように可愛がってくれた。

今、こうしてリブが二本足で立って歩いていられるのは、彼のおかげだ。

繋がりを作れたのも、ユウゴのおかげだ。


「お父さんがいなければ、私に居場所はなかった。ナナシのことは嫌いだけどさ…お父さんの真剣な目を見て気づいちゃった。過去の自分も同じことしてるくせに…ナナシにあんなこと言っちゃうなんて、本当に馬鹿だよね」


「成長したじゃん」


「まあ、ね…。そう、だから、死にたがりを放っておくわけにはいかない。あいつに…心から良かったって思える居場所を作るまで」


「絶対に喧嘩すんなよ」


「うっ…それは…その、自信がない…」


「抑えろよ」


「努力は、する」


コルは反省した様子のリブを見て、彼女の頭をぽんぽんと軽く叩いた。


「了解。じゃあ、行かないとな」


「え、どこに?」


朝の水やりは終わったらしい。

コルは首に巻かれたタオルを柵にかけ、麦わら帽をリブに預ける。


「決まってんだろ!ギルドだよ!!」

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