第71話 クリス・マキアの過去

 再びエスタたちと合流した俺はウォーター市庁舎へと向かった。


「旦那様よ、あの小娘はどうしたのじゃ?」

「あぁ、あいつなら一人で帰るってよ」


 あれから結局、アナスタシアを追いかけることができずに、そのまま一人で行かせてしまったのだった。まぁ、家も近いし一人でも帰ることができるはずだ……多分。


 道中もやはりアナスタシアのことが気になったのだが、そうこうしているうちに山上にある市庁舎へたどり着いた。


 今回ここへやってきたのは、クリス・マキアの住民登録のことについてだ。


 彼女はこの前のインヴィランド軍による侵攻騒動の後、各方面の責任追及から逃れるために、エスタのところへ転がり込んできている。


 だが、いつまでも身を隠しているわけにもいかないとうことで、偽名を使って住民登録しようということになったのだ。


 そんなこと本当にできるのかと思うのだが、もうこの世界なら何でもありのような気がしてきた。戸籍も何もなかった俺でもどうにかなったわけだしな。


「そういや、クリス・マキア。ずっと気になっていたんだが、何で名前にクリスってついているんだ?」

「あらスグル君、私に興味がでてきたのかしら? 知りたいなら特別に教えてあげてもいいわよ。でもその代わり……」


 クリス・マキアは意味あり気に灰色の瞳を妖しく光らせた。


 ぞくぞくっとするほどエロいのだが、俺はどうもこいつが苦手だ。どうせ教える代わりに、私とセックスしようとでも言ってくるつもりなんだろう。


「あ、いえ、結構です……」

「これ、マキア! 何をしれっと我の旦那様に色目を使っておるのじゃ! まったく油断も隙もない女じゃの!」


 エスタが両手を広げて俺とクリス・マキアの間に立ちはだかった。


「つーかさ、クリスってのはマキ姉の友達の名前なんじゃなかったっけ?」


 え、そうなの?


 ――びゅん!


「お、おわっ!」


 クリス・マキアはどこから取り出したのか、エグい形状をした槍を一閃させてアルティナに突きつけた。その際、槍の穂先が俺の前髪を掠めていった。


「ちょ、いきなり危ないじゃないか!」


 俺は前髪を押さえて涙目になりながら抗議するが、クリス・マキアは無視してアルティナを鋭い眼光で睨みつけている。


 さすがは戦を司る神だけあってその威圧感は尋常ではない。


「……ふん。マキ姉、どういうつもり?」

「アルティナ、余計なことを言わないでくれるかしら」

「は? 別に言われて困るようなことじゃないじゃん」


 アルティナもひるむことなく、いつの間にか三日月をモチーフにした大きな弓を取り出して矢筒の矢に手をかけた。


 二人の間に一触即発の緊張感が漂う。


 これはマズい。市庁舎の玄関前ということもあり、ここでこいつらが本気でやり合ったら大変なことになる。


「おいおい、こんなところで姉妹喧嘩はやめろって!」


 俺は武器を身構える二人の間に割って入った。


 武装して睨み合う女神の間に立ってるなんて小便ちびりそうだ。いや、むしろ少しちびってる。


 わずかな沈黙が流れた後、クリス・マキアは小さなため息をつくと構えを解いた。それを見たアルティナも番えていた矢を矢筒へと戻す。


「……まぁ、別に隠すようなことではないわね。クリスというのは私の親友の名前なのよ」


 槍を収めたクリス・マキアは淡々と語り始めた。


「私には幼い頃から仲の良かったクリスティナという親友がいたの。彼女とは何をするのも一緒で、姉妹のように、いえ、むしろ姉妹以上の存在だったわ」


 そう言うと、クリス・マキアはちらっとアルティナを見やった。アルティナは不機嫌そうにふんっとそっぽを向く。


「そして私たちがちょうど初潮を迎えた頃、あろうことか父がクリスティナに手を出したの」

「は? 手を出したって、ギガセクスのおっさん何やってんだよ。娘の親友だろう。しかも、初潮を迎えたばかりの女の子にって……。鬼畜過ぎる」

「パパってそういうとこあるよね。あたしの親友のカリントーにも手を出したし」 


 アルティナもクリス・マキアに同調して怒気を露わにした。


 ぐぬぬ……。俺には童貞を強要しておきながら、自分ばかりやりたい放題やりやがって。


 あのおっさんに対して、怒りを通り越して心底呆れる思いがしてきた。


「そこで私は、行為に夢中の父を槍で突き殺そうとしたのだけど、誤ってクリスティナをってしまったの」


 えっ、マジか!?


 おっさんもおっさんだけど、自分の父親を槍で突き殺そうとする娘も娘だな。しかも、誤ってとはいえ親友を殺めてしまうとは……。


「親友を殺してしまった私はその業を背負って生きるため、彼女の名前の一部を取って、クリス・マキアと名乗ることにしたってわけ」


 ここまで淡々と語ってきたクリス・マキアだが、心なしかその表情は寂しげに見えた。


 アルティナもそんな空気を察してか、何も言わず所在なさげに指で毛先をくるくると弄んでいる。エスタも腕を組み苦々しい顔をして押し黙ったままだ。


 俺としては単なる興味本位で聞いたはずだったのだが、思いもよらず重たい話になってしまった。


「まぁそういうわけだから、住民登録は彼女の名前のクリスティナにするわ」


 クリス・マキアは、重苦しい空気を打ち消すかのようにあっけらかんと言ってのけた。


 住民登録での偽名を自分が殺してしまった親友の名前にするって、すごいメンタルしてるな、この人。


 けどまぁ、これまでも名前にクリスとつけてきたわけだし、それが彼女なりの罪滅ぼしなのかもしれないと思うと、俺はとやかく言う気持ちにはなれなかった。


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【あとがき】

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