第69話 久しぶりにアノ予感
「ちょ、おい、アナスタシア! 待てって!」
俺は慌てて立ち上がるとアナスタシアの後を追いかけた。
こいつのおかげでさっきは命拾いしたが、今朝のことといい、明らかに様子がおかしい。
厳密に言うと、アナスタシアの態度が何となくいつもと違うと感じるようになったのは一、二週間くらい前からだろうか。
話しかけても冷たいというかどこかよそよそしく、時には苛立ちすら隠さないといった感じなのだ。まぁ、こいつの態度は元々そんなようなものだったけど。
それはともかく、俺に対して何かしら怒っているのは間違いない。でもそれが何なのか、俺自身全く思い当たる節がない。
「おい、アナスタシア、聞こえてるのか? ちょっと待てって言ってるだろう!」
呼びかけても無視するアナスタシアの肩に手を伸ばそうとした瞬間――。
「ついて来るな! 私は帰ると言ったら帰るのだ!」
振り向きざまにアナスタシアは言い放った。よく見ると、その碧い眼には怒りとともに涙が浮かんでいる。
「なぁ、何をそんなに怒っているんだ? ここ最近のお前は何かちょっと変だぞ」
「ふん、そんなのは当たり前だ! 私は貴様に対して腹を立てているのだからな!」
えっ? やっぱり俺に対して怒っていたのか。
でも、その理由が俺にはさっぱりわからない。俺、こいつに何かやらかしたっけ?
もしかして、前にワース湖の湖賊との戦いで、こいつの水着をこっそり拝借したことをまだ根に持っているというのか?
あの時のアナスタシアの水着姿を思い出して、思わず前のめりになりかける。
いやいやいや、それが原因ということはないな。もうあの件はとっくに誤解が解けている。
そうでないとしたらエスタとのことだろうか。
エスタは何かにつけて俺と結婚しようと企んでいて、アナスタシアはそれについて大反対している。
もちろん俺にはそんな気はさらさらないし、そのことはアナスタシアもよくわかっているはずだ。だからエスタが原因って線もあり得ない。
アルティナについては、日頃から俺のことを毛嫌いしていることもあり、アナスタシアが不機嫌になるようなことはないはずだ。
強いて言うなら、何かにつけて目に飛び込んでくるあいつのパンツをガン見していたことがばれたのだろうか。
まぁ、それも別にどうということはない。ちなみに、今日のアルティナのパンツは水色だった。
残るはクリス・マキアについてだが、俺は正直この人のことが苦手で、普段はあまり関わらないようにしている。
たまに誘惑めいたことを言われたりするが、そんなのは誰も本気にはしていない。だから彼女が原因と言うことも考えられない。
他に思い当たることといえば、俺自身の日頃の行いってことになるのだが……。
となると、この前こっちの世界でのマッチングアプリみたいなやつで、知り合いになったエルフの女の子に会いに行ったことだろうか。
あの時は酷かった……。
お茶しようということになって、待ち合わせ場所に喜び勇んで行ってみると、確かに事前にもらった写真そのままの、めちゃくちゃ可愛いエルフの女の子がいた。
そこで早速どこかのカフェにでも行こうと思ったら、いきなりドワーフの怖いお兄さんが出てきて、「俺の女に何しとんじゃ、コルァ!」って凄まれたんだっけ。
俺はひたすら土下座して、有り金巻き上げられただけで済んだのは不幸中の幸いだった。ていうか、エルフとドワーフって仲悪いんじゃないのかよ。
それともこの間、みんなには内緒で王都オンリエードに行って、ニュージューク地区にある『セー横』と呼ばれる界隈をうろうろしていたことがばれたのだろうか。
あれは本当に衝撃的だった。
いや何が衝撃的って、とある公園の一角に人間はもちろん、いろんなケモ耳をした獣人やオーガ、ハーピーみたいなガチめな人外、さらにはリッチやスケルトンのようなアンデッドまでがずらりと立ち並んでいるのだ。
あ、でもスケルトンはそう見えただけで、実際には骨と皮だけの人だったのかもしれない。それはそれで怖いけど。
とにかくあまりにカオスな空間で、俺は何もせず逃げるようにして帰ってきたんだっけ。
まぁ、これらのことはエスタにばれたら大変だが、アナスタシアにばれたところで別にどうということはない。
そんなことをあれこれ考えていると、いつの間にかアナスタシアがいなくなっていた。
マズい。あいつを一人にすると、またよからぬ輩に絡まれて純潔を喪失しかねない。
「アナスタシアー!」
付近を探し回ってみたものの、アナスタシアの姿はどこにも見当たらなかった。
家までそう遠くないから、もしかしたら一人で帰ったのかもしれない。
――と思ったのも束の間。路地裏の方から何やら男の下卑た声が聞こえてきた。
あぁ、これはもう嫌な予感しかしないやつだ。
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【あとがき】
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