第3話

ユウゴが席を外している間、少年は家の中を隅々まで目を通す。


自分を怪しげに睨みつけてくる視線がうるさい。

少年はリブの刺さる視線を遮断し、奥の部屋に視線を移す。

壊れた扉の向こうには、たくさん積まれた本と薬草の入った袋が見えた。


「………」


「気になる?あれは傷薬を作ってるところなの。ここは冒険者も多い街だから、傷薬が一番売れる。他にも風邪薬とか、解毒剤とか…色々あるわよ」


「………」


「分かる?お父さん、お医者さんなのよ。たくさんの人に求められて生きてるの」


「………」


「だから、あんた運が良かったわね。すぐに良くなるわよ。記憶喪失だって、速攻思い出すんじゃない?だって、お父さんに診てもらえるんだから」



「………」


「なんか思い出した?ねえ、ねえ」


「………」


「もー…。どういう性格したら、あんたみたいな人間できるわけ?」


「………」


「いい加減にしなさい。迷惑がっているぞ」


「あてっ!」


リブの頭を軽く小突きながら、ユウゴが風呂から戻ってくる。

リブ同様、体は寒そうに震えていた。

ユウゴは暖炉の前に腰をおろす。


「違うの!お父さんのすごいところを紹介してたの!」


「俺はそんな偉い人間じゃない。治癒魔法も使えない、なにも持たないただの人間だ。これだって続けていられるのは、昔の無駄な知識があるから出来ているだけだ。大したことじゃない」


「………」


「それでも、出来る人間は限られてる。お父さんは、立派な名医だよ!」


リブに褒めちぎられ、ユウゴは苦笑いを浮かべる。

謙遜を代表する男だった。


「…わかった?そういうことなの。だから、お父さんの手間をこれ以上増やさないでよ」


「俺は手間だと思ってない。気にするな」


濡れた髪をユウゴに撫でられ、リブは少し恥ずかしそうに視線を逸らす。


「子供じゃないんだから!」


「そうだったな。…さて、そろそろ寝るか」


「………」


「まだ動く気にはなれんか。眠くなったら寝ればいいさ。俺たちは寝室に行かせてもらうが、何かあったら声をかけてくれ」


「………」


「おやすみ」


「おやすみー」


「………」


リブとユウゴは少年のために暖炉の火を消さず、そのまま奥の自室へと入っていった。

少年は暖炉で揺れる火を見つめながら、ただただ時間が過ぎるのを待っていた。



次の朝ー…


「あ〜…朝か〜」


目をこすらせながら、ベッドから這い出る。

リブのベッドは父と一緒に作った大作だ。

頑丈な木を選び、金槌とクギで作り上げた。

かれこれ10年はこれを使っている。


ここまで必死こいて作ったはいいが、肝心なマットレスまでには気がいかなかった。

調べてみると意外と高い。

憧れのベッドを手に入れたはいいが、望みの寝心地を得られるのは簡単には行かなかった。

幸いなことに、友人が壊れかけの薄汚い中古のマットレスを無償で譲ってくれた。

スプリングはボロボロ。シーツをめくれば生地も剥げかけてきている。

だが、そんなことに対し、文句をいう暇も、新しいのを買う余裕もなかった。


リブの朝は早い。

まだ日も上がりきっていないが、顔を洗いに洗面所に向かう。

炎の力が宿った魔石が壊れてかれこれ3ヶ月。

そろそろお湯が恋しくなってくる。

本格的な冬が到来する前に最優先事項で新しい魔石を買わなければならない。

マットレスより重要だ。


「はー…いくぞ!」


だから、顔を洗う時も気合の言葉をかけてから挑まなければいけない。

顔に当たった冷水が一気に目覚めを告げる。


「ひー!つめたっ!!」


二度、三度、顔に冷水を浴びせ、頭も心を完全に覚醒させる。


「………あ……」


すっきりさせた脳に、昨日のとある事情を思い出した。


「………おはよ…」


昨日拾ってきた少年だ。

名前も、住所も、何も知らない。

嘘か真か信じていいのか不明だが、記憶喪失らしい。


「………」


昨日と同じ場所に座り、気力のない眼でリブを見る。

消火された暖炉。

黒い木がうっすらと煙を上げているだけだった。


「もしかして、あんたずっとそこにいたの?寝てないの?」


「………」


だんまりが好きらしい。

必要以上に話はする主義ではないのだろうか。


「あー!ってか、スープ!まだ食べてないじゃん…言っとくけどね、私たちにとって、食事はめちゃくちゃ貴重なの!タダじゃないの!分かってる?」


「………」


「病人だから優しくしてあげるけど、私、うじうじしてるやつ嫌いなの。さっさと食べて元気になったら、速攻出てってよね」


「………」


「私たち貧乏人はね、生きていくだけで必死なの!生き抜くために冒険者なんて不安定な仕事をしながら、なんとか生きながらえてるの!分かる?」


「………」


苛立ちを隠せずにリブは少年に詰め寄る。


「………はっ」


少年は鼻で笑った。


「なにがおかしいの?」


「………必死に生きるくらいだったら、死ねばいいじゃん…」


無気力な少年を前に、リブは彼の胸ぐらを掴んだ。


「私らを笑うな」


真剣な眼差しで、生を諦めている少年に怒りの声で訴える。


「死にたがりのあんたと違って、最初から最後まで正々堂々生きたいんだよ」


「………」


「まただんまり?」


力なくだらんと落ちた腕を見て、リブは少年の服から手を引いた。


「おー…おはようさん。二人とも早いな」


「おはよ。私は早いけど、こいつは早くないわよ。ずっとここにいたみたい」


二人の喧騒に反応したユウゴがダイニングまでやってくる。

遅くまで自室で本を読み漁っているユウゴは、普段、こんなに朝早く起きてくることはない。

まだ眠いのか大きなあくびを一つした。

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