第9話

「っ…」


ぼんやりと目を開く。

真っ暗で何も見えない。

しかし、人の気配は感じ取れた。

ゴソゴソと何かが動く音。

人の声、すすり泣く声が聞こえてくる。


「なに、ここ…」


段々と目が慣れてきてようやく認識することができた。

が、理解することができない。

なぜなら、少年は檻の中に収容されていたからだ。


「うぇーん!お母さーん!どこー?!」


「ママー!!」


「もうダメだ…もうダメだ…」


自分と同じ年か、それ以下の少年…自分を含めて5名。

同じ檻の中に閉じ込められていた。

皆同様に泣き叫ぶ。


「レディース エーン ジェントルマーン!!」


「…!」


拡声器で張り上がる声と歓声が聞こえてくる。

声の聞こえてきた方にはカーテンがあり、その隙間から明かりが覗く。


「って言っても、レディにこんなところ案内するわけないけどな。さあさ、むさ苦しい男ども!今宵も始めるで!!準備はえぇか?」


カーテンがバサッと開く。


「なにさ…ここ…」


「ここは…地下闘技場…。大人たちがね、僕らが死ぬのを楽しむ場所…。僕は前回からいたから知ってるんだ…うっうっ…僕たちはここで死んじゃうんだ…」


同じ檻に閉じ込められていた男の子の一人が泣きながら説明する。


「闘技場…?」


罵声を浴びせる男たちは皆ビールと金を片手に下品に笑っていた。


「今日の獲物の登場や!この中で生き残るのは誰やろなぁ?1番から5番まで活きのえぇの取り揃えたさかい。じゃんじゃん賭けよ!!」


なまりの強い口調。聞いたことがある。


「ヴル…」


とか呼ばれていた男のはずだ。

リブたちの薬を買っていたあの怪しげな店の店長。

人の売買はしないと言っていたが…あれも嘘だったようだ。

少年が、ヴルを視界に捕えるのと同時に、檻が動き出す。

360度人間の目が刺さる石畳の冷たいホールだった。

酷いタバコの臭いと狂いそうな酒の臭いで頭がクラクラする。


「あ…あいつ」


檻を押すのは、少年を殴ってきた男。

男は檻を中央まで持っていった後、小走りで退場して行った。

檻にのみ強烈なスポットライトが当てられる。


「今夜の狩人は泣く子も黙るキメラや!!連れてくんの苦労したんやでぇ〜。楽しんでもらわんとこっちも商売上がったりや。賭けは終わったか?それじゃ始めるでぇ!!」


ヴルの掛け声で少年たちが出てきた反対側のカーテンがシャッと開く。

そこから出てきたのは、ぬぅっと姿を現したのは異様な魔物。


「き、キメラ…」


男の子の一人が檻の端に逃げようと、足をジタバタとさせる。

キメラ。

魔物と魔物を混合させて出来た魔物。

双頭を持ち、片方は山羊とライオン。体は山羊。尾からは蛇の魔物が牙を向ける。

人を喰らい、魔物を喰らい。

そうして出来た生き物だ。

優秀なDNAのみを体に取り込み、最強の体を作り出す。

噂によると、人間の手によって作られた魔物とも言われている。


「わあ!!」


「……!」


獲物を見つけたキメラは、目を光らせ檻に向かって突進してくる。

早い動き。思いタックル。

山羊の頭の方の仕業だ。

衝撃で檻は横に傾き、ガシャアン!!と大きな音を立てて、反対側の壁に打ち付けられた。


「あ…ぅ…」


少年に説明をしてくれた男の子は、先ほどのキメラの攻撃にやられたらしい。

頭から血を流していた。


「に、逃げろ!!」


強打された檻は変形し、子供一人なら余裕に出れるくらいの隙間を作る。

他の男の子は我先にと、檻から体を捻り出し外に出る。


「だ、だめ…外には…」


前回を知っている少年は、朦朧とする意識の中、小さな声で他の男の子たちを制止しようとする。

が、冷静さを失った子供たちを止めることは出来ず、檻の中で力果ててしまった。

名前のない少年は、小さな亡骸と共に檻の中で動けずにいた。

冷静さは失っていない。

そして、しばらくすると、外では「お母さん!!助けて!!助けてよ!!」「やめて!!痛いよぉ!!」と他の子供達の断末魔が聞こえてくる。

子供たちの悲鳴は、下品な観客たちの野次に飲まれ…段々と声が消えていく。


