第6話

ここが二人が話していたギルドというやつ。

それは、大通りの一番人が行き来する場所に建てられていた。

立地もいい。

腰を据えた建物はどしんと立派だった。

ウェスタンドアはひっきりなしに前へ後ろへと動く。

儲かっている証だ。


「リブと俺はな、この街で冒険者をしている。俺の本業は農家の息子だけど、いつか世界に名を轟かせるほどの有名なハンターになるっていう夢があるからな。一応、ギルドに名前を登録してるんだ」


「………」


「冒険者として登録されてれば、こんな感じのタグが渡される。何かあった時でもこれが自分の証明になるしな。冒険者はみんな首からかけてるんだ」


ぶつかりそうになった男たちの首からは銀色のタグが吊るされていた。

コルも同様のタグを首から下げている。

これが冒険者の証…


「ここが冒険者用のギルドな。遠慮すんな。入れ、入れ」


自分の家でもないのに、得意げに中を案内するコル。

天井が高い。

リブの家と違って、嵐が来ても倒れなそうだ。

中では人々が発泡酒を片手に好き勝手に騒ぐ。落ち着きのない空間。居心地が悪かった。


「おい、ナナシ。こっちだ」


「………」


連れてかれた先には、大きな看板が立っていた。人だかりができている。

看板には茶色がかった紙たちが乱雑に貼り出されていた。


「これが依頼板。この中から、自分のランクに見合った仕事を選んで、それをこなすと報酬が手に入る。って感じの…簡単なシステムになってる。依頼内容は様々で、難易度の高い依頼から順に貼り出される」


「………」


「一番簡単な…例えば、薬草収集とかは一番下。初心者向けな。んで、討伐系…人に害をもたらす魔物情報が出たら、それをギルドが管理して、冒険者が依頼をこなす。自分の実力を見誤ると最悪死ぬことになるから、ギルドとしては、出来るだけパーティーで受けることをお勧めしてる。それでも死人は出るんだけどな………」


説明してくれと頼んだわけでもないのに、コルはぺらぺらと口を動かす。


「けど、その分、報酬はめちゃくちゃいいし、リブの家だって冒険者としてなんとかやりくりしてんだよ」


説明が終わったかと思うと、今度は別の場所を指差す。

ギルドのど真ん中に位置する高々と積まれた棚。

それを360度、ぐるりとカウンターが囲う。そのカウンターの中には女性が4人ほど立っていた。

気づくとリブはその女性の一人と話し込んでいた。


「依頼は受付のお嬢ちゃんに渡すと受注したってことになる。ほら、今、リブが話してる女の人」


首を斜めに傾げる女性。

その様子で分かる。見合う情報は得られない。


「依頼をこなしたら、受付嬢に報告にいく。討伐系ならその魔物の一部分。収集系は依頼内容のまま集めた薬草だったり、魔石だったりってのを提出する。お、リブが戻ってくるな」


肩を落としてコルの元に向かってくるリブ。

予想的中。

やはり少年のことを知る手がかりは得られなかったようだ。


「なんか分かったか?」


「んー…この街、あとついでに他の街の支店で捜索願いの依頼はあるにはあるんだけど…ナナシの容姿で捜索願いはなかったって」


「この街で何人か子供が消えてるって話は聞くけどな。該当なしか」


「え、なにその話。こわっ!私、知らないんだけど」


「俺の情報量なめんなよ。って言っても、母ちゃんの井戸端会議だけどな」


「主婦層の噂話ね…。真意は定かではないわね。まあ、ナナシに関しては…身分が分かるものがあればいいんだけど…」


リブはちらりと少年を見る。


「あー!あんた、タグ持ってんじゃん!冒険者なの!?ってか、これで見てもらお!!」


「………?」


タグ…冒険者の証。

少年は首から下がっていた見覚えのないチェーンを引っ張り出す。

こんなものを自分は持っていたのか、と少し驚いた表情を見せた。

年季が入っているようで、タグは凹凸が激しく、文字はかすれて読めなくなっていた。

リブは少年をタグごと掴み、グイッとギルド嬢の前まで連れて行く。


「すいません、この子…記憶喪失にあったみたいで…。でも、冒険者ギルドには登録されているみたいだから、このタグ、見てもらえますか?」


「ええ。かしこまりました。ですが、個人情報になりますので、ご本人様しか開示できません。よろしいですか?」


「……僕は…」


「はい!大丈夫です。お願いします!」


「………」


「では」


と、いうと、ギルド嬢は、黒い円盤を机の上に置く。


「こちらにタグを置いてください」


「………」


「ギルドだけが取り扱える特殊な魔導具よ。新規でタグを発行したり、タグの情報を読み取ったり、書き加えたりすることができるの。ランクが上がった時の登録にも使うのよ」


「………僕、興味ないって言ったじゃん……」


「いーから!」


「うっわ…」


力持ちのリブに半分持ち上げられる形で、少年はカウンターに身を乗り出す。

ギルド嬢の胸元と距離が近い。

恥ずかしさから、少年はすぐさま目をそらした。

円盤の上にタグが乗せられると、円盤の上に微かに描かれていた魔法陣が青く発光する。線と線が繋がり、円盤を一周すると、目の前に文字が羅列し始める。


が…突然…


ビーーー!!


