第72話 またアレをつかませて♡

「ご結婚される方ですか? おめでとうございます。それでしたらあちらの住民課で……」


 市庁舎の総合カウンターで、受け付けのエルフのお姉さんが俺の隣に立っているアルティナを見ていきなりそんなことを言ってきた。


 このお姉さん、前回来た時も俺とアナスタシアを見てそんな勘違いしてたよね。


「は? 何言ってんの? あたしがこんなヘタレ童貞と結婚するわけないじゃん」


 アルティナがキレ気味に答えた。


「ちょ、おい! 人前でわざわざ童貞って言うんじゃない!」

「あ、これは失礼しました。では、ご結婚されるのはそちらの方でしたか?」


 尖った耳を真っ赤にしたエルフのお姉さんは、アルティナの隣りにいるクリス・マキアの方に視線を向けた。


「お姉さん、それも違います!」

「あら、私はスグル君が童貞でも構わないし、結婚してもいいわよ?」


 そう言って、クリス・マキアは妖しげな微笑を湛えた。

 

 相変わらずこの人のこういう発言には背筋がぞくぞくしてくる。しかも迂闊な返答をすると、また国家レベルの何かをしでかしそうで怖い。


「これ、マキア! 我の旦那様に何をしれっと言い寄っておるのじゃ! 旦那様はもう我と結婚すると決まっておるのじゃぞ!」


 総合カウンターのお姉さんからは背が低くて見えないエスタが、自らの存在感を示すかのようにぴょんぴょん飛び跳ねながら息巻いた。


「いや、俺は旦那様じゃないし、お前との結婚なんて決まってないから!」

「伯母さん、スグル君はああ言ってるわよ? なら、やっぱり私と結婚したっていいじゃない」

「ちょっと待ってよ! あたしはそこのヘタレ童貞に胸を見られたの! だ、だから、その……、責任取ってもらいたいんだけど……」


 アルティナまで頬を赤らめてそんなことを言いだした。


「ちょ、おい! ヘタレ童貞言うな! それに、胸を見ただけで責任取れって……」


 けどまぁ、今朝見たアルティナの胸は控えめな大きさだけど形はとても良かった。しかもジャスティスピンク!


 思い出したらちょっと前のめりになってきた。


「ぐぬぬ……。アルティナまでそんなことをぬかしおって! 旦那様と結婚するのは我なのじゃあ! ここには婚姻届もあるのじゃぞ!」


 エスタはがまたいつものように、何の引っかかりもない胸元から婚姻届を取り出すと俺たちの前に掲げて見せた。


 それをよく見てみると、しれっと俺の名前とサインまで書いてあるじゃないか!


「おい、エスタ! 勝手に人の名前を書くんじゃない! しかもサインまで偽装しやがって!」

「そんなのでいいのなら、私も婚姻届書こうかしら」

「マキ姉が書くなら、わ、わたしだって!」

「何じゃと!? このビッチ姉妹め! そうはさせんぞ!」


 こうして総合カウンター前はカオス状態と化した。あぁ、またこれか……。


「あの……、お客様。他のお客様のご迷惑となりますので、夫婦喧嘩、痴話喧嘩でしたら他所でお願いします」


 俺たちは引きつった笑みを浮かべる受付のお姉さんに注意されたのだった。


§§§


 騒ぎを収めて住民課の窓口まで来ると、そこには以前いた犬のケモ耳をしたバウマノイドのお姉さんではなく、うさ耳をしたお姉さんがいた。


 もしかしてあのお姉さんはどこかへ飛ばされてしまったのだろうか。あの時エスタが市長に余計なことを言わなければ……。


「ん? どうしたのじゃ旦那様よ。我の顔をまじまじと見おって。婚姻届を出す気にでもなったのか?」

「なるかよ!」


 エスタはあのバウマノイドのお姉さんのことなどすっかり忘れてしまっているようだ。


 気を取り直して、俺はうさ耳のお姉さんに住民登録をしに来た旨を告げる。


「はぁ? 住民登録したいけど戸籍がない? それじゃできるわけねーじゃん」


 ジト目をしたうさ耳お姉さんはひどくだるそうに答えた。


 え? 何この態度。めっちゃ感じ悪いんだけど。


 そのお姉さんをよく見ると、うさ耳はピンク色をした髪と一体になっているのかと思ったらそうではなく、うさ耳が付いたただのカチューシャだった。


 ってことは、このお姉さんは普通の人間ってわけか。


 そしてその言動から、そこはかとないメスガキ臭が漂う。年齢はわからないけど、見た感じはロリっぽくもある。こんなやつを窓口業務にしておくって、お役所なのにそれでいいのかよ。


