第54話 歓楽街

 無言のまま夕食を食べ終えた俺は、居たたまれない空気から逃れるように家を出た。


 くそぉ、あんなところをエスタに見られてしまうなんて……。今思い出しても、顔から火が出そうなくらいに恥ずかしい。


 結局、エスタに邪魔されたせいで溜まってるものも発散できずに、もやもやした気分だけがさらに募る。


 しかもよりによって、今日の夕食は熊肉の赤ワイン煮込みだったので、無駄に精力がついちまったじゃないか。ちなみに食材の熊肉は、この前アルティナが弓矢で瞬殺したやつだ。


 ていうか、あのクエストについては、まだパーティーメンバーではなかったアルティナが熊を退治したということで、引き受けた俺たちが達成したことにはならなかった。


 なので、当然クエストの報酬もなし。その代わり、仕留めた熊は持ち帰ることができたので、それが夕食の一品として出てきたというわけだ。


 性欲が溜まりに溜まっているところに、熊肉によってさらに精力が増強した今の俺を、もはや誰も止めることはできない。


 とにかく家を出た俺は、無意識のうちに繁華街の方へと足が向いたのだった。


§§§

 

 商工業で栄えるここウォーター市には、この地方で随一の《ひがし一番街》と呼ばれる歓楽街がある。


 そのメインストリート沿いには、飲み屋やいかがわしい雰囲気のお店が軒を連ねていて、人間だけじゃなく獣人やエルフ、ドワーフから魔族っぽい者まで多種多様な人々が行き交っている。


 夜にここを歩くのは初めてなのだが、こんなにも賑わっているとは知らなかった。物珍しさもあってきょろきょろしながら歩いていると、色々なお店の看板が目に飛び込んでくる。


『パイレッツオッフカリクビアン』


『ヌけないのブタ』


『性器絶叫ティンポギア』


『事実パイ専』


『まちナカらぞく』


『性感帯これくしょん』


『あの日見た花ビラの臭いを僕達はまた嗅ぎたい』


 ど、どれもすごい名前のお店だな。一体何をするお店なのだろう……。


 やっぱりエッチなお姉さんがいて、をするお店なのだろうか。


「よっ、お兄さん! どうですか、スッキリしていきませんか?」


 そう声を掛けられて振り向くと、そこには爬虫類を思わせる、青くつるっとした顔つきの男がもみ手をして立っていた。見た目からして、獣人族の中でもリザードマンか何かのようだ。


「いいが揃ってますよ! 今ならワンタイム50フリンぽっきり!」


 そう言って、男は後ろにあるお店を指差した。


『マン臭鉄道69』


 …………。


「あっ、いえ、結構です……」


 こんなの、店名からして入りたくないわ!


 しかも、この客引きの男から察するに、サービスするお店の女の子も、どうせトカゲみたいな顔した子ばっかりじゃないのか。


「大きな声じゃ言えないけどもありですよ。どうです、今から?」


 男は顔を近づけて耳元でそう囁いた。下卑た笑みを浮かべる口元から、ぺろりと出る舌が何とも気持ち悪い。


「……いえ、本当に結構ですから!」


 俺は語気を強めて断り、そそくさと立ち去ろうとすると、男にぐいっと肩を掴まれた。


「いいから遊んでいきなよ、お兄さん」


 さっきまでの愛想のいい声音から一転、ドスの効いた声で凄んできた。


 こ、こっわ!


「い、いや、その……、俺、未成年なんで……」


「なぁに、平気平気。黙ってりゃ大丈夫だって。な、だから遊んでいきな」


 男は、爬虫類特有の縦長の瞳孔をさらに細めて、掴んだ手に力を込めた。


 ダメだ、もう断れない……。


「こぉ~らぁ~、強引に勧誘しちゃあだぁ~め。彼、怯えてるじゃないのぉ~」


 男の背後から女の人の声がした。


「あぁん!? んだと、コラァ! 誰に向かって……あ、ヴィニ姐さん!」


 怒声とともに振り返った男は、女の人を見ると急に態度を変えてヘコへコしだした。


 ヴィニ姐さんと呼ばれたその女の人を見て、俺はハッと息を飲んだ。


 まず目に飛び込んできたのは、着ているネグリジェのような服から今にもはみだしそうな、圧倒的な存在感のあるおっぱい。この大きさの前では、由依ちゃんやアナスタシアの胸でさえ霞んでしまうほどだ。


 そして、腰まで伸びた艶のあるパープルブロンドの髪が、歓楽街の明かりに照らされて妖しく輝いている。


 エロい。とにかくエロい。


「もっとぉ~、優しくしないとぉ~、お客さん来ないんだぞぉ~♡」


 ヴィニ姐さんはそう言って、俺の肩を掴んでいた男の手に艶めかしく触れると、ひょいっと払いのけた。


「姐さんにそう言われちゃ敵わねぇや。サーセンした!」


 男はばつが悪そうに頭を下げると、そそくさとその場を立ち去って行った。


 あの強引な客引きをこうもあっさりとあしらってしまうなんて、このお姐さん一体何者なの!?

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【あとがき】

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