第76話 逆転判決
「天地を開闢せし絶対崇高なる神、虚無と混沌に揺蕩う無垢の輝き、罪業深き者に代わりて我は冀う、奈落の奥底を照らし清めたまえ、『リヴァージン!』」
俺は神への祈りを捧げる
詠唱は即興で思いついたものだが、こんなに多くの人の前で詠唱するのは初めてなので死ぬほど恥ずかしい。
やがてアナスタシアの身体が魔法の成功を示すように青白く光った。
「むむっ、何だあの光は!?」
魔法の発動エフェクトの光を見た裁判官が訝しむ。
マズい、ばれる前に早く確認してもらおう。
「あ、あの光は神への祈りが通じた証しです。さぁ、早く確認してください!」
「いいだろう。ではじっくりと確認しようではないか」
下卑た笑みを浮かべる裁判官がアナスタシアに近づくと、おもむろに囚人服の裾をたくし上げて確認し始めた。
「い、いやあああああああ!」
アナスタシアの悲鳴が中央広場に響き渡る。
耐えろ、アナスタシア! ここはどうにか耐えるんだ!
「うおおおおお! いいぞいいぞー!」
「おい裁判官、邪魔だ、どけ! 見えねーじゃねーか!」
「うひょおおおおお! 何かすげーエロくね?」
「ぐへへ、ピンクだピンク! 超ピンク!」
「やったぜ! 今日はこれでいいや!」
群衆のあちこちでそんなヤジが飛んで大盛り上がりだ。しかも、心なしかみんな前のめりになっているように見える。
「むむっ! そ、そんな馬鹿な! 純潔……だと!?」
ねっとりと舐めまわすように確認していた裁判官が驚きの声を上げた。
「あ、あり得ない! そんなことは絶対にありえない! この前私が確認した時は確かに純潔ではなかった! それなのになぜだ!?」
裁判官は何度も何度も確認するものの、その結果にどうにも納得がいかない様子だ。
いやいやいや、もういいだろう。何度確認しても同じだっての。俺の魔法でアナスタシアは完全に純血に戻ったのだからな。
「どうです、裁判官。これで彼女は純潔で、敬虔な信徒であることが証明されましたよね?」
「ぐぬぬ……。こんなのはインチキだ! 私は絶対に認めんぞ! この者は敬虔な信徒を騙り神を冒涜した重罪人なのだ!」
裁判官は顔を真っ赤にして喚き散らした。
このおっさん、どうしてもアナスタシアを重罪人に仕立て上げたいのか。
どうする? こうなったら、もう力ずくでアナスタシアを助けだそうか。
そう思い拳を握りしめると――。
「おいおい、純潔だってのにそりゃねーだろ!」
「そんな可愛い子を処刑するんじゃねーよ!」
「インチキはテメーの方だ、裁判官!」
「その子はどう見ても無罪だ、無罪!」
「そーだ、そーだ! むーざい、むーざい!」
群衆から激しいブーイングと無罪コールが沸き起こった。
「ええい! 静まれ! 静まらんか! こ、ここは神聖な法廷の場であるぞ!」
裁判官は激しく狼狽えて制止するものの、その声は群衆のヤジに掻き消されてしまう。
「裁判官、ここにいるみんなも彼女が純潔であると認めています。これでもまだ重罪人として処刑するつもりですか?」
「ぐぬぬぬぬ……。被告人の先の処刑判決を取り消し、改めて無罪とする……」
裁判官は不承不承、無罪判決を言い渡した。
「わぁあん! 良かったあああ! 良かったよおおおおお!」
無罪判決に安堵したアナスタシアは、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら泣き叫んだ。
こうして彼女は、どうにかこうにか処刑を免れて無罪放免となったのだった。けどまぁ、何だか別の意味で公開処刑みたくなったけどな。
※ ※ ※
俺は放免となったアナスタシアを背負って家路についた。こいつを背負って歩くのなんて久しぶりだな。
そしてここ数日、ろくな物を食べていなかったからなのか、前に背負った時よりも心なしか軽く感じる。
「……それにしても、散々な目にあったな」
「う、うぅ……、ひっぐ、……ぐしゅん。じゅるる……」
アナスタシアはまだ泣き止んでいないのか、背中から嗚咽と鼻水をすする音がする。
「お前さぁ、あんまり心配かけるなよ。でも、処刑されなくて本当に良かった」
俺としてはこれくらいの言葉しかかけてやれない。
少しの間、沈黙が流れる。
「……スグル。この前はごめん。あと、助けに来てくれてありがとう」
そう言うと、アナスタシアは俺の背に顔を埋めた。
ちょ、おい! 今お前、涙と鼻水でぐちゃぐちゃなはずだよね? しかも、そこでチーンって鼻をかむな!
「だが、やはり貴様が救国の英雄なのは納得がいかん。絶対崇高なる神にこの身を捧げ、祖国フリンスに忠誠を誓うこの私こそ、救国の英雄なのだ!」
そう勢いよく言い立てるアナスタシアの鼻息が首筋にかかった。
さっきまで泣いていたと思ったらもうこれかよ。でも、やっといつものアナスタシアに戻ったようだ。
「おい、勘違いするな。俺のボンクエカードにある職業は、救国の英雄ではなくて救国の童貞だって前にも言っただろう」
「うむ、そうだったな。貴様はただの童貞だった」
「ただの童貞って言うな! けどまぁ、救国の英雄なんて好きに名乗ったらいいし、お前がまた純潔でなくなったなら、俺が何度だって魔法をかけて純潔にしてやるよ」
アナスタシアは黙ったままだったが、俺の肩に乗せた手をぎゅっと握りしめた。
ぐうううううううううう!
そこへアナスタシアのお腹が盛大に鳴り響いた。
「腹減ったな。うちに帰って遅めの朝メシでも食べるとするか!」
「うん!」
今度は背中から元気な声が返ってきた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【あとがき】
作者よりお願いがございます。
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