 それはそうと、俺の場合も最初は国籍も戸籍もないから住民登録ができないと言われたんだっけ。


 そもそも、クリス・マキアは偽名のクリスティアで住民登録しようとしているわけだから、国籍や戸籍があるわけない。


 どうするのこれ……。なんかもう最初から詰んでるじゃないか。


「しょうがないのう……。おい、そこの小娘よ。市長を呼べ」


 エスタがやれやれと言った様子でうさ耳のお姉さんに市長を呼ぶように頼んだ。


 そうか! 俺の時のようにエスタが市長にお願いするという手があったか。


「あ? 何このガキ。市長を呼べ? 市長と会うには事前のアポが必要なんだよ。ガキが舐めた口きいてんじゃねーよ」

「にゃ、にゃにゃにゃ、にゃんじゃと!? 今ガキと言うたか? 何たる屈辱! 我に向かってそのような口をきいたことを未来永劫後悔させてやるわ!」


 怒りに打ち震えるエスタからどす黒い瘴気が立ち上る。そして両手を前に突き出すと、その先にプラズマを帯びた禍々しい球体が現れた。


「ちょ、エスタ! こんなところでそんなのぶっ放そうとするんじゃない! お、お姉さん! 何でもいいから早く市長を呼んできてください!」

「ええい、どけ! どくのじゃ、旦那様よ! この我をガキ呼ばわりしたことを後悔させてやるのじゃあああ!」

「んだよ、ガキのくせにモンクレかよ~。うぜぇ……」


 うさ耳お姉さんは面倒臭そうに市長を呼びに行った。


「これはこれはエスタ様ではありませんか! 前もって仰ってくだされば、こちらから迎えに上がりましたものを!」


 うさ耳お姉さんが呼びに行ってから数分後、慌てた様子で市長が駆けつけてきた。


「おい、市長よ! ここの職員の教育はどうなっておるのじゃ! そのうさ耳をつけた小娘が我に向かってガキ呼ばわりしたのじゃぞ!」

「なんと、エスタ様にそのような暴言を吐いたのでございますか!?」


 激しく憤るエスタにどやされて市長は惨めなくらいに動揺している。あ、これはまたバウマノイドのお姉さんのようになるんじゃ……。


「ラヴィたそ! このお方に暴言を吐いたって、そ、それは本当のことなのかい? 怒らないから正直に言いなさい」


 え!? ラヴィたそ??


 市長はうさ耳お姉さんのことをそう呼んでおろおろと尋ねた。


「あぁん? そんなの知らねーし。そのガキがいきなり市長を呼べとか言ってきたんだけど~」

「そ、そうなの? じゃあしょうがないよね。うんうん、ラヴィたそは悪くない、全然悪くないからね」


 ふて腐れてるうさ耳お姉さんを市長があたふたしながら必死になだめている。


「何じゃと!? おい、市長よ! そやつのことをかばうつもりか?」

「まぁまぁ、落ち着けエスタ!」


 俺は俺で市長に食ってかかろうとするエスタを必死になだめた。


 うさ耳お姉さんに対する市長の態度を見て、俺はなぜバウマノイドのお姉さんがいなくなったのか、そして、こんな態度の悪いやつがどうして窓口業務をやっているのか何となくわかった気がした。


「――それで、エスタ様。本日はどのようなご用件で?」


 ひとしきりうさ耳お姉さんのご機嫌取り終えた市長が、乱れたバーコード髪を整えながら何食わぬ顔で尋ねてきた。


「……ふん。今日はの、我の身内の住民登録をしに来たのじゃが、訳あって戸籍がなくての。そこでまた市長に相談なのじゃが……」


 そう言うとエスタは市長を少し離れた場所へ連れて行って、何やらごそごそと耳打ちし始めた。


「……で、……じゃから、……ということでどうじゃ?」

「は、はぁ……。しかし、それでは……。はい、……はい。そうなりますと、これくらいはいただかないと……」

「何じゃと? 足元を見おって……。うむ、わかった。なら、これでどうじゃ?」

「かしこまりました。ですが、さらにこちらもお願いしたいのですが……」


 話し合いはかなり難航したようだが、最後には両者の間で何らかの合意に達したようだ。


「おい、マキ……、いや、クリスティナよ。住民登録をしてもらえることになったぞ」

「あら伯母さん、それはどうも」


 不機嫌な顔をしたエスタにクリス・マキアはあっけらかんと答えた。


「ふん、もっと感謝せんか。お主のようなビッチのために、市長にどれだけのパイタケを握らせることになったか……」


 あぁ、俺の時もそうだったけど、やっぱりそういうからくりでしたか。


「しかも市長の奴め、パイタケだけでは飽き足らず、今回は我のスク水姿の写真まで要求してきおったのじゃぞ」

「え? 何それ? パイタケの件だけでもヤバいのに、それって別の意味でヤバいじゃないか!」


 市長め、がめついだけじゃなくて、とんでもない変態ロリコン野郎だな。まぁ、厳密にいうとエスタはロリじゃないけど。


「なぁ、エスタ。お前それ、OKしたの?」

「仕方あるまい。そうしなければ市長がうんと言わんのじゃから……」


 エスタは不服そうに、でも照れ臭そうにぷいっとそっぽを向いた。何だよ、まんざらでもなさそうなその態度は!


 それはともかく、いつもはマキアのことを嫌っているエスタだが、なかなかどうしていいとこあるじゃないか。これぞまさに、姪っ子のためにひと肌脱ぐというやつだな。


 こうして、クリス・マキアはクリスティナとして無事に住民登録できることになった。


 その後、ボンクエにも立ち寄り登録を済ませて、クリスティナも晴れて俺たちのパーティーである《チェリー&ヴァージン》に加わったのだった。


 ちなみに、クリスティナの職業は《亡国の女戦士》になったようだ。


 まぁ確かに、この前は国を滅ぼしかねないことをしでかしたんだから、お似合いの職業だといえるな。ていうか、名称だけなら何だかちょっとカッコいいんだけど。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【あとがき】

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