第9話

「お会計まで、申し訳なくて」

「いえいえ、大事なお客様ですから」

値段は見なかったが、今日のおしゃれ代と同じくらいかかったかもしれない。スーパーの500円ワインしかの飲んだことのない私が、フランス産の高価な赤ワインを飲ませてもらった。どう表現していいかわからないが、いくら飲んでも、ワル酔いしないような、深酒した時の頭痛がなくて、程よいトロミが喉を潤すようなワインだった。

小黒さんは慣れたように、ボルドーのどこそこで、ブドウの品種はどうだとかいって、注文していた。

まるで知らない世界だった。


「それでは、今日はこれで」

小黒はそういって、頭を下げると

「次は具体的に銘柄選定しましょう。またどこかで待ち合わせしましょう。ところで、今日の桃子さん、すごくきれいで、びっくり、です。あ、なんか、失礼なこといっちゃいました、ハハ」

酔っていた。少なくとも私は酔っていた。

彼の白い歯がこぼれたのを見て、もう耐えることができなかった。彼の「綺麗」の言葉がすべてを許した。


なぜか、彼はそのホテルに部屋をとっていた。

なだれ込むように、ドアを開け、そのままベッドに押し倒された。

「桃子さん」

彼は何度もそういって、私の全身に顔を摺り寄せた。身体がこれ以上ないくらい火照るのを感じた。

まだ2度目なのに。

男の臭いはいったい何年ぶりだろう。


桃子は彼が求めるまま、すべてを差し出した。


「桃子さん、彼氏、いるの」

放心して目を閉じている時だった。

「え?」

あなたは?奥さんは?と反応する間もなく、

「僕はバツ1」

と彼はいった。

「ひとりです」

「そう、よかった」

桃子も、よかったと胸のうちでつぶやいた。

「また、会えるかな」

「いつでも。私、予定ないんです」

「あさって会えるかな」

「はい」

小黒はそれをきいて、すぐに唇を寄せてきた。桃子ははにかみながら、それに応じた。

その日だけで何度抱かれたか、わからない。

翌日の、日曜日の朝、朝食に出かける頃には、何年もつれそった夫婦のように、彼の腕にまとわりついていた。

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