第61話 たちまくるアレ
城門の前まで行ってみると、そこにはすでにボンクエの非常招集に応じたパーティーがたくさん集まっていた。その面々を見ると、どいつもこいつも歴戦の猛者といった格好や面構えをしている。
それに引き替え、俺らのパーティときたら……。
喜び勇んで、今にも城門の外へと飛び出して行きそうな残念で痛い女の子。
ぶつくさ文句を垂れて、まるでやる気のない腐ったギャル。
メモ帳を取り出して、新しい熊肉のレシピを考えることに夢中なロリババァ。
なんて頼りない連中なのだろう……。
まぁそう言う俺も、たかだかレベルが10程度の、超絶に使えない魔法しかないクソ雑魚なんだけどね。しかも、ボンクエカードの職業が《童貞提督》のままだったわ……。
「あ~、テステス……。え~、みなさん、よくぞお集まりくださいました。私はウォーター市長のスミスです」
声のする方に目をやると、城門の上にある歩廊に、すだれ髪の小男が拡声器らしきものを持って立っているのが見えた。
凹字をした胸壁の隙間から顔が出ているだけなので、何とも間の抜けた格好だ。
市長はしばらくの間、ざわついていたみんなの注目を集めるために沈黙していたのだが、やがて静かに口を開いた。
「間もなく、みなさんには祖国フリンスを、そしてこのウォーター市を守るため、インヴィランド王国軍と戦ってもらうことになります。日頃は互いにクエストで鎬を削るライバル同士でも、今こそパーティーという垣根を越えて、祖国を守るという目的のため一つになって戦うのです。そしてそれは、我たち一人ひとりにとって、愛する者を守るために戦うということでもあるのです!」
市長の演説は、最初こそ小さな声で頼りない感じだったが、段々と大きな声と身振りになり、やがてはすだれた髪を振り乱して、自らの演説に酔いしれるかのように激しくなっていった。
「もし私たちがこの戦いに勝利したならば、今日という日はウォーター市民がインヴィランドの侵略から祖国を守った日として、その名が歴史に刻まれることになるでしょう! 私たちは勝利する! そして偉大なる祖国フリンスは守られる! 今日という日は新たなフリンス、新たなウォーター市の始まりの日となるのです!」
市長の演説が終わり、辺りはしばしの静寂に包まれた。
これってまるで、地球に攻めてきた宇宙人に対して、人類最後の反攻作戦を指揮する大統領みたいな演説だな。
やがて、ここに集まった人々の大歓声が巻き起こる。
「打倒インヴィランド!」
「フリンス万歳! ウォーター市万歳!」
周りにいる人々が口々にそう叫び、手にした武器を高らかに掲げた。
う、うわぁ……。何だか俺はこういうノリって苦手だわ。
「う、ううっ……。スグル、私は市長の演説に感動したぞ! ぐしゅ、ずるるるるるっ……」
アナスタシアが俺の隣で、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしている。やれやれとばかりに、俺はそっとハンカチを差し出した。
「はあああああ、チーン!」
ハンカチを受け取るや否や、それで思いっきり鼻をかむアナスタシア。……おい。それ、後でちゃんと洗って返してね。
「あ~、大いに盛り上がっているところ大変恐縮ではありますが、みなさんには一つだけ注意して頂きたいことがあります」
ん? 注意して欲しいことだって??
愛国心に沸き立つこの場の雰囲気に、水を差すかのように市長は語り始めた。
「みなさんご存じのことかと思いますが、我がフリンスの王国憲法では専守防衛を謳っており、一切の先制攻撃は認められておりません。こちらからの攻撃は憲法違反となりますのでくれぐれもご注意ください。ですからみなさんには、まずはド派手にやられちゃってください。反撃はそれからとなります。ただしその場合にも、まずは各種法令に則り、きちんとした手続きを経てから武器の使用、攻撃許可となります。なお手続きにつきましては、各関係省庁へ所定の用紙または……」
はぁ? 何だそれ??
敵が手を出すまで何もするなってか。しかも、反撃するにしても手続きしてからって、どこまでお役所的なんだよ。その間に、ボロクソにやられちまうじゃないか。
インヴィランド軍が侵攻してきたっていうのに、フリンスの正規軍がここまで何も抵抗らしい抵抗もせずにいたのはそういうことだったのか。
さっきまで威勢のいい声を上げていた連中も、市長の言葉にざわつきだした。
「インヴィランド王国軍がブレイド川まで北上、渡河を始めました!」
斥候に出ていた衛兵が戻ってきて大声でそう伝えた。
ブレイド川というのはウォーター市の南を流れるフリンスきっての大河だ。その川を渡れば、ウォーター市の城門まではわずか数キロしかない。
インヴィランド王国軍がそこを渡ったとなれば、ここへやって来るのにもう一時間とかからないだろう。
これはいよいよガチで戦争ってやつになるのか。そう思うと、さすがに身体がぶるぶると震えてきた。
「スグル、怖いのか? 大丈夫だ、この戦いは必ず勝利する。なぜなら、救国の英雄であるこの私がいるからだ」
アナスタシアさん、その自信は一体いどこから来るんですか?
こいつはこいつなりに、俺を励まそうとしてくれているのだろうけれど、それがむしろ不安でしかない。
「この戦いが終わったら貴様に一つ頼みがある。ご褒美にあのニャベゾーくんを買ってくれないか?」
おい、それめっちゃフラグだからね! けどまぁ、この戦いを無事に生き残ることができたら買ってやろうじゃないか。
「ふっ……。わかったよ、約束だ」
そう返事をすると、アナスタシアは屈託のない笑みを浮かべた。あぁ、こいつのこんな顔、何だか久しぶりに見た気がする。
ていうか、あのニャベゾーくんって、確か2800フリンもしたんだよな。ごめん、アナスタシア、約束したけどやっぱりそれは無理だわ。俺は心の中で、早くも約束を反故にすることを詫びた。
「旦那様よ、この戦いが終わったらこれにサインするのじゃ」
エスタが何食わぬ顔で婚姻届を差し出してきた。だからそれもフラグだっての!
俺はその婚姻届をひったくると、ビリビリに破り捨てた。
「あっ! 旦那様よ、何てことをするのじゃ!」
散り散りになった婚姻届を慌ててかき集めるエスタ。
「ふん。そんなもの、この戦いが終わったらまた書き直せばいいだろう」
「うむ、それもそうじゃの。じゃが、その時こそサインするのじゃぞ」
エスタもいい笑顔で答えた。
さてこうなると、アルティナがどんなフラグを立てるのか。
「……うっざ、何こっち見てんの? あ、あたしは何もしないからね」
そりゃそうか。こいつに期待したのが間違いだったな。
「……で、でも、これが終わったら、お、お腹が空くだろうから、エスタ伯母さんに何か熊肉料理でも作ってもらおうかな」
頬を赤らめて、俯き加減にぼそっと呟くアルティナが何だかめっちゃ可愛い。
「そうだな。この戦いが終わったら、みんなで熊肉料理のパーティーでもしよう!」
「はぁ? うっざ。パーティーするなんて言ってないし」
ったく、ほんと素直じゃないな、こいつ。けどまぁ、これでみんなのフラグが立ったというわけだ。
「インヴィランド王国軍の姿が見えたぞ~!」
城門の歩廊で見張りに立っていた衛兵が大声で叫んだ。
ついに来たか……。
道すがら拾って《シン・伝説の剣》と名付けた鉄の棒を持つ手がガタガタと震えた。
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【あとがき】
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