「………」


このままこの檻の中に隠れていれば、何事もなく終わる。

最後の生き残りは、生きて帰れる。

そのはず…。

静まり返った闘技場。もう誰一人として自分のことなど覚えていない。

と思った矢先だった。


「うっ…!!」


ライオンの生暖かく野生みのある吐息が、檻の外から伝わってくる。

そして、しゅるしゅると伸びてくる蛇の頭。


「今回は早いのぉ…最後の1匹や〜」


「うっわ…!!」


ぐんっと引っ張られた。

キメラのもう一方の顔。山羊だ。山羊は逃げようとする少年の背中の服を噛みつくと、檻の外へ投げ飛ばされる。


「あ…」


周りを見ると動かなくなった男の子たちが転がっていた。

首元を掻っ切られ、腕を引きちぎられ、腹をくり抜かれ。

食う気もないのだ。最初から弄ばれている。


「最後の1匹や!今日の勝者はこいつやでぇ!!ん?なんやなんや、静まりかえりおって…あ?誰か賭けてるやつおらん?ほんまか?!おらへんのか?!しゃーない…残念やなぁー。じゃあ、こいつは用無しやな…」


知らない土地。

知らない建物。

知らない人々。


「………」


なにも分からないまま。

訳もわからず死んでいく。


「…悪くない…」


そんな人生。

キメラが一歩一歩近づいてくる。

不思議と怖くはなかった。


「食べるなら、思いっきり食べてよね。痛いの、いやだし」


死にたがり、と罵られたことを思い出す。

少年は否定しなかった。

事実だったからかもしれない。

諦めた少年は瞳を閉じる。


ー…何人からも、あなたが傷つかないよう、私はあなたを守ります。


「…な、何…」


ファンファーレのように脳に響き渡る声。

神秘的で、凛々しく、曇りのない透き通る声だった。


ー…あなたにこの子を授けましょう。あなたの守護者・サーペントです。この子がいる限り、あなたは傷つくことなく、健やかな日々を暮らしていけます。


「どういう…こと?」


それだけ言うと、頭の中でわんわんと鳴り響いていた神聖な声は消えていった。


「な、なんやこいつ!!急に現れおって!!」


「………!!」


あの一瞬はなんだったのか、と考える暇もなかった。


どしん


と低い音と共に宙から落ちてきたのは、ライオンの頭。双頭を持つキメラの片方だった。


「メエエエエエエェ!!」

ゴキン

何かが折れる鈍い音。

音のする方を見ると、冠のようなトサカを持った大きな大きな蛇がちょうどキメラを飲み込むところだった。


「………」


少年は感嘆のため息を吐く。


「に、逃げろや!逃げろ!!」


闘技場にいた連中は、蛇の魔物から逃れようと一目散に階段を駆け上る。


「…………」


少年の小さな呟きに呼応するように、蛇は少年と同じ黄色の瞳にジュクジュクと魔力を溜め始める。


「……っ……」


蛇は360度闘技場全体に魔力の光線を浴びせる。

蛇の魔力にあてられた人間たちは、一人一人石のように固まり動かなくなった。恐れ慄いていたあの耳障りな声も、なに一つ聞こえなくなった。


「………あ…し、死んだの?」


静まり返った闘技場のど真ん中。

蛇は得意の長い巨体で少年の周りをぐるりと囲む。


「………み、味方…?」

逃げ場のない少年は、壁のように硬い蛇の皮にもたれかかる。

長く細い舌をしゅるしゅると器用に出し入れしながら、少年に生暖かい息を吹きかける。

敵意はないと、蛇は少年に深々と頭を下げた。


「ぼ、僕は…静かな場所に痛い。誰にも関わりたくない。誰にも会いたくない。その場所を作ってくれるなら、僕はなんでもいい…」

少年が蛇の頭に手を乗せると、先ほどと同じ声が少年の頭を貫く。


ー…あなたに巡り会えて良かった。あなたを見つけられて良かった。私がいる限り、お守りしましょう。私はあなたの味方です。


少年に触れられた蛇は、黄金に体を発光させる。


「僕の、味方…」


少年は光り輝く蛇と共に、闘技場から姿を消した。

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