第4話

ユウゴも起きたことだ。

朝一の仕事をしよう。

リブはがさごそとユウゴの仕事部屋を漁っていた。


「お父さん、今日はこれでいい?」


「ああ、構わない」


部屋から戻ってきたリブの手には、少し大きめな箱が一つ…さらにもう一つ。


「ナナシ。やることないなら、ちょっと手伝ってくれない?」


「名無しはないだろ。もう少しマシな呼び名をつけてあげなさい」


「だって、名無しだから、ナナシでいいじゃん。あんたもそれでいいわよね?」


「………」


「ほら、否定もしない。嫌だったら断ればいいだけだもん」


「うーむ…」


部屋の外を行ったり来たり、リブは右往左往していた。

時折、あれ?どこ言ったの?など不満げな声をあげて、今にも取れそうな玄関のドアを開閉させる。

しばらくすると、観念したのか、リブは深いため息をついて、ユウゴに少々声を荒立てる。


「そんなことより、お父さん。台車はどこに戻したの?見当たらないんだけど」


「あ、ああ。今日だったか」


そんな返事をすると、ユウゴは玄関とは反対側のドアから外へ出ていく。


「なんでいつもと同じ場所に戻さないの!」


不満が爆発したようだ。


「いっつも言ってるじゃん。使ったら戻してって。探す手間も聞いてる時間も、もったいないの!」


「悪い悪い」


家の中まで届く甲高いリブの声。

いや、こんなに狭く薄い家ならば、響き渡ってしまうだろう。

リブの抗議の声が止むと同時に、ガラガラという音が右から聞こえてくる。

家の前にでも移動してきただろう。

しばらくすると、先ほど出て行った入り口とは逆、リブは玄関から帰ってきた。


「顔洗って!しゃんとしてよ!!」


どこから手に入れてきたか分からない薄っぺらなタオルを少年に投げつけてくる。

水をたっぷり吸い込んだタオルは少年の顔にベチャっと音を立ててクリーンヒットした。


「………」


それでも尚動じない少年に、「マジか」と小さく声をあげ、リブは渋々彼の顔をゴシゴシとタオルで拭ってやった。


「………」


「子供みたい」


リブは小さく舌打ちをした。


「お父さん!取って!」


一用事済ましたユウゴが裏の玄関から帰ってくる。

彼の立っている場所は洗面所に近い。

リブはちょうどいいと、父に向かって濡れたタオルを投げつける。


「おいおい、荒々しいな」


力強く投げられたタオルは、ユウゴの服にしばらく吸着された。水分が抜け切っていないタオルは彼のシャツをビチャビチャに濡らす。


「ああ…」


運動神経は良い方じゃない。

いきなり投げつけられても、キャッチできない。

少し不甲斐ない父親だ。

残念ながらタオルは土埃が激しい床に落ち、持ち上げた頃にはどす黒く汚れてしまっていた。


「これじゃあ使い物にならんぞ」


「お父さんがうまくキャッチできればよかったのにね」


「俺のせいか」


ユウゴは、とほほと肩を落とした。


「まあ、いいわ!その辛気臭い顔でも、役に立ってよね。タダ飯分は働きなさい」


リブは気を取り直して、少年の手を掴む。

グイッと椅子から引き剥がし、無理やり立たせた。


「台車を前に移動させたから。この荷物を全部台車の上に乗せておいて。落としたりしたら…ただじゃおかないんだからね」


無理やり連れ出された外は眩しかった。

強い日の光に少年は顔をぐしゃっとさせる。


「ボーッとしないで、さっさと乗せて」


リブに急かされながら、少年は無感情で台車に箱を乗せていく。

顔には出さないが、意外と重いらしい。

持ち上げるのに時間がかかっていた。


「おはよーさーん。今日も朝から元気だな。お前の声、俺の家まで届いたぜ。ほい、朝採り野菜の直配だぜ」


「おはよ、コル。今日もありがと」


「困ってる時はお互い様だからな」


きらりと光滴が乗る野菜がカゴいっぱいに詰められていた。

緑・赤・黄色。

宝石のようだった。

コル、と呼ばれた少年は、そのカゴをリブに手渡す。

藁でできた帽子を被り、首にはタオルがぶら下がる。顔と服には少々の泥。朝からの労働が大変だったのか、シャツの首回りは汗染みができていた。

太陽の下で労働を強いられているせいか、元気な肌をしていた。


「あいつはコル。私の幼なじみ。農家だっていうのに、ずーっと魔法に夢見てる。いつか魔術も使える剣士になるんだとか。けど、腕っぷしは女の私以下。あいつには畑作業がお似合いよね」


リブにまた腕を引っ張られ、コルの前に連れて行かれる。

ついでに野菜の入ったカゴを少年に預ける。


「玄関の脇に置いてきて」


まるで奴隷だ。

だが、少年は言われるがままに野菜を胸に頼りない足取りで家の中に戻る。


「全部聞こえてるからな」


「あら。ごめんあそばせ」


「お前に高貴な言葉は似合わねーぞ。じゃじゃ馬娘って、いった!!」


歯向かうことはできないようで、避けることもできただろうリブの攻撃を甘んじて受ける。


「こぇー…で…そいつは?」


戻ってきた少年とバチっと目が合う。

少年は咄嗟に目を逸らした。


「よっ!」


構わずコルはニカっと白い歯を向ける。


「昨日から転がり込んだ死にたがり。名前はないみたいだから、ナナシって呼んでる」


「不便だな」


「可哀想に思うんだったら、つけてあげれば?」


「冷たいやつだな、お前」


「………」


「なによ。私に勝ってから物申してくれない?」


「たはは〜」


「まあ、ちょうどいいから、あんたも手伝って」


「え!?俺、まだ今日のノルマが…」


「つべこべ言わずについてこい!」


「はい…」


最後の箱をどさっと台車に乗せた。


「コルは後ろを押して。ナナシ、あんたは力なさそうだから、荷物が倒れないように見てて」


先頭はリブ。

彼女が台車のハンドルに手をかけ、前に引っ張る。

同時に、コルが後ろから押し出すと、ガタンと音を立てて前に進み始めた。

荷物が少し横に揺らぐ。が、落ちるほどではない。

石畳の地面と台車は相性が悪く、一歩進むごとにガタガタと音を立てる。


「あと少しで壊れるぜ、これ」


リブの家の台車は、鉄が混じるこの時代に似合わずいまだ木製。

木製のタイヤでは歩くたびに、足が研磨されてボロが出て強度が日に日に落ちていく。


「しょうがないじゃなーい。今月も厳しいの…。壊れるまで我慢する」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る