第67話 いつものアレとドタバタな朝

 インヴィランドによる侵攻騒動からひと月余り。ウォーター市はすっかり元の平穏を取り戻していた。


 俺たち《チェリー&ヴァージン》も束の間の平和を享受している。


 そして、今日も朝から安定の熊肉料理である。


 いやもうおかしいでしょ、これ。どれだけ熊肉があるんだっての。


 エスタによると、まだ半分以上も残っているという。


 ちなみに、今朝の熊肉料理はカナッペ。


 熊肉の脂身を、ハーブと塩で一か月ほど熟成させたラルドと呼ばれるものを薄くスライスして、それをチーズとともに一口大に切ったパンに乗せたものだ。


 エスタは大量にある熊肉をどうにか美味しく食べられるようにと、毎日あれこれレシピを考えているらしい。


 そのため、こうして日に日に手の込んだお洒落な料理が出てくるようになった。


 この前は、熊肉とチーズのキッシュや熊肉のポワレなんてのもあったっけ。


 こういうところはさすが家庭を司る神というか、140億年もの間、独身を貫いて家事全般をしてきただけのことはある。


 とはいえ、やはり熊肉は熊肉なのである。俺はどうにも食指が動かずにパンだけをかじることにした。


「おい、アナスタシア。ちょっとそれを取ってくれないか」


 俺はアナスタシアの目の前にあるパンの入ったカゴを指差した。


 しかしアナスタシアは、食べかけのカナッペを急いで口の中へ放り込むと、貴様にはやらんとばかりに両手でカゴを抱え込んだ。


「ちょ、おい、お前! それ全部一人で食べる気かよ!?」


 この女、どこまで食い意地が張ってるんだよと呆れつつ、俺も腹が減っているので身を乗り出してカゴからパンを奪い取ろうとする。


「貴様に食わせるパンはないっ!」


 アナスタシアは俺の手を払いのけると、両手でカゴをがっしり抱きかかえた。


 ぐぬぬ……。


「あはは、朝から超ウケるんですけど~」


 そこへ、風呂上りのパンイチ姿でリビングに入ってきたアルティナが、アナスタシアの抱えたカゴからひょいとパンをつまみ取った。


「欲しい? ねぇ、これが欲しいの??」


 挑発的な笑みを浮かべて俺を見下ろすアルティナ。


 このクソアマァ……。


 いつものようにイラッとさせられるものの、目の前にある髪に隠れたアルティナの胸に俺の視線は釘付けとなる。


 アナスタシアに比べるとかなり慎ましやかではあるが、その均整のとれたプロポーションには絶妙なサイズだ。


 髪が邪魔だと俺はフッと息を吹きかけると、隠れた胸が一瞬露わになった。


 おぉ、ジャスティスピンク!


「ちょ、何すんのよっ!」


 顔を真っ赤にしたアルティナが持っていたパンで俺の目を突き刺した。


「があああああ!」


 不意に目潰しを喰らった俺は両手で顔面を覆って激しく悶える。


「これ、二人とも止めんか! 食べ物で遊ぶでない!」


 それを見咎めたエスタが大きな声でたしなめた。


 いや、遊んでなんかないし、むしろ俺は被害者だから。


 「……殺す。殺す殺す殺す殺す!」


 何やらぶつぶつと呟くアルティナに目をやると、瞳には殺気に満ちた赤いハイライトが差し込み、全身から瘴気のようなものがゆらゆらと立ち上っている。


 そしてどこから取り出したのか、アルティナは三日月をモチーフにした仰々しい弓に、金色に光り輝く矢を番えだした。


 これはガチでヤバい!


「おい、クリス・マキア、助けてくれ!」


 澄ました顔で新聞を読みながらコーヒーを啜るクリス・マキアの元へ俺は駆け寄った。


「いやよ。ああなった妹は私だって手に負えないもの。大人しく矢に射られて死になさい」


 すがりつく俺を見下ろす灰色の目は冷たく、そしてエロい。


「大丈夫。死んでもたっぷりと可愛がってあげるわよ、スグル君」


 ねっとりと舌舐めずりするクリス・マキアに俺はぞくぞくっとしながらも、それとは裏腹に相棒が熱を帯びてくるのを感じた。


 ――バシュ!


 そこへアルティナの放った矢が頬を掠めて、そこから生温かいものが滴る感覚がした。


 さらに立て続けに矢が放たれ、そのどれもが俺の身体のギリギリのところを掠めていく。


「ちょ、おわっ! 危ない、危ないっての!」


 この至近距離だと、彼女ほどの腕なら絶対に外すことはないのだが、放たれた矢はどれも掠めていくだけで、わざと外しているようにも思える。


「誰にも見られたことないのに……。殺す、マジで殺す。絶対に殺してやるんだから……」


 そう呟きながら次々と矢を放つが、それらはどれもギリギリのところを掠めていくだけで当たることはなかった。


「これ! 家の中でそんなに矢を放つやつがあるかぁ!」


 エスタが制止するのも聞かずアルティナは矢を射続けて、リビングの中はカオスな状態と化した。


 こんな状況の中でも、アナスタシアはカゴを抱えてパンとラルドを交互に口の中へ放り込んでいる。


 その表情は険しく、こいつはこいつで何か俺に腹を立てているようだ。


 けれど、今はそれを考えるだけの余裕はなく、俺はアルティナの矢をやり過ごすのに精いっぱいだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【あとがき】

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