と音が鳴り響き、ぶつんと途切れてしまった。


「え?なんで…」


「もう一度、よろしいでしょうか?」


エラーが発生したらしい。

ギルド嬢も今まで経験したことがなかったらしく、慌てて円盤を再起動する。

が、結果は同じ。

2、3度、繰り返してみたが、途中で交信が途絶えてしまうのだ。


「魔導具の故障、ですかね。他のギルドと情報が共有できない…こんなこと初めてです…」


「直せないの?」


「少しお時間をください。エラーの原因を洗い出し、また調査させていただければ…」


「そっかー。残念」


「………」


少年はほっと息を吐いた。

なにも知りたくない。

なにも知らなくていい。

見たくないものには蓋をすればいい。

少年はカウンターから距離を取る。


「はー。結局、分からず仕舞いか。一緒に冒険したかったなー。あんたは、魔術師でしょ?うちら、剣士だからさ、バックアップ欲しいと思ってたんだよねー!強化呪文とか、回復呪文とか!すっごい頼りになるって聞いたよ。あんた、性格に難ありだけど、強いんだったら今までの分、チャラにしたげる」


「………はあ?なんで…いやだよ。…やりたいなら一人でやって…僕を巻き込まないで」


3人は帰路につく。

軽くなった台車をコルが引きながら、少年とリブはコルの横を歩く。

どこか自信のなさそうな少年は、首を落とし、視線は下をむいていた。

故に二人の目線が噛み合うこともない。


「巻き込むに決まってんじゃん。記憶が戻る間は、お父さんがうちに住まわしてあげるって言ってるんだから」


「…上から目線…むかつく…」


「はー?善意で住まわしてあげてるんだから、お金稼ぐのに協力するのは当たり前じゃん!うちだって裕福な家庭じゃないんだから!」

「………僕は頼んでない。あんたらが勝手にやってるだけ。自己満足に、善人ぶって」


「なんですって?!人の好意を踏みにじるつもり?」


「おいおい、リブとナナシ。熱くなんなって!落ち着け」


荒々しいリブの癇癪に、いてもたってもいられなくなり、コルは台車から手を離して、二人の間に入ろうとする。

しかし、コルが入ったところでリブの勢いは止まらない。


「あんたさ、一体何様のつもりなのよ。ずっと黙ってて、傷つくのが怖いですーって顔、やめなよ。困ってるなら、困ってるって言えばいいじゃん。それなのに、平気ぶって強がって…そういうのダサい」


「……あんたに、僕のなにが分かるっていうんだよ…言ったじゃん。放っておいてって。巻き込まれたとか、被害者ぶってるのは…そっちじゃん」


「はあ?!ふっざけんな!」


少年の言葉にカチンときたリブは、思いっきり少年の頬を平手で叩いた。

パシンッという強めの音が響く。


「おい、リブ!やめろ!!」


さらにもう一回お見舞いをしようとするリブをコルが両手で押さえつける。

ゴリラ並みの筋力を持つ彼女でも、大の男の筋力には敵わず、振り解くこともできなかった。


「っ………あんたも…僕を痛めつけるんだ」


目尻に涙を浮かべた少年は、赤く染まった頬を押さえながら、リブを睨み付ける。


「あんた…『も』?」


頭に受けた衝撃で記憶が戻ったのか、とリブは問い詰めようとする。

しかし、当の本人は…


「…も……?…僕、そう言った?…なんだっけ…」


と、自分の発言をあやふやに捉えていた。


「おい、ナナシ。お前、変だぜ。どこか打ったか?」


「……知らない…なにも知らないし…放っておいてよ…」


「ナナシ、お前…もしかして記憶が」


何か思い出しそうな少年の素振りを察知し、コルはリブの拘束を解く。

だが、解き放たれてしまったリブは、少年の混乱を無視して罵声を浴びせる。


「あっそ!!じゃあ、放っておいてやるわよ!!あんたなんか好きなところに行っちゃえば?誰もあんたの帰りなんて待ってないしね!」


「リブ!とまれ!ストップだ。ストップ!!」


「はあ?」


「………うん、そうだね…」


「勝手にすれば!!」


「あ、おい!!ナナシ!!リブ…!待てよ!!」


リブと少年は別の方角を向いて歩き始めてしまった。


「まじかよ…」


さすがのコルも二兎を同時に追うことはできない。

どちらかを追うべきだろう。

コルは少年に悪いと思いながら、幼なじみであるリブの後を追いかける。


自分がもう一人いたら、歩き出したナナシを止めることができたのに、とコルは自分の非力を恨んだ。

少年は振り返ることもせず、走りながら人混みの中に消えていってしまった。

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