第49話 狩猟の女神アルティナ

 振り向くとそこに、くすんだ長い金髪をゆるふわにした女の子が、鋭い視線をこちらに向けつつ弓を構えていた。


「ちょっと、そこの薄汚い童貞男! カリントーから離れろっつってんの!」


「おい、誰が薄汚い童貞男だ! ていうか、どうして俺のことが童貞だって分かるんだよ!」


 俺ってそんなに童貞っぽく見えるの、ねぇ?


「それは仕方あるまい」


 エスタが同情気味に俺の肩へぽんと手を乗せる。


「そうだぞ、スグル。お前はどこからどう見ても童貞だ」


「はい、紛うことなき童貞です」


 アナスタシアとカリントーもそれに同調した。


 くっそぉ……。どいつもこいつも、俺を童貞童貞ってばかにしやがって。


 そこへまたしても、俺の顔のすぐそばを矢が飛んで行った。


「あ、あたしのことを無視すんなっ!」


 再び弓に矢を番えた女の子がキレ気味に叫んだ。


「あぁ、そうだった。ごめん、忘れてたわ。で、あんた誰?」


「あ、あたしは……」


「ていうかさ。あんた、いきなり矢を放ってくるって危ないだろ! さっきなんか頬をかすめて血が出たんだぞ、血が! 見てよこれ、ほら!」


 みんなに童貞と言われてムカついた俺は、女の子の言葉を遮って思わずぐいぐいと畳みかけてしまった。


「……うっ。ご、ごめん」


 俺の勢いに気圧されたのか、女の子は口を尖らせて俯き加減に謝った。


「それにさ、初対面の俺に向かっていきなり童貞だなんて、それひどくない? そもそも、どうして俺が童貞だって思ったわけ? ちゃんと納得いく説明して欲しいんだけど」


 俺は怒りに任せてさらに畳みかけた。


「そ、それは、その……」


 女の子は次第に顔を歪めて、その琥珀色の瞳が段々と潤んできた。そんな顔がちょっと可愛いくもあるが、ここは容赦しないぞ。


「えっ、何なに? 泣くの? 泣けばどうにかなるとでも思ってんの? そういう女が一番ムカつくんだよね」


「お、おい、旦那様よ、もうよさんか」


「そうだぞ、女の子を泣かせるものではない」


 エスタとアナスタシアが見かねて止めに入った。


「いやいやいや! こういうのはびしっと言わないと、びしっと!」


「……あの、そのくらいにしてあげてください」


 さらに詰め寄ろうとする俺の服の袖をカリントーが掴んだ。


「あぁん? んだよ、止めるなよ! ここはガツンとだな……」


「お待ちください、あのお方がアルティナ様です」


 カリントーは袖を掴む手に力を込めてそう言った。


「えっ?」


 目の前にいる、引き絞った弓をぷるぷるさせながら、歪んだ表情で目に涙を浮かべているこの女の子がアルティナだって!?


「うわああああああああ!」


 アルティナは泣き叫びながら、次から次へと矢を放ってきた。


「ちょ、おわっ! わわわっ!」


 鋭い風切り音を上げて飛んでくる矢を、どうにかこうにかギリギリのところでかわした。


「お、おい、殺す気か!」


「当たり前じゃん、殺すつもりで矢を放ってるんだからっ!」


 ここで立場が逆転。今度は完全にアルティナのターンになった。


「死ね、死ね、死ね! リアルの男なんか皆死ねっつーの!」


 アルティナはそう叫びながら矢を連射する。


「わわわっ! ちょ、おわっ、すまんすまん! 俺が悪かった、落ち着けって!」


「うっさいうっさいうっさーい! やっぱ男は二次元だけでいいわ! 世界中の男はみんなあたしが狩ってやる!」


 あぁ、そういやギガセクスのおっさんが、アルティナは男狩りに走ったと嘆いていたけれど、それってガチな意味での狩りじゃねーか!


 しかも、これまでは取り乱していたせいで闇雲に矢を放っていたが、少しずつ精度が上がってきて、矢が体のあちこちを掠めるようになってきた。


「ちょこまかとうっざ。いいわ、次で確実に仕留めてやるんだから!」


 アルティナは矢筒からひと際光り輝く金色の矢を取り出すと、月と星をモチーフにしたような形状の大きな弓に番えた。


 マズいぞ、次に矢を射られたら確実に当たる……。


 アルティナの表情はさっきまでとは異なり、その瞳のハイライトが不気味に赤く光っている。まさに、獲物を狩る者の鋭い視線そのものだ。


「これで終わりよ! 死ねっ!」


 だ、ダメだ、よけられない!


 とっさに両手で顔を覆い目を閉じる。


 ――バシュッ。


 空気を切り裂く鋭い音と風圧を耳元で感じた。


 ……ん? あ、あれ? どこも痛くない。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 何やらものすごい獣の悲鳴が響き渡る。振り向くと俺の背後で、身の丈数メートルはありそうな巨大な熊が両手を振り上げていた。


 そしてその熊の眉間には、さっきアルティナの放った金色の矢が突き刺さっている。


「オオオオオ……」


 急所を射抜かれた熊はわずかにうめき声を上げてどさりと倒れ込んだ。


 もしかして、この熊って俺たちが引き受けたクエストの獲物なんじゃないのか?


 そんなわけで、意外な形で熊退治のクエストはあっさりと終了してしまったのだった。


「チッ……、仕留める獲物を間違えちゃったじゃん」


 アルティナは弓の構えを解きながら悔しそうに呟いた。


「た、助かったぁ……」


 俺は気が抜けたようにその場にへたり込んだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【あとがき】

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