第68話 市庁舎へ行く道すがら

 ドタバタとした朝食を終え、俺たちパーティーはクリス・マキアを連れだって、街の中心にある山上にそびえ立つウォーター市庁舎へと向かった。


「よぅ、チェリヴァの兄ちゃん。あんときゃあ大活躍だったいな!」


「おめぇはこの街を守っただけじゃなくって、国を守った救国の英雄だんべぇ!」


「ケツの青い童貞の若造だと思ってたけど、あんたこそ本物の英雄だ!」


 市庁舎へ行く道すがら、俺は街の人々からそんな風に声を掛けられた。


 インヴィランド軍の侵攻騒動以来、俺はすっかり街の有名人になっていた。


 うん、それはいい。こうしてチヤホヤされるのは悪い気がしない。


 けれど、それとは裏腹に俺の気分は頗る重い。


 ポケットからボンクエカードを取り出すと、そこに浮かび上がったウインドウを見てため息をついた。


『救国の童貞』


 これが現在の俺の職業ジョブだ。


 何だよ、救国の童貞って。いつものように勝手にジョブチェンジされていて、しかもそのネーミングには悪意しか感じない。


「きゃはは、救国の童貞っていつ見てもウケるんだけど」


 浮かび上がるウインドウを覗き込んだアルティナが馬鹿にしてきた。


「うっさい! そう言うお前の職業はどうなんだよ?」


「はんっ。あたしはそんなのどうだっていいし」


「だったらお前のボンクエカードも見せてみろよ!」


「はぁ? あんたなんかに見せるわけないじゃん」


 そう言えば、アルティナがボンクエに登録して俺たちのパーティーに入ってから、俺はまだ一度もこいつのボンクエカードを見たことがない。


 よっぽどステータスが酷いとか何か見せられない訳でもあるのか?


 とにかく、こいつの職業が何なのかすごく気になる。


「いいからもったいつけずにボンクエカードを見せろっての!」


 俺はボンクエカードが入っていると思われるアルティナの制服のポケットに手を伸ばした。


「ちょ、何すんのよ! この変態童貞野郎っ!」


 俺の手を払いのけたアルティナは素早く弓矢を取り出すと、怒りに任せて闇雲に矢を連射した。


「殺す殺す殺す殺す!」


「ちょ、おわっ、すまんすまん! 今のは俺が悪かった!」


 次々と放たれてくる矢を、俺はどれもギリギリのところでかわした。さすがに何度もこういう状況を経験するとかわすのもお手の物だ。


「これ、二人とも止めい! 通行人の迷惑になるではないか」


 エスタがたしなめるものの、アルティナは矢を放つのを止めない。


 俺はそれらをひらりひらりとかわしつつ、ふとあることを思いついた。


 ボンクエのパーティーカードにも、所属するメンバーの名前や職業、ステータスなどが記載されているじゃないかと。


 そこで、パーティーカードを取り出してウインドウを浮かび上がらせる。


 アルティナの職業欄を見てみると……。


『ゴキリ』


 俺はウインドウをそっと閉じた。


 さすがにこれは酷い。俺はアルティナに同情の眼差しを向けた。


「……見たな?」

 

 振り向くと、アルティナがひと際光り輝く金の矢を弓に番えていた。


 その瞳は殺気に満ち溢れ、ハイライトが燃えるように赤く光っている。


「ア、アルティナさん、後でボンクエへ職業変更のお願いに行こう! な、なんなら、今すぐ行こう! だから落ち着けって!」


 俺の言葉はアルティナの耳に一切入っていないようで、無言のまま何の迷いもなく力いっぱい弓を引き絞った。


「ク、クリス・マキア! あいつを何とかしてくれ!」


「ふふ、安心なさい。骨なら拾ってあげるわ」

 

 クリス・マキアは冷たい笑みを浮かべて、すがりつく俺の手を払いのけた。


 ヤバいヤバいヤバいヤバい!

 

 今度という今度こそ確実に殺られる……。


 俺は両手で顔を覆い覚悟を決めたその時――。


「私は帰る!」


 これまで黙ってついてきたアナスタシアが突然大きな声を上げた。

 

 その声でアルティナの手元がわずかに狂い、放たれた矢は空気を切り裂きながら俺の耳を掠めていった。

 

 た、助かった……。


 俺は全身の力が抜けてその場にぺたんと尻餅をついた。


 そんな俺には目もくれず、アナスタシアはくるりと踵を返すと来た道をすたすたと歩きだした。


 その場にいたみんなも呆気にとられて、立ち去るアナスタシアの後ろ姿をただ見送るだけだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【あとがき】

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